第26話:麻の葉
藤宮は左手に竜胆の組子細工を持つと璻に話しかけた。
「では…璻さんが着ている黒い白衣の襟を触ってもいいですか?」
璻が今業務で着ている黒い白衣の襟に重ね竜胆のマークが妙に浮き上がっている
藤宮はこれのことを言っているのだろうか?
…藤宮さんが触るということは何か多分何か細工をしたいんだろう…
璻は不安そうに藤宮を見つめると返事を返す。
「いいですけど」
そういうと璻は羽織っていた黒い白衣を脱ごうとした。次の瞬間、藤宮は璻の黒い白衣の袖を強く握り引っ張った。
璻は疑問に思いながら藤宮の顔を見ると神妙な面持ちで璻の顔を見つめる。
…なんか怒っている?なんで…
「いや、今ここで黒い白衣を脱ぐと戻れなくなることで脱がないでそのまま着てください」
藤宮はそう璻に告げると引っ張っていた袖を離した。
申し訳なさそうな表情をした藤宮は頭を軽く下げる。
「急に引っ張ってすみません。びっくりしましたよね…」
藤宮に対して璻はあまり気にしない様子だった。
「いや、それはいいんですが。」
黒い白衣を脱ぐと戻れなくなるとはどういう意味なんだろうか?あんなに必死になって止めるあたり様子がおかしいまるで命に関わるような感じに璻は見えた。
璻の中で疑問が膨れ上がる。
意を決して藤宮に質問を投げかけた
「ちなみ…なんですけど。戻れなくなるって言ってましたけど記憶に入った状態で黒い白衣脱ぐとどうなります?」
藤宮は難しい顔をすると「それは…」と一瞬言葉を詰まらせる。
何やらのっぴきならない事情があるように見える。
藤宮は真剣に説明をし始めた。いつもとは違う様子に璻は見える
「この黒い白衣は依頼主の水分子から水流士を守るように作られています。施術する水流士自ら黒い白衣を脱がない限り問題はありません。ただ……」
璻はその言葉の先が気になり藤宮に問いかける。
「ただ…なんですか?」
藤宮は真剣に璻に説明を続ける
「すっ…水流士が施術を終えてない場合は依頼主の水分子が水流士の体内に入り依頼主と似たようなエゴを作り出します。これは水流士自身では気づかない場合がほとんどです。基本施術している水流士はエゴは取れないので他の水流士に依頼を出さなければなりません。それに気づかない場合はずっと依頼主のエゴが体内に入り続け体内の水が穢れていきます。それ以上に最悪な場合、意識を乗っ取られますね…乗っ取りかけた方前にいらっしゃったんで…」
璻はその話を聞き途端に血の気が引いた。
……これそんなに大事なものだったんだ……
璻は頭を下げて藤宮に対してお礼を言った。
「そうだったんですね。軽率な行動でした。藤宮さんは助けようとしてくれていたんですね。ありがとうございます」
…意識乗っ取りってどこぞのSF物か漫画か空想の世界しか聞いた事ない話だけど、今の藤宮さんの表情を見る限り本当なんだろな…
こんな時代になって信じられない話ではない。どこぞの大統領が宇宙人いる事や地球の地下に地底人たちがいる事や上空に鳥人がいる事やタイムマシーンが実在する事やアークが海に眠っている事をわざわざ発表するくらいの世の中だ。もはや現実もSF小説や漫画に近づきつつある。
そんな現実より目の前の出来事の方がよっぽど信憑性が高くリアルに感じる。
「わかりました。私が着ている襟を触るんですよね。どうぞ触って下さい。さぁ」
璻は真面目な顔で両手を広げて藤宮に一歩近づく
藤宮は急な璻の発言にドキッとする。一歩後ろに下がると顔を赤くしながら
「もう語弊があるんですよ!璻さん。手は広げなくていいですから!あとこっちに近づいてこないでください。セクハラです」
璻は藤宮にニヤッと笑う
「セクハラって酷いですね。冗談ですよ。」
はぁーっと藤宮はため息を吐くとなんとなく璻が揶揄っているのがわかった。動揺した反応を見せたことに少し後悔をした。藤宮はため息を吐き璻を見た。
「はぁぁっ…真面目な顔でからかわないでください。今は時間ないんですから。ちゃっちゃっとやりますよ。手下ろして前向いて。そのままじっとして下さい。すぐ終わりますので」
璻は頷くと返事をする。
「はい」
藤宮は璻が着ている白衣の襟にそっと手を触れた。璻は藤宮の顔が近いのか恥ずかしそうにプイっと顔をそっぽ向けた。璻はなぜか先ほどの藤宮の発言を考えていた。まるでお遊戯をするの先生のような発言に璻は少し納得がいっていない様子だった。
…私26歳のアラサー近い女性なんですね。なんか私の事小学生だと藤宮さん思ってるんでしょうか。ほんのちょっとちょっとからかっただけなのになぁ…
そんな事を考えている璻に藤宮はすぐさま璻の顔を見た。何かに気づいているように見える。藤宮は璻の襟を触る事をやめ一歩離れると真面目な顔をする。
「璻さん、業務中ですよ。誰が小学生の先生ですか?別の事考えるのやめてください。」
藤宮が襟を触っただけで今考えた事が瞬時に読めた事に璻は非常に驚いた。
「なんでわかったんですか…」
……今のは声に出してなかったはずなのに……
驚く璻に藤宮は淡々と応える。
「今フルで超感覚の能力使っているで雑念があると読めるんですよ。さて、璻さん今から襟のマークを変えますので今の渦見さんが癒され元気になっている所を想像してください。想像出来ないとマーク変えられないので。仕事になりません」
藤宮の超感覚には璻は絶対に敵わないと思いながらいろんな事考えるのを諦め真面目に仕事をすることを心に誓った。
「すみません。真面目に仕事します」
そういうと璻は心の中で想像をはじめる。
…渦見さん言いたい事が誰に対しても言え必死に承認欲求を満たさなくてもいい状態になりますように…
藤宮は璻に一歩近づき右手で璻が着ている黒い白衣の襟をそっと触る。
襟に藤宮は口を近づけ話しかける
「麻の葉来たれり」
そう藤宮がつぶやくと璻が着ている黒い白衣の襟に急に光だし、璻は強く目を瞑ってしまった。再び目を開け襟を見ると重ね竜胆のマークから麻の葉に柄に変わっていた。
「これっ…あっ…麻の葉?」
藤宮は璻の襟から手を離すと地面を見た。あたりは暗く何も見えない。
「璻さんはそこで待っていてください。今準備をしますので」
璻は頭を傾げると「準備???ってなんの準備ですか?」
藤宮は璻の問いかけを無視し、歩き出すと周りをキョロキョロしつつ手で地面をコンコンと叩いてはその場を離れまた数歩歩いてはまた地面を手でコンコンと叩くのを繰り返していた。
璻は藤宮が何をやっているのか全く理解が出来ない。
「あっ…ここですかね」
そういうと藤宮はその場でしゃがみ込み左手に持っている組子細工の竜胆を地面にゆっくり置いた。そこは璻が立っている場所からだいぶ離れた位置だった。
藤宮ははぁっ…と息を吐くとボソッと呟いた。
「さて…とりあえず準備はできましたね」
藤宮は璻を見つけると手を振った璻も手を振りかえす藤宮は大きく呼びかけた
「璻さぁーん。呑気に手を振ってないでこっちに来て頂いてもよろしいですか?手伝って頂きたいです」
一瞬イラっとする璻は引き攣った笑顔のまま藤宮の元へ駆け寄る。
…呑気にって藤宮さんが手振ったから振り返しただけなんですけど、その一言余計だな…
璻はボソッと聞こえないように藤宮につぶやく
「藤宮さん、一言余計ですよ。」
藤宮は置いた竜胆に目を向けると近寄ってきた璻に話しかけた。
「璻さん?なんか言いましたか?今時間がないので、後で聞きますよ。璻さん今から説明するんで少しお手伝い頂けます?」
藤宮には文句が伝わっていないように見える。璻はなぜかホッと胸を撫で下ろした。
「何にも言ってないですよ。お手伝いですよね。承知しました」
これからの説明をするのだろう藤宮は真面目に業務内容を伝え始める
「俺がサンスクリット語を唱える間、竜胆の近くに空間をこじ開けます。その中は大量の崩れた水分子が広がっています。璻さんの役割はその中に渦見さんの記憶を見てきた中で渦見さんと”違う視点”を入れてもらいます。」
璻は口に手を当てながらうーんと考えた。
…それさっきも言ってたけどどう言う意味なんだろうか?…
「違う視点を入れるってどういう事ですか?」
藤宮は璻に説明をする
「説明しますね。渦見さんは母親を亡くされてますが、父親が殺したもんだと未だに渦見さんは勘違いをしてます。それは一面しか見ておらず、自分が正しいと過信している考え方です。渦見さんの母親はメディアのお偉いさんに色々され精神を患っていた事や渦見さんをメディアで売れさせるためにその時できるベストな選択を母親がした事自体彼は知りません。渦見さんの記憶を見てきた璻さんの水分子を借りて入れて欲しいのです」
璻は戸惑いながら藤宮に反論をする。
「ちっ…ちちちょっと待ってください。私渦見さんの母親が色々された事は知っていますが、その後に精神を煩っていたことは知らないですよ!どこから情報を得たんです?まさか…すめっ…」
璻の中で皇の顔が頭の中で浮かんだ。
頷いた藤宮は璻に応える。
「はい。そのまさかです。皇です。連絡が間に合ったので。ほかの詳細は後でお話します」
皇の顔が璻の中で即浮かび上がった瞬間、やっぱりすごい人だということを再認識した。
…あの人あんな短時間で連絡して内容を送ってきたとかすごいけど、マジで忍者みたいな人だな。ほんっと…
璻は不安になりながら藤宮に対して質問をする
「とりあえず藤宮さんが仰っていることはなんとなく伝わりましたけど。でも藤宮さんのように水分子の作り方なんてまだ……」
不安そうに見つめる璻に対し藤宮は
「大丈夫です。そういうと思ったので、襟を麻の葉に変えました。璻さんが着ている黒い白衣の襟のマークはその状況によって水分子の性質を変えます。麻の葉の意味は魔除けと成長をするという意味があります。なので璻さん襟を人差し指で軽く叩いて下さい。」
藤宮が自分の襟を人差し指で叩くジェスチャーを璻に見せながら説明をした。
それを見ながら見様見真似で同じ動きを行う
「こうですか?」
襟を見ながら人差し指で襟を2回叩く。パッと指を離すと人差し指に白色で六角形の中に麻の葉のマークが浮かんでいた。少し光って見えた。不思議そうに璻は麻の葉のマークを見続ける。麻の葉のマークを指を刺しながら藤宮に質問をした。
「これなんですか?なんか浮かんでるんですけど」
藤宮は璻の質問に応える。
「水分子ですよ。麻の葉のマークの水分子。コイツが体内に入ると石屋の蛇が居なくなってくれます。本当は人間、善悪を繰り返し体験して自分が本当にやりたい事がわかるのですが…蛇がエゴについている以上、必要以上に過去の体験で嫌だった感情に必要以上に振り回されてしまいます。その人が過去の視点を変化させその過去から何通りの見方ができれば嫌だった感情は変わり蛇はつきにくくなります」
璻は藤宮の説明を聞いて納得する。原因を1つだけと考えず複数の視点を持つことによって考えを分散させるそれをすることにより新しい可能性が広がっていく。藤宮はそういうことを言いたいのであろう。璻は藤宮に対し再度質問をする。
「それが藤宮さんがさっき仰った自分が正しいと思い込んでる考え方ですね。見方を何通りもできれば確かに感情は一定になり他の因子も考えることができますね。この麻の葉の水分子は普通の水分子とどう違いますか?形だけ違うだけですか?」
藤宮は麻の葉の柄についても説明をする。
「根本的にも違いますよ。これは石屋や霊障にあった人専用の水分子の組み方です。通常はその人にあった水分子を組みますが石屋や霊障の類いはまず根本的にエゴにへばりついている奴をとってから水分子を組まないと大きく変容はできません。それどころか本人は意地になって感情を変えられずに病気を煩ったりします」
藤宮の説明を聞き妙に納得した。
……元凶を取り除かないと根本的な解決にはならないのか……
璻はまた藤宮に対し質問をする。
「ということは渦見さんの場合はまず蛇からエゴを引き剥がさないと話にならないって事ですか?」
藤宮は頷きながら璻の質問に応える。
「そうです。さっき俺が竜胆を置いた場所は脳髄液に繋がる水分子がここに詰まっているからです。脳髄液は脳の中にある記憶と感情に繋がる大事な体内の水。璻さんが麻の葉の水分子を入れる事で本人がいやが応でも気づいてくれる。そういう役割を持ったのが麻の葉役割です」
一連の藤宮の説明は難しい言葉が多い。聞いて璻はなんとなく頭の中でまとめてみた。
……ようは感情に住み着いている蛇を麻の葉を通して私の水分子で剥がし、尚且つ私の見てきた渦見さんの過去の記憶を入れることによって渦見さんに悔い改めてもらう作戦ってことでいいのかしら?…
璻は藤宮に業務手順の確認をする。
「ようは藤宮さんの発言を説明すると、脳髄液に繋がるところに渦見さんのエゴと石屋の蛇がいて麻の葉を入れるそれで蛇は撃退する。尚且つ私の見てきた渦見さんの過去の記憶の水分子を渦見さんのエゴに入れる。この2点、私がやることであってます?」
藤宮は拍手しながら璻を誉める
「おおお〜はい。そうです。その方向で認識はあってます。あとはよしなにやるだけですね」
……何が”よしなに”だ。自分は直でこれに参加しないからって余裕そうに……
璻は楽観的な藤宮に対して責任が重くのしかかったような感じがする。
藤宮に対し璻は具体的な質問をした。
「でもこの麻の葉の形の水分子を入るって実際にどうすればいいんですか?」
藤宮からまさかの回答を璻は聞く
「それは簡単ですよ」
璻は戸惑いながら言葉を返した。
「かっ…簡単ですか?」
璻は眉間を狭めながら藤宮を見つめる。
…いやいや、それは藤宮さんは簡単だろうけど、まだ入って2日目の私にとって簡単かというとそうではないでしょ…
璻は少し身構えた。
藤宮が次に出てくる言葉に内心ビクビクしながら静かに話を聞いていた。
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・麻の葉
日本の伝統工芸の組子細工では麻の葉の模様があります。
組子細工は仏教から来ていますが、麻の葉の形を彫ることも意味があります。
麻の葉は古から魔除けになる模様で今東京の地下鉄でも麻の葉が描かれている地下鉄があります。
それも安全を願って意図して描かれていたりします。着物の模様でも麻の葉など描かれていることが多くありますがそれぞれ意味があったりします。
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