第51話:研修1日目終了
ゆっくりと廊下を歩きながらそしじぃは璻に話しかける。
「君は今日の献立はなんだと思う?」
璻は思ってもみない質問にされ少し困惑する。
「えっ…そうですね……」
璻は女将の言葉を頭の中で思い出していた。
「忘れていました。こちらにいるあいだ夕飯と朝ご飯は精進料理になります。人工物は口にせず、自然の物しか口にしないようにお願い致します。」
…そんな事、確か女将が言っていたっけ…
璻は精進料理に関して詳しくは知らなかった。
それも無理はない。2050年の今やサプリメントで食事をする人間が多くなった。食品が高騰するなか食べる事に意味を感じなくなった人間は1粒のサプリメントを飲んで1日の食事が終了する。なので人と食べながら会話もするという概念すらない。だが璻は1粒飲めば食事が終わることは耐えられなかったのか今の今まで全力で拒否し、食べ物を食べて今まで生きてきた。しかし、璻はこれが精進料理だというものを生まれてこの方食べたことがなかった。
…精進料理なんて昔の料理、普通は食べないしな…
璻は頭の中でパッと思いついた和食があった。だがそれは精進料理かすらわからなかった。
自信がなさそうに璻はそしじぃに応えた。
「白和えとかですか?…」
璻の予想もしなかったの答えにそしじぃは驚いた。
「白和えかぁ…正解かもね。君、この時代なのによく白和えとか知ってるねぇ。珍しい。」
白和えと答えたのは理由がある。璻は和食の中でダントツ白和えが一番好きだった。よく実家にいた時に出されていた品だったから答えられたからだ。
そしじぃは璻の答えに面白みを感じなかったのか少し拗ねながら璻に話かける。
「君みたいな若い子は唐揚げとか言うかと思ったよ。」
璻は呆れるようにそしじぃに言葉を返す。
「唐揚げってそんな高価なもの」
璻は思わず心の中でツッコミを入れる。
…いや、むしろ精進料理に唐揚げだされたら、こっちもびっくりする。そんな高価な物ださないでしょ…
2050年、動物の肉は高価になり一般的には買えない価格帯になっていった。その原因は地球の地軸がズレ、ポールシフトと言われる現象が2026年から本格的に起こっていた。異常気象のおかげで食べれなくなった物がたくさんある。水産物だと貝類は今の時代、高級食材になっている。理由は水温が上昇し赤潮が頻繁に発生する事によって毒性の貝が多く増え無毒な貝は取れる事がめっきり減った。また異常気象により鳥や豚や牛も育たず個体数が減り続けている。それにともなって人間も減り続けた結果、屠殺場自体も減り動物を捌ける人自体少なくなっていた。実際のところベーシックインカムが始まり、生活のために仕事しなくてよくなったため、そんな職業に就きたいと思う人も年々少なくなっているのが今の現状だろう。そんな状況が全て重なり、お肉は高級食材の仲間入りをした。璻は食べる物がある程度、制限され育ってきたためポールシフト前の時代は非常に羨ましく思っていた。
…気軽に唐揚げ食べたいとか言ってみたかった。色々選べて食べれた時代に戻れたらいいのに……
そんな事を思いつつ、璻はそしじぃに話しかける。
「そもそも、唐揚げって肉料理ですよね。精進料理って肉料理出ないですよね?」
そしじぃはニヤニヤしながら璻に話す。
「あっ……バレちゃったか……」
意地悪そうに笑うそしじぃに璻はツッコミを入れる。
「バレちゃったかじゃないんですよ。まったく」
そしじぃは唐突に璻に昔の話をし始める。
「子供の頃、唐揚げが大好きでね。よく食べていたんだよ。でも、ある時に屠殺場のアルバイトをやった事があってね。施設を見たんだよ」
璻はその話を聞いてそのあとの会話くらい想像がついた。
…いきなりこの爺さんは何を言うかと思えば、食事の前に血だらけの話をしようとしているのか…わざわざ、言わんでいいからっ!想像しちゃうから…
璻は顔を左右に振りながらそしじぃに意見を言った。
「いや、もう……大体わかりましたからいいです。」
そしじぃは笑いながら璻に応える。
「えっ…いい話なんだけどな。あれ以降少し疑問に思ってね。牛や豚や鶏を捌ける人間が食べるべきと思っているよ。実際、我々捌けないしね。」
璻はそしじぃの話を聞いて言いたいことはなんとなくわかる。
自分で動物を捌けるかと言うとだいぶ無理がある。昔の人は普通だったんだろうが今じゃ思想チェックがあるので確実にその後引っかかる。捌けたとして今の時代、先住民族ではない限り幸福感が上がるかというと…考えなくても答えは明白だ。
そしじぃは璻を見てまた話続ける。
「ここでは基本的に精進料理だけど捌ける人間がいたらお肉を食べてもいいルールになっているよ。まぁ、未だかつて捌ける人間はこちらには来てないがね」
「そうなんですか…」
そんな事を歩きながら話していると食堂と書いてある場所に辿り着く。引戸をそしじぃが開け部屋の中に入ると腕を組んだ女将さんが立っていた。璻もそしじぃに続いて部屋の中に入る。璻は初めて入る部屋に興味津々で周りをキョロキョロしながら観察していた。食堂のような部屋と木製のカウンターと椅子、そして左側を見るとキッチンと昔にあるような薪のオーブンがあった。
女将がそしじぃに詰め寄った。どうやら女将は機嫌が悪いように見える。
「遅いです。何をやっていたんでしょうか?料理冷めますよ」
そしじぃはあははははと苦笑いをしながら頭を下げて謝る。
「大変申し訳ありませんでした。すぐ持っていきます」
そしじぃはワゴンに積んである食事を見つけると人数分あるか食事を確認していた。璻も慌ててワゴンに近寄ろうとすると女将は璻を呼び止めた。
「龍後さん」
女将は真剣に璻を見つめていた。
…なっ…何???……
璻はとりあえず返事をすることにした。
「はい。」
「本日のメニューは、人参と小松菜と蒟蒻の白和え、山菜の精進揚げ、わさびとピーマンの塩昆布あえ、糠漬け、きのこの味噌汁、土鍋で炊いた筍ごはんです。デザートは胡麻豆腐です。」
璻はホッとした。
…なんだ、メニューの説明をしてくれたのか。本当に精進料理だけなのね。でもかろうじて揚げ物あることだけは救いに感じる……
「あっ…ありがとうございます。旬のものばかりですね」
女将はなぜか璻に説明をし始める。
「はい。旬の物はこちらでとれた物になります。精進料理は禁葷食と言われる食材は基本出ることはありません。」
璻は女将に問いかける
「禁葷食ってなんですか?」
女将は璻に禁葷食の説明をする。
「ええ、五葷と呼ばれるネギ類と三厭と呼ばれる動物の肉は使わないことになっています。なので季節を感じるように旬の食材を使い料理をします。梅雨になると梅がとれ、夏になるとスイカやきゅうりやナスも取れます。秋は栗やきのこや林檎や梨が、冬には根菜が取れますね。旬の物は身体や松果体が変化するきっかけを作ってくれます。どうか楽しんでお召し上がり下さい」
女将は少し微笑むと軽く頭を下げ厨房まで戻っていった。後ろ姿はまるで美しく凛とした気品がある女性。さっきはメニューを説明した会話だったが璻には少し違って見えた。
…この人、さっきまで廊下でそしじぃの会話を聞いていたかのようにメニューの内容を答えてくれた。気のせいかもしれないけど、もしかしたらそしじぃよりすごい人なのかもしれない…
そんな事が頭によぎるがそしじぃは気にせず璻を見て呼びかける。
「龍後さん、手伝ってくれるかい?」
璻は呼びかけに答え返事をする。
「はいっ」
璻はそしじぃと一緒に食事のワゴンを引いていく。来た道へ戻ると部屋の前までようやくついた。
璻は部屋の引戸を開けるとそしじぃは璻に指示を出す。
「とりあえず、部屋の様子見てくれるかい?」
璻は返事をする
「はい」
璻は部屋の中に入ると今か今かと食事を待っている3人がそこに座っていた。人数分の赤いテーブルが置いてあり、そこに置くような雰囲気だった。
璻は3人に話しかける
「皆さん、食事持って来たので手伝ってもらえますか?」
九鬼と諏訪はダルそうに食事ワゴンに向かって歩き出す。穂積は璻に駆け寄ると笑顔で話しかける。
「あ、あの2人今か今かと食事待ってましたよ。」
璻は九鬼と諏訪の後ろ姿を見ながら呆れてしまう。
「小学生かっつうの!そんなに暇なら自分で取りに行けばいいのにね」
穂積はそれにクスっと笑うと文句を言う。
「ほんとですねっ」
璻は穂積と一緒に食事のワゴンまで歩く。
九鬼は振り返り璻に話しかける。
「お前、そしじぃどうしたんだよ?」
璻は九鬼に駆け寄ると驚いた様子で廊下を出る。
「えっ…一緒にいましたよ。さっきまで。」
九鬼が周りを見渡してもそしじぃは見当たらない。
「いねぇぞ?」
諏訪はため息を出すと九鬼の疑問に応える。
「いつものことだ。気にすんな。そしじぃは基本、夕飯食わなぇからな」
3人は思わず驚き同時に声をだす。
「えっ?!」
諏訪は淡々と食事を運び並び始めた。
「ほら、お前ら食事冷めるぞー早く手伝えよ」
諏訪は呼びかけに璻、穂積、九鬼はワゴンから食事を並べ終わると席についた。九鬼の隣は諏訪が座り九鬼の前が璻が座り諏訪の前の席は穂積が座っていた。
璻は女将に言われたメニューの説明をしながら、手を合わせ各々食べ始める。食事の時間は諏訪が気を遣って色々話してくれた。諏訪大社の話やこの土地の話や水流士の話やら様々。
璻は食事をしながらふと思った。
…変な話だけど人と話しながら食べるとより食事が美味しく感じる。初めて会った人たちなのに食事をするだけで色々なことが見えてくるんだな…
楽しい食事をする璻たちだったがそんな声を部屋の外で聞いていたそしじぃは壁に寄りかかりながら何やら嬉しそうな表情になっていた。廊下から何かが近づいてくる音が聞こえる。
「そしじぃは入らなくていいのか」
喜三郎とわかっていたのかそしじぃはゆっくりと話しかける。
「あぁ。いいんだ。さて…」
そしじぃは壁に寄りかかるのをやめると廊下を歩きながらボソッと話す。
「明日から一週間みっちり自分自身に向き合ってもらおうか…」
そしじぃの顔は不適な笑みを浮かべ喜三郎と部屋を後にした。
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・貝類が高級食材になる。
異常気象が進み赤潮が発生すると海の温度が上がります。赤潮のおかげで有毒プランクトンが発生し、貝が有毒プランクトンを食べることで毒性の貝になります。通常は貝は海のプランクトンを食べますが異常気象が進むと通常のプランクトンが少なくなるのが原因です。人間が環境破壊したせいだとメディアは騒ぎますが人間のせいではなく、ただ単に26,000年の周期で地軸がズレ始めたことで気温が上がったことが原因なことがあとからわかります。ちなみに璻はあまり貝類は食べたことがありません。
・禁葷食
仏教の思想に基づく菜食の一種のことを指します。
殺生を禁ずる目的から三厭と呼ばれる獣・魚・鳥の動物性の食品を食べることは禁止になっています。
五葷と呼ばれる部類の野菜、ネギ、ラッキョウ、ニンニク、タマネギ、ニラなどの野菜は使いません。
ヴィーガンとの違いはネギ類を食べるか食べないかの違いでしょうか。
ちなみに精進料理は赤膳赤いお皿に出されることが多いです。それは主に仏壇に供える精進料理のお膳を指します。食べるときにこの身体は先祖から授かったものだからありがたく食べるといいでしょうという意味らしいです。
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