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水流士-因子を解く-  作者: 小野里
- ネグレクト編 -

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33/68

第32話:本心



 渦見の手が小刻みに震えていた。



 …思い出したくなかった。聞きたくなかった。そんな昔の話……



 そんな言葉が渦見の頭の中でぐるぐると繰り返される。


 30代にもなって昔の出来事を掘り返されトラウマで震えている自分に心底嫌気が差している。黒い感情が喉までのぼり口から否定的な言葉を目の前の2人に吐き出しそうになる。理性で感情を飲み込み震える手を無理やり抑えると藤宮に問いかける



「藤宮さんはそれが本当にあったとして…その話を子供にされて信じますか…」



  藤宮は渦見の話を聞いて目を丸くし驚いた表情を見せる。



「大人に…話したのですね…」


渦見は深呼吸をするとゆっくりと自分の過去を話始める。


「俺の話なんて誰も信じてくれなかった。みんな行政の方を信じ、周りから嘘つきと罵られました。」


 悲しい顔で必死に笑顔を作る渦見は話を続ける。



「真実を語った所でそれはお前の空想や幻想だと周りの大人に言われた時悟ったんすよ。大人の都合で作ってきた社会に真実を突きつけられても攻撃されるだけなんだと、俺は学んだんです。大人は自分の都合の良い事しか信じないだから俺も都合がよく生きようとあの時から決心をしたんです。だから人身売買の時も黙ってついて行った。」




 璻は渦見の表情とその発言から何となく”もうこれ以上自分が傷つきたくない”という思いから全てシャットアウトしたんだろうと感じた。それが渦見さんの中で強く潜在意識に残った。ふと璻の頭の中で渦見の中にいた黒い人型を思い出した。あれは渦見の心の現れだったのだろうか?渦見の境遇を思うと余計に心が締め付けられるような感覚がした。



 藤宮はテーブルに置いた皇の書類を手に取った。書類を手に取ったつもりがなぜか手に力が入り書類を少しクシャっとさせていた。藤宮の手元を見て璻は何となく藤宮も怒っていることに気がついた。藤宮はハッと気がつき思わず書類を綺麗に直した。書類は何枚もあり藤宮は書類に目を通すと藤宮は淡々と読み上げ始める。



「渦見さんはその後、何度も何度も薬を飲ませられ中毒に苦しんでいましたね。子供相談所から解放された時なぜか表沙汰にならずその職員の出来事は内部で隠蔽された事になったと。ですがのちにその男性職員が海外スパイだった事、またその男性職員は人身売買の専門機関。人間のクローンやゲノム編集を研究していた機関と繋がりがあった事は追加調査の書類で記載されております。渦見さんは最初からスパイからターゲットにされていたことがわかりました」



 渦見は嘲笑うように藤宮に話を返す


「はぁっ…という事は俺は元から狙われていたんっすね」



 渦見はそう言うと藤宮から顔を背けた。明らかに落ち込んでいる。自分が元々狙われていたなんて渦見は考えた事がないように見えた。


藤宮は少し考えた。これからどうするのが適切かどうかを。




 …石屋は基本自分の感情に無頓着な人間ほど使い勝手のいい駒になる。特に親に対して酷くトラウマがあり、目先の事しか考えない人間ほど奴らの捨て駒になる。さらに自分の意志を持たず世の中に流行りに敏感なほど石屋の洗脳を受けやすい。何千人、何万人とそういう人間を教育し各国にスパイや工作員を送り込んで治安を悪くしてきた。恐怖や不安で世論を動かすことによって石屋の考えている世の中のシナリオを進めやすいようにする。石屋の考えつきそうなことだ。渦見さんも下手すると今後ソイツらに使われる可能性が高い。それを阻止するために自分が今どんな感情なのか、どう思っているのかを渦見さん自身がその瞬間、自分の感情を理解することができれば…




 持っている書類を読み進めながら渦見にあった最前の方法を考える。



 …渦見さんの場合、心理カウンセリングは不向きだ。昔、心理カウンセリングを行なったがカウンセラーとトラブルになったと書かれている。しかも渦見さんは声優や役者などの仕事をしている。自分の感情に疎い側面があり、役に入り込むと疲れ切り自分の感情を潰す傾向が見える。渦見さんのように忙しい方でも出来て自分の感情を冷静になれる方法……



「あっ」



 藤宮は何か思いついたように渦見に提案をする。


「自分の感情と記憶を渦見さん自身が簡単に自覚するところから始めてみてはどうでしょうか?」


 渦見は首を傾げると藤宮に疑問を投げる。


「どうするんっすか」


藤宮は淡々と応える。


「書く瞑想、ジャーナリングという手法があります」


 璻と渦見は顔見合わせて藤宮を見つめた。そしてなぜか二人同時に聞き返す。


「ジャーナリング?」


藤宮はふっと吹き出すと言葉をかける


「はいっ。フッ…お二人とも息を合わせる上手いですよ。」



 璻は慌てて言い訳をする。



「いや…合わせたわけではないです。たまたまですよ。で!ジャーナリングがなんですか?」


藤宮はジャーナリングの説明を始めた。



「はい。ジャーナリングは不安な感情や心配事を紙や手帳やノートに書く手法です。今の自分の感情が冷静にわかります。それに線を引き、昔同じような事柄がなかったのか書いてみましょう。大概昔と似たような事で悩み苦しんでいるはずです。それを出来れば時間を取って毎日紙に書いて欲しいですね。」



 渦見はめんどくさそうな顔をした。



「毎日はちょっと…台本チェックとかがあるので。」


不機嫌そうにする渦見に藤宮はアドバイスをする


「では休みの日行って下さい。できなければ…」


 藤宮は何かを思いついたように渦見に問いかける。


「あっ…そうです!マネージャーさんから今回一回きりでという話でしたが。来週以降もウチに来ませんか?」



 いきなりの提案に渦見は驚いた。藤宮の提案を渦見はよく考えてみる。



 …確かにマネージャーから一回行ってみては?と紹介されて一回ならと思って来たらこんなことになっていた。正直メンタルも不安定で仕事にも影響あったことだし。俺にとっちゃありがたい申し出だけど、この仕事のお陰で急にスケジュールが埋まりやすいからな…


渦見は藤宮の申し出を断ろうとする。


「いや、突発的な仕事が……」


 藤宮はふっと笑った。そんなことは気にしていない様子に渦見には見えた



「急にキャンセルされても構いません。連絡くだされば大丈夫ですよ。友達に会いにくる感覚で来ていただけないでしょうか?」



 渦見は悩み答えを渋ると璻が渦見に対して問いかけた。



「渦見さん。私、渦見さんの記憶の水分子を修正した時に小学生の渦見が泣いていたのが見えました。ここからは私の推測ですがきっと渦見さんは悲しい醜いと思っている自分をずっと拒絶しているように感じました。最愛の母の死を経験し自分も死にたくないと思っている弱い自分に酷く失望していた。でも心のどこかで誰かにそんな弱い自分を信じて認めて欲しかった。そんな声があなたの中から聞こえた気がしたんです」



 なぜか渦見はその言葉を聞いて何故か目頭が熱くなっていた。



 …今まで誰にも言えなかった。メディアで舞台に立つ自分と死ぬ事が極端に怖く、常に自分を信じて欲しいと願っている正反対の弱い自分が許せなかった。だから余計にそんな惨めな自分を消すために承認欲求を満たし女遊びに手を出し、偉い人に媚び売れて生計を立てていた。それ自体が当たり前だと思っていた。でもこの人たちに出会い自分の中にある許せないと思っている事自体辞めたいと思ってしまった…




 璻は渦見を真剣に見つめた。



「私達は渦見さんの心に寄り添い続けますし、あなたの記憶や感情を深い所から信じています。どんなに批判されようがメディアから弾圧されようが私達はあなたの言葉を信じます。自分の心に向き合い続けることで渦見さんも生きやすくなりますし、新しい側面も発見できるかもしれません。なので。そんな渦見さんが見たいと思う人が増えるようにサポートできたら嬉しいなぁ…なんて。」



 渦見の目からボロボロと涙が溢れていた。璻はポケットからハンカチを差し出すと渦見はハンカチを握り顔に当てた。璻は渦見を見ながら、水分子を修正した時に小学生の姿で泣いていた渦見を思い出していた。



 …やっと渦見さんは自分の気持ちに気づいて戻ってきたんだ…



「私達はあなたを信じますし、あなたを一人にはしません。もっと弱いと思ってる自分を拒絶せず信じてあげてください。強さも弱さもあって初めて渦見辰彌という人物なんですから」



 藤宮はそんな璻のかっこいい言葉に思わずふふふと笑った。



「璻さんがそう言ってますけど、どうでしょうか?」



 渦見はハンカチで涙を拭くと声を震わせながら答えた。


「参りましたね。女性にこんなに熱心に口説かれちゃ、都合をつけて来ます。何なら毎週来ます」


 まさかの言葉に璻は思わず動揺する。


「えっ…いや…あの…そんなに来られても…」


 渦見の言葉には非常に語弊がある。璻は1ミリも口説いてはいない。あくまでまともな事を言っただけだ。ビジネス。ビジネスなのにまた変に気があると思われると非常に面倒に感じた。


「璻さんって心底変な人っすね。本当」


 そういうと渦見は璻が貸したハンカチに顔を埋める。目は赤く腫れ泣き疲れているのか渦見の顔は少しむくんでいた。いつもメディアで見ている渦見とは大違いだが、こっちの方が本来の渦見だと思うと非常に話しやすいと璻は感じる。



 …案外みんな大人の殻をどっかで被ってそのまま人生を終える人が大半の中こうやって本来の自分に戻れる人だっている人間は不思議な生き物だな…


 そんな気づきがなぜか璻の頭の中にふっと浮かんだ。藤宮が少し安心すると時計をチラリと見た。もう依頼終了の時間を数分過ぎていることに気が付く。



「では本日はこれにて終了になります。また来られる際は予約をお願いします。」


渦見は嬉しそうに返事をした。


「はい。」



 そういうと渦見はソファから立ち上がる。入り口の方からバタバタと足音が聞こえる。藤宮はその音に気がつき璻に話しかけた。


「璻さん、誰か来たみたいなので入り口まで出てもらえますか?扉開けてもらって大丈夫です。多分渦見さんに関係ある方なので」


 渦見は驚いた表情を見せた。


「はい。承知しました。」


 璻は誰かわかっていないがとりあえず藤宮の言う通りに入り口に立つとチャイムが鳴った。扉をゆっくり開けるとそこには見知らぬ男性が立っていた。急いでいる様子に見える。


「あのっ……はぁっ……はぁ。こちらに渦見さんいらっしゃいますか?」


璻は見知らぬ男性に応えた。


「いらっしゃいますよ。どちら様でしょうか?」


「私は渦見のマネージャー葛西です。今晩の朗読劇の代役をお願いしたく…」


 聞き耳を立てていた渦見はその様子を見て入り口に向かって歩いてきた。


「葛西さん。お疲れ様です。今日俺休みだって…」


 マネージャー葛西は深く頭を下げる。


「すみません。せっかくお休みだったのに。夜からの朗読劇なんですが主演の方が急遽体調を崩されて。代役をお願いしたく。連絡も繋がらなかったのでこちらに伺いました。ゲネが始まるので下に車を用意しています。一緒に向かって頂けると」


 渦見ははぁっ…とため息を出すと少し嫌な顔で答える


「そうですか。わかりました。すぐ向かいます。」



 渦見は振り返るとソファに戻り荷物を持つと入り口まで早足で歩いた。突然渦見は藤宮に呼び止められる。


「渦見さん、その顔では表に出られません。こちら濡れたタオルです。顔を冷やしてからお帰りになられて下さい」


渦見の近くへ歩いて向かうとキッチンにある冷蔵庫からおしぼりのようなタオルを取り出し藤宮は濡れたタオルを渦見に渡した。 


「気が利きますね。ありがとうございます」



 濡れたタオルを受け取ると目に当てながら冷やしていた。少しずつ声優の渦見辰彌に戻り始めた。まるで今まで子供のように感情を出していた渦見はどこへ行ったのだろうか、その切り替えの速さは見習いたいものだと璻は隣にいる渦見をまじまじ見る。濡れたタオルを畳み藤宮に渡すと渦見は笑顔になった。



「藤宮さんありがとうございました。今まで同性にあまり本音を出す事がなかったので少しスッキリしました。」


元気になった渦見に対し、藤宮は嬉しそうに返事をした。



「それはよかったです。またお話を聞かせてください。ご予約をお待ちしています。」


 渦見はなぜか璻を見ると璻の肩をポンと手を置いた。渦見は思った以上にニコニコしながら璻に話しかける。



「璻さん目当てにまた伺いますね。ハンカチはその時お返しするんで。来月か再来週か必ず予約入れて会いに来ます。楽しみに待っていて下さい。」



涙まみれにされたハンカチは綺麗に返してくれる気らしい。最初会った時とは違う大人の対応を渦見が出来ることになぜか璻は安堵した。



「はぁ…ハンカチは別に急ぎませんよ。来た時より元気そうになって何よりです。お仕事無理せず頑張ってください」


璻に激励されたのが嬉しかったのか今日一番の笑顔を見せた。


「はい。ではまた。ありがとうございました。」


 渦見は深く頭を下げマネージャーの葛西と一緒にオフィスから出て行った。渦見は歩きながらスマホをバッグから取ると誰かに電話をかけた。


「あっ。立佳?わりぃ今日お前の所いけねーわ。それとお前と関係もうやめる。」


 女性のガッカリする声が聞こえる


「なんでっ?好きな人できたの?」


渦見は溌剌とした声で切り出した。


「いや、今日決めた。もっと自分の事大事に扱いたいから。粗末にしないって決めたんだよ。今までありがと。」


女性は戸惑いながら返事をする。


「えっ…ちょっと意味わかんないんだけど。まっ…」


 ブチっと電話を切るとスマホをポケットにしまった。


「渦見さん、女遊びやめるんですか?」


 何かあったのだろうか葛西が驚いたように渦見に聞く。何年間も女遊びをしていた人間がいきなり辞めるなんて青天の霹靂。葛西の心配を読み取ったのか渦見は穏やかな表情で話しかける



「ちゃんと自分のメンタルを整えてからの方がいいかなって思ったんすよ。それに俺すぐモテるのでたまには遊ばない自分もいていいかなと。その分ちゃんとお仕事しますから」



今まで渦見はそんな事を言ったことがなかった。葛西は相当驚いた。葛西が知っている渦見は、誘われた飲み会に必ず行き不安や心配ごと寂しさが積み重なると外に吐き出すようにすぐ女遊びをするような人だった。一生治らないと思っていたのに所属事務所の社長がたまたま”水流士”に相談したらと言われ本人をいかせて見たらまともになって帰ってきた。



こんな短時間で相当の変化を感じる。葛西はふっと嬉しそうにした。



「当たり前ですよ。この仕事はご指名ですからね。引き受けるのならきっちとこなしてください。よろしくお願いします。」



渦見はご指名という言葉を聞いて嬉しく感じたと同時に責任感も重くのしかかる。


「ご指名とは珍しいっすね。ありがたいことなので仕事はきちっとこなしますよ」



 そういうとそそくさと駐車場に停めてあった車に乗り、仕事に向かって行った。



 現場に向かう渦見の足取りは今までより軽く感じた。



。:*:★。:*:★━━━補足ポイント━━━━★:*:。★:*:。


・石屋は自分の感情に無頓着な人間ほど使い勝手のいい駒になる


石屋は関心がない人や無頓着な人がたくさん増えることほど都合がいいと思っています。世論を動かすのが簡単だからですね。この小説では無関心、無頓着、日々の選択がめんどくさい人も多くそんな人も脳内器具を入れている設定にしています。※もちろん。病気の人や感情に苦しんでいる人も同様に脳内器具を入れてます。


人間は一日に何千回もの選択をしています。その選択で未来を決めているので意志がない人や興味関心がない人ほど選ぶことに対して億劫に感じ石屋の情報に流されやすくなります。ましてはそんな方々が工作員やスパイに標的にされた場合、被害に合いやすくなります。


※ちなみにこの小説では石屋に属しているスパイ、工作員、エージェントは幼少期に人身売買で売られてきた子供や儀式をする悪徳宗教で入信した子供を小さい時から粗悪な環境におき無意識にスパイや工作員教育を受けている場合が多いです。これまた普通に生活している方も多くSNSなどに潜り込んでいるので見つけることが困難な現状です。(ちなみにこの小説ではスパイや工作員やエージェントなどは国籍等関係はありません。日本人だろうが外国の方だろうがどこでもいる設定にしています)なので皇などの一族がたびたび調査をしていたりします。皇の調査が早いのは常に調査をしている部隊があったり、防衛する部隊があったり、いくつも部隊を持っています。本人だけだと手が回らないので。それでも仕事をやってのけるあたり皇は非常に能力が高く周りからの信頼もアツいです。




・渦見の女遊び

渦見のセフレは3〜6人で構成されています。後腐れがないように全員に同意書を書き、未婚であることを条件にセフレ選抜メンバーにしています。事前に身辺調査を入れているあたり徹底しています。水流士に通うと決めてから徐々にセフレのメンバーを解体していくことになります。(藤宮と話した時に尿もれの話が相当嫌だったことが決め手ですがその理由は本人的に恥ずかしく周りに言えないのでメンタル整えるとか言ってます。渦見なりのプライドですね)セフレに対して都合がいい女としか思っていないので関係を切るのは早いです。そういう切り替えも渦見は早いですね


。:*:★。:*:★━━━━━━━━━━━━★:*:。★:*:。

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