第37話:偽善者
建物の中に入ると目の前に白とピンクの百合の花が微笑むように飾られ咲き誇っていた。宿舎とはいえ宿舎の外装は少し古びた印象に見えたけど中に入ると洗練された内装、まるで高級ホテルに入っているような感覚になる。
…中は意外と綺麗なんだな……
璻はキョロキョロと中を見渡すと喜三郎が話しかける
「璻さん、キャリーケースくらい自分で持ってよね。俺従者じゃないんだからさ」
「あっ……」
…そういえば、行きからずっーとキャリーケースを喜三郎さんに持ってもらっていたっけ…
すぐ興味があると別の事に飛びついてしまう癖がある璻は反省をしていた。
…上司に自分の荷物を持たせているなんて何というか非常識だな私……
「ありがとうございます。すみませんでした」
璻は喜三郎に頭を下げるとあまり気にしてない様子で喜三郎は声をかけた。
「もういいさ。気にすんな」
喜三郎からキャリーケースを受け取った璻はロビーの奥から品のある着物の女性がこちらに向かって歩いてくるのが見える。凛とした見た目、芯の透き通った美しい女性に璻は思わず息を呑んだ。
「喜三郎さん、お久しぶりです。」
着物の女性は頭を軽く下げ喜三郎に挨拶をした。喜三郎も軽く頭を下げる。
「女将さん、ご無沙汰しております。また数日ですがお世話になります。」
着物の女性は璻の姿見つけると微笑み喜三郎に話しかけた。
「喜三郎さん、そちらの方は…ご紹介頂けますか?」
「ああ、そうですね。こちら私の新人部下です。ほら、璻さん名前を」
喜三郎は璻を見ながら挨拶をと言われた気がした。
璻は慌てながら自己紹介をする。
「はいっ!龍後璻と申します。よろしくお願いします。」
璻が苗字を言った瞬間に首を傾げると不思議な話をした。
「龍後…苗字、聞いた事があるような…」
…この人、うちの一族を知っているんだろうか?…
「まぁいいです。私はここの女将、栞と申します。皆様からは女将と言われているので女将さんと呼んでくださると嬉しいです。」
璻は頭を軽く下げ挨拶をした。
「はい。女将さん。数日間お世話になります。」
女将はニコニコしながら璻の顔を見ると嬉しそうに話し始める。
「では、こちらのスリッパに履き替えください。」
そういうと女将さんはスリッパを棚から出して璻と喜三郎の目の前にしゃがむとスリッパを二足置いた。
璻と喜三郎はスリッパに履き替えると女将は2人に話しかけた。
「お部屋に案内します。喜三郎さん、旦那様から新人の方と一緒に書斎に顔を出すようにと」
喜三郎ははぁーあとため息を出した。
「早々にですか。少し休ませて欲しいんだけどなぁ。わかりました。すぐ伺います。」
喜三郎は璻の顔を見ながら話を始めた。
「璻さん女将さんに部屋を案内してもらったらロビーで待っているからまた戻ってこれる?あと持ってきた黒い白衣着てきてね」
…なぜ?黒い白衣を着なければいけないんだろ?…
「はい。承知しました」
女将は璻を見て部屋に案内をし始める
「では、龍後さん2階にご案内しますね。こちらの建物は少々古くエレベーターはございませんのでこちらの階段をお使いください」
…珍しい。エレベーターがないのか。そこは外装と同じなんだ…
「わかりました。」
階段を上がり女将さんはすぐ右側に曲がると部屋の前に立った。
「右側の部屋が龍後さんの部屋です」
部屋の目の前に立つと木製のドアに金属で出来たドアノブは年季が入った古びた印象に見える
「案内頂きありがとうございます。」
璻は頭を軽く下げると女将は璻に向かって話し始める
「忘れていました。こちらにいるあいだ夕飯と朝ご飯は精進料理になります。人工物は口にせず、自然の物しか口にしないようにお願い致します。」
璻は何も考えずに返事を即答をした。
「わかりました。」
女将は軽く頭を下げると「では」と言い足早にその場を去っていった。
…きっと女将さんも忙しいのだろう大人数で泊まるんだもんな…
璻はそんなことを考えながら部屋のドアを開けると大きな窓が目に入った。日当たりがよく、端にはシングルベッドと小さな机と椅子が置いてあった。璻はキャリーケースを机の近くに置くとキャリーケースを開け黒い白衣を出すと急いで羽織り部屋を出た。階段を降りるとロビーに向かった。
ロビーに行くと喜三郎は目を瞑り足を組んでソファに座っていた。璻は座っている喜三郎に話しかけた。
「おっ…お待たせ致しました。」
喜三郎は璻に気がつくと璻の顔を見上げた。
「ちゃんと着てきたね。じゃぁ、行きますかぁ」
喜三郎はソファから立ち上がるとロビーの奥に歩き始めた。その後を璻もトコトコとついて歩く。周りの廊下は明かりもなく少し暗い。窓もないため、閉鎖的に感じる。璻は怖い思いを紛れさせるため歩いている喜三郎に話しかけた。
「いいいっ…今から誰に会うんですか?」
「そしじぃだよ。それに暗いからってそんなに怖がらなくて大丈夫」
璻は驚いた表情をすると喜三郎に問いかけた。
「そんなにそしじぃさんに早く会えるもんなんですか?」
喜三郎は腕を組みながらうーんと唸る
「まず、新人の面談って感じかな?」
「喜三郎さん私、新人研修に面談とか聞いた事ないですよ」
「ウチでは恒例だけどね。だから業務で使った黒い白衣来てきてねって」
…人の水分子を見るならともかく黒い白衣を着る必要があるのか…
「ただの面談なら黒い白衣なんて着る必要ないですよね?」
璻は少し不安になり歩いている喜三郎を見上げた。
「ただの面談ならね…璻さんの場合は新人研修の前にたまたま依頼主を2回も見てるからね。それでもって藤宮くんに合わせられる人初めてだからね。そしじぃは興味があるんだよ」
…その言い方だと藤宮さんが癖強みたいな印象に聞こえるのは本人に言わないでおこう……
喜三郎は急に止まると璻の方へ振り向いた。
「大丈夫。璻さん、心配しないで。どんなに嫌な事を言われてもちゃんと自分の意思で答えるんだよ。」
…どういう意味だろうか⁇全く何を言ってるのかわからない…
喜三郎は数歩歩くとある部屋に着いた。立派な竹の玄関引き戸、高級和室のような部屋に見える。
「着いたよ。ここの引き戸を開けるとそしじぃの部屋だよ」
喜三郎は玄関である引き戸を軽く叩いた。
「そしじぃー喜三郎だよぉ〜新人ちゃん連れてきたよ。」
…なんだろう…大のおじちゃんでもそういうちゃめっけある事いうのか…
「喜三郎気持ち悪いからそれ、やめなさい。早く入りなさい」
落ち着いた低い声が部屋の中から聞こえた。喜三郎は引き戸をゆっくり開け頭を下げて一礼をした。
「失礼します。さて、璻さんも頭下げて入って。」
璻も思わず頭を下げ一言かけた。
「はい。失礼します」
喜三郎は土間の中に入り玄関で靴を脱ぎ、揃えると璻も続いて靴を脱ぎ揃え部屋に上がると畳のへりの前で喜三郎は正座をすると璻も見習って正座をした。喜三郎は部屋の中にいるそしじぃに声をかける。
「そしじぃ、襖開けますよ」
「はい。どうぞ」
喜三郎はゆっくりと襖を開ける。
そこには机に正座で座布団の上に座っている着物の年老いた男性がいた。優しそうで芯の強い、まるで何を考えているのかわからない不思議な老人に見える。部屋には巻物と生花が飾ってあり、美しい和室広がっていた。そしじぃは喜三郎と璻を見つけると如来のように微笑んでいた。
…本当におじいちゃんだぁ…
喜三郎は頭を下げ話しかける
「お久しぶりです。そしじぃ」
そしじぃは何かを書いているのか紙を見ながら、喜三郎に文句を言った。
「喜三郎、遅い」
喜三郎は深く頭を下げた。
「すみませんでした。」
璻はそしじぃに圧倒されていた。双方から見られているような、まるで全てをわかっているような人間には会った事がない。そしじぃは璻の顔をじっと見つめると紙とペンを机に置き、喜三郎に話しかける。
「喜三郎そちらの方のご紹介を」
「新しく入った方です。璻さん自己紹介を」
喜三郎は璻を見ると璻は自己紹介をし始めた。
「はい。龍後璻26歳です。よろしくお願いします。」
そしじぃは立ち上がり璻と喜三郎の近くに寄り璻の顔をまじまじと見る。
「ふーん。龍後ってどこかで苗字を聞いた事あるような?ないような?まぁそれはいいか。」
…えぇ、どっち。さっきも同じこと言われたんだけど、なんなんだろうか…
璻が着ている黒い白衣の襟を見つめた。
「それに黒い白衣着てる。襟にこれは竜胆と麻の葉に見える。依頼主見たんだね。」
璻は思わず頷くとそしじぃに向かって話し始める。
「はい。お二人ほど業務で見ました。」
「襟のマークが3つあるという事は適正があるんだねぇ。非常に珍しい話だ」
「そんなに珍しいですか?」
「あぁ。まず藤宮くんと一緒にやってると喜三郎から聞いたけど、彼はある意味天才だからねぇ。合わせられる人がほとんどいなかったんだよ。藤宮くんと一緒にやってもなぜかメンタル崩壊する子が多くて、彼は感情の細かい所まで読み取れるから余計に他の子は耐えられないだろうね。でも君は耐えるどこか彼を成長させているって」
…このおじいちゃんの中では藤宮さんは癖強認定されているのか…
「それは私褒められているんですか?」
璻は思わずそしじぃに聞いてしまった。
以前から藤宮に対して璻は思うところがあった。
…確かにあんなに感情に対して敏感な人は滅多にいない。藤宮さんといるとなぜか侵食される感覚があるし、ぬるっと相手に不自然な感覚を与えずに読み取れる能力は尋常ではない……
「褒めてるよ。あの藤宮くんに合わせられる新人は余計に気になって」
…変な意味じゃないのね…
璻は少し安心すると「よかったです。」と言葉をこぼすと胸を撫で下ろした。
そしじぃはすかさず璻に話しかけた。
「さて君に質問をしましょう。どんな依頼主の記憶を見たのかね?君の感想を知りたいな」
璻はいきなりで少しびっくりしたが、落ち着いて考え始めた。頭の中で狭山と渦見の事を思い出していた。過干渉に育てられた狭山とネグレクトに育った渦見どちらも親のエゴが強く反映されて育った。
璻は素直に見てきた事を話し始めた。
「わっ……私は、親にすべての選択肢を握られて育った過干渉の女性と親に放置され親の思うがままに生きてきたネグレクトの男性を見てきました。自分が思うよりずっと子供の頃の心の傷で人生の基準が変わる事がわかって。そんな人が世の中にいる事に正直悲しくなりました」
…自分自身に絶望感し社会に絶望している人が多くいる。そんな人を少しでも救いたいと思った…
そしじぃはニコッと笑うと続けて璻に問いかける。
「悲しくなった。そうかね。そんな人たちを見て君は何が必要だと感じたかい?」
璻はまっすぐにそしじぃを見ると真剣に話し始める
「自分を見つめる時間だと私は思います。今の自分がどういう状況でなぜ感情的になっているのかわかっていない方が多くいるんだなと」
そしじぃは璻の発言を聞いて首を傾げるとまた璻に向かって疑問を投げた。
「そうかぁ。もう一つ質問をしょう。君は水流士にきてくれた依頼主全ての水分子を修正する必要があると思うかね?」
璻はそしじぃの発言を聞いて言葉に詰まる。
「全て……ですか。」
…この人は何がいいたいんだろうか。出来るだけ救いたいのは事実だし……
「私は変える必要があると思っています。来てくれた方は水分子を変えるために来てるから」
「そうか、では…」
そういうとそしじぃは璻の元から立ち上がると生花に目を向けてから璻の顔をもう一回見る。
「少しヒントをだそう。人を助けた時我々の脳はドーパミンを出す事がわかっている。困っている人を見たら自分より助けなさいと言われ育てきた子供がいるとするだろ?それに加えて、親から過度なネグレクトや過干渉で幼少期育った人間は他人を助けたことで、自分の存在価値を感じる事ができる。これを繰り返すと何が起こるかわかるかい?」
そしじぃは意地悪な質問をしている事は璻にもわかった。
…まるで、あなたが今やっている仕事は自分のエゴじゃないか?と言われているように感じる。そんな感情あるはずない…
そしじぃに向かって顔を背けた璻は下を向くと小さい声で反論する
「なにを仰りたいかわかりません。」
そしじぃは両手をパンッと叩いた。音に驚いた璻は思わずそしじぃの顔を見つめた。そしてゆっくりとそしじぃは璻に近づき、また問いかけた。
「では、本質をついた質問をしよう。君が水分子を変えてその人の人生を救いたいと言っている言葉は本心かい?それともエゴを含んだ偽善ではないのかい?」
「偽善っ……」
璻はその言葉にゾワッと身体が冷え上がった。
確かに璻の中で何度も救いたいと思っていた。ありがとうとお礼を言われるたびに嬉しい気持ちになって、私にも役に立っているんだと言う気持ちが偽善だったのかもしれない。そう気づいた璻は段々と恥ずかしい気持ちになっていた。
そしじぃはニヤッとしながら璻に話しかけた。
「君は業務で救いたい側の考えは見えるけど、途中で救いたくないと言う人たちがもし出てきた時の考え方を学ぶ必要があるね。正反対の考え方を否定せず、助言ができるといい。自身の中でエモーショナルに走ると碌な判断ができない。これは石屋やる常套手段だよ?」
喜三郎ははぁっーとため息を吐くと横から口を出してきた。
「そしじぃ。でたよ。意地悪だよ。そういう言い方よくない。」
そしじぃは喜三郎に注意されてもニヤッと笑っていた。
「ほほほほぅ〜悪かったねぇ。」
そしじぃは璻に悪気もなく誤った。
…このクソッじじぃ。謀ったんだな。私が盲点だと思っていた所をグサグサと…
「いっ…いえ。あのーちなみなんですが、この質問は藤宮さんにも同じ質問をしたんですか?」
そういうとそしじぃはなぜか笑顔で答えてくれた。
「彼ねぇ。藤宮くんの場合は心底信頼できる人間に裏切られたらどうするって質問をしたら面白い回答をしたんだよ。」
璻は思わずそしじぃに向かって聞き返した。
「藤宮さんはなんて答えたんですか?」
そしじぃは淡々と璻の疑問に答えた。
「彼はね。『俺は相手に死ぬほど裏切られても、自分が傷つけられ、嫌われても、笑って相手を許してあげる自分をまず作ります。裏切られたって認識した自分に不自然さを感じるから』ってさ、彼達観してて面白いよね」
そしじぃの発言を聞いて藤宮がいかにも答えそうな内容に璻もなぜか納得をしてしまった。
…嫌われるとか傷つけられたとか裏切られたは藤宮さんの中で自分の幻想だと思っているんだ。そりゃ…藤宮さん優秀なはずだよね…
そしじぃは続けて話し始める
「この世の中には様々な人たちがいるからねぇ。水流士に来て自分の過去と今の人生を真剣に変えたい人と水流士にくる事で気付きまだ物質社会を楽しみたい人、水流士にきて少しだけ水分子を変えてあとは自分で頑張りたい人、様々な人の要望によって受け入れ方を変えて行かないといけないから、君はその判断ができるのかなって」
…えぐられるくらいに痛い所を突いてくる。侮れないなこのおじいちゃん…
「そう…だったんですね…」
そしじぃは悪気なくまた璻に話しかけた。
「君は過干渉で親御さんに育てられているね。それも関係してるのかもしれない」
ぐさっと心に刺さったような痛みが璻の身体全体を走った。だがなぜ水分子も見ていないのに的確にそれが言えるのか不思議だった。
「なんでわかったんですか?水分子や事前調査もしてないのに」
「君の声の音に違和感があったからね」
…音?……
喜三郎は横からまた口を出してきた。
「そしじぃ、その言い方だとわからんよ。璻さん、そしじぃは特殊な能力持っているからその人の声でわかるんだよ」
璻は車で喜三郎が言っていた事を思い出した。
「そういえば、そんな事言ってましたね。」
そしじぃは立ち上がると喜三郎と璻に話しかけた。
「さて、喜三郎よ。挨拶は済んだから部屋に戻っていいぞ。こちらに獅子子が向かって来るからねぇ」
「あぁ。わかった。」
喜三郎はそう言って立ち上がると璻に向かって話しかけた。
「さて、璻さん行きましょうか。」
「はい。」
そしじぃは立ち去る璻を見つめると急に声をかけた。
「あぁ。龍後璻さん、君はもっと自分のトラウマに向き合うと大きな収穫が得られるからね。」
璻は普段なら気づかなかった小さな思い込みをこの人が教えてくれた事にありがたく感じ深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。失礼します。」
璻は襖をゆっくり閉じ部屋から出ていく。
喜三郎は璻が部屋から出るのを待っていると誰か廊下から歩いてくる音がした。
:*:★━━━補足ポイント━━★:*:
・人を助けた時我々の脳はドーパミンを出す
日本の習慣で困っている人がいたら自分より助けなさいはやりがちなパターンです。これはドーパミンが出てる場合が多いです。俗に言うドーパミン中毒。ここではそしじぃは璻に向かって、自分の今の状態を考え助けてあげれる状態なんですか?と聞いてます。エゴや承認欲求で無意識に業務してませんか?という意味も含んでいます。そしじぃは言葉が足りないので新人に一定数嫌われています。それでも気にしないのがそしじぃのいいところというか我が強いというか…心のトラウマに気づきを与える指導者という立ち位置です。
ちなみに藤宮が達観して物を考えられることに喜三郎もそしじぃも関心しています。そう意味では評価は高いです。
嫌われているとか裏切られたとかは基本自分の認知し経験した現実から自分でルールを作っていることが多いです。
藤宮は若くしてそれに気づいているので。そこは作者の私でも関心しています。
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