第1話:無職な私
コンシェルジュを起動すると
「おはよう」
璻は機械に向かって挨拶をする。
「おはようございます。璻。本日の予定はありません。明日の予定を出します」
ホログラムのカレンダー表を見ながら
灰色のスエットを脱ぎ捨て洗濯機に入れる。
クローゼットからTシャツワンピースを引っ張り出しとりあえず着替えることにした。
洗面台に向かうと洗顔をするこれが朝の日課。
キッチンに向かいインスタントコーヒーをマグカップに入れ鉄瓶に水を入れるとお湯が沸くまで
過去の記憶をゆっくり振り返る。
...なぜ無職になったのか...
━━━━━━━━━━━ 発端は2年前まで遡る ━━━━━━━━━━━━━
2年前まで私は大学生だった。
大学では環境科学を専攻し水についての研究を始めた。
その中でも水の構造や性質について研究論文を書いていた。
特に水ができる時の水分子の構造論文を専門的に書いていたが教授のやり方しか認めない人たちだらけの大学で私の論文はあまり評価されず論文も却下されることが多かった。
あまりに論文を却下されていたため嫌になり大学院に進むことを諦め3年の秋に就職を選択。
就職先を選ぶ際に迷っていたため、同学部生で仲の良いの鳶那真希によく相談をしていた。
大学で彼女に会うとオフィスカジュアルのような綺麗めな格好をしていた。
いつも通り大学の廊下で璻を見かけた真希が駆け足でこっちに向かってくる。
元気のいい真希とは対照的に疲れ切っていた璻は彼女に鬱陶しさを感じる
…またバタバタと忙しないな…
璻は真希を見て思わず今日の服装の感想を伝えることにした。
「今日も決まってるね。ひと昔前のオフィスガジュアルファッション?今2048年なのに?」
真希は璻の発言に顔を膨らませた。
璻は褒めたつもりだったが真希には皮肉に聞こえたらしい。
真希はムスッとしながら璻に反論する。
「生活のためにお金を稼ぐ概念があった時代が好きなのよ。綺麗じゃない?スタイリッシュで」
璻には真希のセンスがあまり理解できなかった。
そんな真希の服装をじっと見ながら璻は鼻で笑うように流暢に答える。
「綺麗だけどさ。オフィスガジュアルってなんとなくバリキャリのイメージあるじゃん。もうベーシックインカム導入されて結構経つのにバリキャリの服装はなぁ〜ちょっと古いよ。毎月20万貰えるから必死に生活のために働くって概念ないよね」
璻は少し考えて真希を見る。
真希は首を傾げながらじっと見る璻に反論する
「何?まだなんか言いたいの?」
…そういえば真希の就職について聞いたことなかったけど、どこに就職するんだろう?…
疑問に思った璻は真希に質問をする。
「唐突に聞くんだけどさ大学卒業したらどこ就職したいん?」
真希は突然の違う話を振られ笑いながら璻に聞き返す
「本当に唐突じゃんっ‼︎まぁ璻いつも唐突だよね。もう気にしないけどっ。」
真希は就職についてそういえば璻に話してなかったことを思い出した。
「璻の話は聞いていたけど話してなかったね。そうだね。あたし、とりあえず日本支部の環境科に働こうかなぁーって。あそこ給料そこそこあるし、優秀なパートナー見つけるのにピッタリやん。私のゲノム検査の内容と適合する職種があったし、適合率も75%まあまあ高かったよ。間違いないっしょ」
璻は真希の話を聞いて呆れてしまった。
真希は就職して仕事するのが目的ではなく”パートナーを探している”のがわかった。
璻は真希の話の本質を突くように聞いた。
「さては〜真希パートナー探しが本命だな?あざとい!さすが。」
真希は言い当てられたのであろうか?
笑いながら真希は璻に話し始める。
「それもぉ〜あるけど水に関わる職種って滅多にないじゃん。なら、自分が生まれ持ってきた能力を信じて生きるのが効率がいいと思ったの。自然好きだしね。行政のゲノム検査適合職種受けた所にたまたま環境科があったのよ」
璻はその運の良さに羨ましいさを感じたのかムスッとしながら真希に向かって愚痴をこぼす。
「ずるいな。就職先決まって羨ましいよ。私も受けたいな〜」
真希は顔の前で手を左右に振り
「無理無理。璻には私と同じゲノムないでしょ。無理だよ。環境科はもう定員オーバーだし、それに行政から指定されたゲノム検査適合職種の結果の中で選べるんだから。偽ったら思想チェック対象になる事くらい知ってるよね?」
璻は思わずハッとした。
そうだった。
職種に適合したゲノムを持ってなければ真希と同じ職種にはつけない。
璻はため息をつくと
「わかってる。思想チェック対象になったらベーシックインカムのもらえる額も下がる…はぁっ…そんなことしないよ」
自分の腰に手を当てた真希は璻に向かってちょっと偉そうに自慢をする
「良いだろ!このゲノムは私の先祖からのギフトなんだから。」
璻は拗ねながら真希に嫌味たらしく言葉を放つ
「ギフトね…真希はいいよね。でもさ行政から来た結果で自分のゲノムと適合する職種しか選べばないのも難点だよね。もっと前の2025年以前だったら自由に職業を選べたかも…」
璻のまさかの返答に真希はびっくりするとその場で思わず笑ってしまった。
「いやいや、璻。あの時代はゲノム検査適合職種もない、能力も適してるかわからない仕事やるんだよ。みんな生活のために仕事してる時代じゃん。それよりはゲノム検査が発展してる今が1番効率いいでしょ。職業や会社選ぶ時間もったいなくね?今の方が行政のコンシェルジュやゲノム検査も優秀でアタシらさえ判断を間違えなければ人生に問題はないよ」
真希の正論に璻も頷くと諦めた表情で璻は真希に返答をした。
「まぁっ…それもそうだよね…」
真希はなぜかルンルンと目を光らせながら違う話を始めた。
「これからご飯たべいこ。何日もレポート書いててあんまり食べてないでしょ?その後はコスメみたいんだよね〜」
璻は驚いた表情をした。
卒論を慌ただしく書いていてかれこれここの1週間食事は液体ばかり。
固形物を一切身体に入れていない。
なぜ真希が璻のがあまりご飯を食べていないがわかったのか?
疑問に思った璻は真希に問いかけた。
「なんであんまご飯食べてないってわかるのさ?」
真希は璻に顔を近づける。
璻は少しドキッとすると真希は
「璻の顔の血流と血管の流れが遅いからね」
璻は真希を見て少し呆れた。
…真希、コンシェルジュを使って私の身体を体内スキャンしたな…
体内スキャンは基本コンシェルジュに含まれている精霊能力というものだ。
精霊能力が何を指しているのか璻もよくわかっていない
特に罰則はないが持ち主以外の身体にはあまり使用してはいけないというルールがこの世界にはある。
しかしなぜかいつも真希は璻の健康を気にかけていた。
璻はふと自分の腕についている調子が悪いコンシェルジュを見つめる
…私のが調子悪いからって…
璻は呆れながら真希に問いただした。
「はぁっ…いつの間に体内スキャンしたのよ?もういいよ。ご飯は消化のいい物でね。おしゃれな高級レストランとか嫌だよ。」
真希はニヤニヤしながら璻の隣に行くと璻の手を引っ張り歩き始める。
「わかってるって。璻早く行こうっ!」
真希と璻は足早に大学から出た。
…そういや、その後なぜか結局チゲ鍋食べたっけ…
消化のいい食べ物を期待していたのになぜかチゲ鍋に行かされて
めちゃんこ辛くて涙が出たのを今でも鮮明に覚えてる。
あの後本当に真希は日本支部の環境科に働いた。
環境科の仕事は汚染や環境などについて具体的な対策を掲げて、水や森や海を汚さず調和できる仕組みを作る業務。大学から数人しか通らない部署なのに真希はすぐ内定した。
……真希は本当に出来るヤツだなと関心したっけ……
チゲ鍋を食べた2日後に璻にもゲノム検査適合職種診断通知と最終就職選択の案内が行政から通知が来た。
行政に行くと行政専用のコンシェルジュが迎え対応してくれていた。
行政専用のコンシェルジュは役所関係の業務を人間の代わりにやってくれる
就職する際は必ず行政に立ち寄らなければならない。
不正に就職されたら世界政府が管理ができなくなるためだろう
なぜかそんなルールがいつの間にか出来上がっていた。
行政はゲノム検査適合職種診断を踏まえた上で自分に合った最適な職種や仕事を選んでくれる。
璻は行政のソファに腰掛けると行政から来た通知を見ていた
行政のコンシェルジュは璻に2つの職種を進めてくれた。職種は2つあった場合どちらでも選択できるが基本はゲノム検査の適合率が高く通知の1番上に書かれている職種を選ぶのが普通だが…
なぜか璻は2番目に高い民間企業に決め行政に就職書類を出していた。
書類提出をして就職を決定する前に行政のコンシェルジュは何度も連絡をくれた。
「選択確認のため一度行政にお越しください」
通知にはそう書かれてあった。
普通の人がしないことに驚き、行政も何かの間違いじゃないのかと思ったんだろうか。
璻はため息をつきながら行政のコンシェルジュを待った。
…私行政に呼び出されることなんてほぼないのになんで…
行政のコンシェルジュは急に璻の目の前に現れると璻はびっくりする様子もなくただ行政のコンシェルジュを見つめていた。行政のコンシェルジュは璻に向かって話しかける。
「大変お待たせいたしました。こちらの選択ですが、本当に2番目の職種で内定されますが問題ありませんか?」
またかと思った璻は行政のコンシェルジュを問いただす
「もう一回聞くけど、水流士って何???」
行政のコンシェルジュは璻を見ながら非常に申し訳なさそうな様子で
「大変申し訳ありません。こちらの職業に関して一切こちらからはお答えはできかねます」
璻はため息をつきながら答える
「はあっ...なんで職種しか見せてくれないのかわからないですけど。そんな説明もない仕事につけないです。もう2番目の職種でいいから。そ・れ・でっ‼︎」
行政のコンシェルジュは真剣にな面持ちで璻に詰め寄る
「アナタのゲノムと適合する職種は90%になり適合率が1番高く才能を効率よく引き出せます」
璻はしつこい行政にイライラした。
「もぉぉぉ〜〜1番目はなんの職種か聞いた事ないの!検索しても出てこないし日本支部でもない。アンタらコンシェルジュは一切説明もしてくれない、民間企業登録もない"水流士"ってなんなの!説明欄開いても予防医療の知識や水分子の知識って書いてあるけど、予防医療は東洋医療の一般的な事しかわからないっ‼︎この分野は私専門じゃない。無理なことはやりません‼︎」
行政のコンシェルジュはシュンとして落ち込む素振りを見せると
「そうですか……承知しました。では2番目の民間企業に連絡します。」
行政のコンシェルジュはすぐ消えていなくなってくれた。
璻はようやくいなくなってホッとした
……これでようやく仕事決まってやっと社会に貢献できる……
そこを選んだ時点で選択ミスだったと後から後悔した。
丸2年経過した2050年。
私は追われていた仕事に。
水分子の仕事と聞いていたのに何故かすぐ営業に飛ばされた。
ここの会社は飲み会は参加強制、ノルマの売り上げ絶対達成、意見を言えば年長者の意見だから逆らうなだと?
璻は体育会系の自社についていけず入って数ヶ月ですでにやる気を失った。
ただ毎月の売り上げノルマに関して結果を出していたから褒めて欲しいものだ。
毎日の仕事がストレスとなり休日には大学時代の鳶那真希とランチやショッピングをする事がほぼ毎週あった。
ある休日の日、真希をいつものように誘いランチに出かけた。
レストランに入り席に着くと璻の顔をまじまじと見つめ心配そうに真希は声をかける
「璻の会社ひと昔前のブラック企業って言われてたやつやん。そんなストレスマックスなら辞めればいいよ。」
璻はテーブルに肘をつくと疲れた表情で真希を見た。
「初めて働いた会社なのに今辞めるってなんかなぁ…」
そんなことをぼやく璻に真希は違和感を感じたがすぐ店の営業ロボットが来て注文をする。
璻はとりあえず営業ロボットに声をかけた。
「あ〜レモンスカッシュを2つで」
璻はいつも真希が好んで飲んでいたので気を使って真希の分まで頼んだ。
その態度に真希は明らかに大学にいた時と何かが違う事に気づく。
璻の目にはクマがあり少しやつれていた。
真希は璻に心配そうに声をかける
「はぁっ…だから早く今の会社辞めた方がいいのにって言ってるじゃんっ‼︎精神やんじゃって健康じゃなくなるとベーシックインカムの金額も下がるよ」
璻は眉間にシワを寄せながら「わかってる……」と元気がない声で呟く。
2050年では健康が第一
なぜなら、あらゆる物が高額になってしまい住むのにもやっと食べるのもやっとになった。
基本的に食事は1食か2食で日々暮らしている人がほとんどだ
2025年以降に亡くなる人も多く人口は減り続けている。
これをあまりに問題だと思った世界政府は全ての人を対象に
健康な状態の身体に毎月最高で20万円のお金をベーシックインカムとして
月々支払われる事になった。
ただし、毎週の血液チェックと人間の身体の周りに存在する
パーソナルスペースエネルギーと言われる人間の波動エネルギーを測る事が条件になる。
もらう金額は月額ごとに違う。
身体の状態が悪ければ最低10万円から
身体の状態が健康であれば最高20万円までもらえる。
ベーシックインカムの額をいかに増やせるかがこの15年間ブームになっている。
健康で日々いるために人々は予防医療と言われる。
カウンセリング、整体、鍼灸、漢方、音波治療、食事療法など
日々ストレスなく健康にいられる治療法が流行っている。
なぜこのベーシックインカムのシステムを入れたのかわからないが、コンシェルジュや科学技術を使い日々楽しく健康に暮らす人がほとんどだ。
真希の右腕にもコンシェルジュがついており、健康にも意識が高い。
璻はというとコンシェルジュは持っていたがなぜか不具合が続き、
修理に出してもなぜか動かない事がいつもあった。
そのことにも璻は怒りを通り越してもはや呆れていた。
…どのコンシェルジュも不具合が多くまともに使えないってどういうことなんだ…
真希はその事情も知っていたためよく璻の体内を見てあげてた。
そんな話もしながら、仕事の話を極力避けいつも大学時代の頃の話が盛り上がりっていた。
レストランの配膳ロボットが会話に割って入り申し訳なさそうしながらレモンスカッシュをテーブルに置いた
「ご注文のレモンスカッシュ2つです」
2人はタイミングよく声が重なりお礼を言う
「ありがとうございます」
息が合ってしまいなぜか璻と真希はその場で爆笑した。
璻は真希が羨ましかった。
毎回会うたび真希の仕事の話はとても楽しそうでキラキラしていた。
それに比べて私はと考えると非常に憂鬱になる。
その後お昼を食べ買い物しあっという間に時間は過ぎ夕方になっていた。
帰り道に夕焼けを見ながら真希と璻は歩く
璻は真希に向かって決心を決めた。
「次の仕事探してみる所から始めるわ。会社依存から抜ける!自立するよ」
真希はニヤっとしながら
「やっと決意したか。遅いぞ。」
璻はちょっと拗ねながら真希に言い返す。
「決意したからまだマシだと思うんだけどな」
真希は思いっきり拳を天に突き上げると
「ふぅ〜新しい仕事の始まりじゃぁぁぁ〜っ!!」
声高々に宣言すると真希は急に走り始めた。
璻は思わず周りを見渡すと誰もいないことに安堵した
「やめてよ。周りの人が見てたら恥ずかしいでしょ」
真希に駆け寄ると璻は真希の拳を無理やり下げさせた。
心の中で璻は決意をする。
…未来を変えるために今の自分を変えるんだっ!…
夕焼けを見ながら決意表明をしたこの日を璻は絶対に忘れない。
次の日、意気揚々と会社に出勤した。
今日業務が終わったら次の就職先を探すため早く帰宅しようと思い気合いが入ってたからだ。
するとなぜか上司と課長からメールが来ていた。
メールを見ると退職書にサインしてほしいという内容だった。
璻は理解が追いつかずにただ唖然とした。
午前中はほぼ仕事に身が入らなかった。
そしてなぜか14時に係長の上司と課長から退職について説明するから会議室に来るようにと連絡が入った。
璻の心臓の音がせわしなくザワザワする。
…正直行きたくはないんですけど…
素直に14時に指定された会議室に向かうと指定された会議室の前で立ち止まる。
部屋には2人いるようだった
璻はドアの前で立ち止まるとなにを言われるのか非常に不安だった。
意を決してドアをノックする。
トントントンっ
「失礼します。」
上司と課長は立ち上がると眉間にシワをよせながら双子かと思うくらいまんまるな体型
上司が手招きをする璻に向かって口を開く
「こちらに座って話をしましょう」
非常に険しい表情でこっちを見ながら椅子に座るように誘導される。
上司と課長は椅子に一旦座ると璻も会議室の椅子に着席をする
上司も課長も肥満気味で座っている椅子がピキピキと音を立てていた
今にも傾き折れそうになるのを必死に支えている
璻はその椅子を見て思わずこう感じた。
…まるでこの会社みたいだ…
真剣な面持ちでゆっくり口を開く上司
「実は龍後くん動揺しないで聞いて欲しい。営業ノルマを達成できず1ヶ月経ってしまったけど。ウチの部署から退職者を出すことになってね。是非君にお願いできないかと……課長と相談して君なら快く受けてくれるのではないかとお願いを」
…はあっ???…
璻は一瞬何言ってるのか理解ができなかった。
少し声が震え始め上司たちに反論する。
「仰ってる意味がわかりません。都合が良すぎませんか?1ヶ月結果出さなかったから退職ですか?私は1年やってきました。他に2ヶ月以上も結果ださない方もいらっしゃいますよね?」
段々と璻の頭に血が昇ってきて、今にも煮えたぎりそうになっていた。
課長はゆっくり口を開いて
「龍後くん君は若いからすぐに就職できると思います。でも他の方々は家族がいたり、子供さんが小さかったり、本人のベーシックインカムの額が少なくうちで働かなきゃ行けない人だったり、借金抱えてる可哀想な人間しかいないんです。会社都合で退職すれば少しお金出ますし、普通の人より君はベーシックインカムもらえてるじゃない?働かなくてもいいでしょ」
璻は今にも殴りかかりそうな感情を押さえて冷静に言い返す
「ベーシックインカムの額が少ないのは本人の健康管理能力が乏しいかであって重要な仕事は基本何もやってないですよね?大体食べ物や不健康な事に依存しすぎです。反省して今から改めればいい話じゃないですか?1ミリも早期退職の理由になってないですよ」
上司の顔は真っ赤になっていた。
課長も負けじと言い返す。
「君のそういう事実しか言わないところがみんなの輪を乱すんだよっ‼︎平成からあるこの会社は社員は意見を言わない言われた指示に改善点を言わない、黙って働く。君みたいな無能な人間は即解雇だ。だいたい君がいると調和が...」
それを聞いた璻は呆れた表情をした。
...いやそれ調和ではないから、ただの奴隷だと思ってるんでしょ社員のこと...
それ以上の課長が言った会話は璻の耳に入らず言葉がボトボト落ちていくように聞こえた
璻はテーブルを蹴り飛ばして出ていくか。
黙って出ていくかのイメージの2つが出てきたが、色々考えてやめた。
思想チェックに引っかかったりしたらベーシックインカムが減らされて非常に面倒だ。
璻は心の中で揺るがない決意をする
……もうぉぉ〜こんな会社二度と就職しないからっ!……
璻はその場で大きく深呼吸をして冷静に答える。
今どんなに反論しても争いしか生まれない。時間の無駄なのはよくわかった
「わかりました。今日中に退職届を会社に提出して行政のコンシェルジュに連絡します。」と言い放った。
課長は嬉しそうな顔をした。
上司は嫌味のようにお礼を言い放った
「君が退職してくれて本当に助かるよ。ありがとう」
璻はイラっとして席をささっと立つ
「用件は以上ですね。失礼します」
軽く一礼しすぐに会議室を出ていった。
引き継ぎする時間はなかった。というかそんな心の余裕1ミリもなかった
人事が退職に関して面談をしたいと言ってきたがそれも丁重にお断りをした。
退職して何か問題を起こされたくないこれもこの会社の手口なのはよくわかってる。
…面談しても結果変わらないし時間の無駄だ…
自分の専属コンシェルジュを起動し映像で来た内容を確認し退職手続きの書類にサインして提出してもらった。
璻は早く会社を去りたかった。
挨拶はお世話になった方だけに自分から挨拶をした。
机の私物を片付け始めた。
私物を雑多にカバンに入れると急いで上司の席に向かい退職届を手渡して提出した。
受け取った上司はなぜか嬉しそうにしながら
「退職おめでとう!君の能力が次の場所でも活かせますように祈ってます」と言い放った。
周りの同僚の人たちを見るとその言葉にガン無視でみんな目を合わさずに働いている。
まるで会社に逆らったら璻のようになるかもしれない恐怖に怯えながら静かに聞き耳を立てていた。
璻の頭の中でブチっとキレる音がした。
…他の人がまだ働いているのに。みんなに聞こえる声で言うデリカシーのカケラのない上司だったな。コイツ…
上司に向かって璻は思いっきり頭を下げた。
「一生その会社で骨を埋めてください。1年間お世話になりました。」
そう言い放つと足早に会社を出た。
会社が見えなくなるまで久しぶりに全力で走った。
やっと嫌だった会社が見えなくなりホッとする。
流石に足が疲れたのか璻はトボトボと足を引きずりながら自宅の方向に向かった。
…いくら全力で走っても今体験した嫌なことは消えない…
そう思うと急に虚しさが襲ってくる。
うるうると目から涙が溢れてきそうになっていた。
璻は歩きながら独り言を呟く。
「でもこの仕事辞めたかったからそれでよかったかもしれないけど、このやり方は堪えるよ。うっ……」
啜り泣きをしながら、自宅の近くの公園まで歩いていた。
ふと公園を見るとなぜかベンチに男性と女性が座っていた。
男性の方が少し目立って見えた。
鼻が高くシャープな印象で目は二重、遠くから見ても健康的で品がありそうな見た目に珍しい黒い白衣、襟には和柄の重ね竜胆が描かれていた。指にはおしゃれなネイルも見える。
逆に男性の隣にいる女性はあまり主張ぜず暗めの女性に見える。
神妙な面持ちで女性が何かを言い放って男性に激怒した。
璻は1ミリも関わりたくないのでサッと通りすぎようとする。
…いやこんな時に男女の喧嘩みるとかツイてないな…
次の瞬間バチンっ!!と肌を叩く音がした。
その音に反応したのか璻は思わず男女を見てしまった。
女性が男性の頬を強く2回叩いていた。
男性の頬は真っ赤に腫れ上がっていた。
口も切れ出血をしていた。
女性は男性に対して強い口調で言葉を放つ
「誰にでも優しいクズなんて知らなかった。私の友達から誘われて断れないからって誰にでも手出すって最低だから。2度と連絡してこないで」
と言い放つと走って女性は璻がいる公園の出口まで駆けた。
女性が璻の横を通るとストンっと何かが落ちる音がした。
女性は落としたことを気にせずに走り去ってしまった。
その光景に璻は唖然としていた。
あまりにもドラマ的な展開を見てしまったのでさっきまでの悲壮感が嘘のようになくなってしまった。
男性を見ると絶望し佇んでいた。
ハッとこちらに気がつくと男性が璻の足元を見た。
男性は女性が落としたものに気づいて璻に駆け寄る。
璻の足元には木製で出来た組子細工の小さめのコースターのような物が地面に落ちてあった。
璻はその場でしゃがむと組子細工を拾い立ち上がった。
…これ日本の伝統工芸だったよね?なんでここに…
男性が璻の近くまで駆け寄ると璻は拾ってしまった組子細工を見ながら男性に向かって話しかける。
「あのっ…これお連れの方のものですか?さっきの女性が落としていきましたけど」
男性は少し恥ずかしそうに璻を見て答える
「拾って頂きありがとうございます。お恥ずかしい所を見られてしまいすみません。」
璻は組子細工を男性に手渡すと気にしてない様子を装う
「いえ大丈夫です。ビンタした所しか見てませんから。」
……あっ…やばい。余計な事を言ってしまった。……
璻の発言で男性の顔は一瞬で不機嫌になった。
「本当の事はどうせわかってもらえないですよね」と少し小さな声で男性は呟く。
璻はちょっとイラッとして男性に反論する
「話合おうとする努力をされましたか?現状に不満をいうのは簡単です。関係を続けたいなら諦めずに行動し話し合うべきです。自分に嘘をついて捻くれても体内の水はあなたを通して全て記憶してますから。偽りなく本当のあなたで向き合ったらきっと誤解だと思うはずですよ」
璻は笑顔で言うと咄嗟にさっきあった会社の出来事を瞬時に思い出す。
……いやーむしろさっきの退職の件で捻くれてた私が言っても説得力は薄いけど……
でもきっとこの男性には伝わる気がすると安易に考えていた。
男性は驚いた表情で璻を見ると目を丸くした
「体内の水ですか……水は記憶するのですか?」
璻は自信をもって男性に答える
「水は温度や場所によってあらゆる形に適材適所で形を変える事がわかっています。なのであなたが心から本当の言葉で相手に意志を伝えると水分子はそれに応えて反応し相手に絶対伝わりますからっ!」
一般人に熱く語った言った手前、璻は我に返る
…何を言ってるんだああ。恥ずかしい…知らない人にお説教みたいに色々言いすぎた…
璻は慌てながらその男性との話を切ろうとした。
「あっ!ちょっとこれから用事があるんだった。私これで帰りますね。失礼します」
急に知らない人に正論で殴りかかったなんて失礼にも程があるだろうと後悔しながら璻は顔を赤くしダッシュでその場から立ち去る。
男性はあわあわしながら一礼し璻に向かってお礼を言った
「あのっ…ありがとうございました。」
璻は走る事に夢中で男性のお礼も聞かず自宅のマンションの前に着くと
ゼェっ…ゼェっ…ゼェっ…言いながらその場にしゃがみ込んでしまった。
……今日は色々やってしまった。けど今日の私の行動は今あるベストを尽くした……
とりあえず璻は自宅に帰る決意をするとゆっくりと立ち上がり重い足を引きずりようやく自宅へ入る。
その日は化粧も落とさず泥のように眠った。
化粧くらい落とせばよかったと次の日後悔した。
…ほんと最悪…
これを思い返すたびに捻くれ立ち直れずに引きこもって2ヶ月が経つ
…そうだ。これが退職劇場第1幕目、無職のはじまりだったな……
鉄瓶がゴトゴトと音が鳴る。お湯が沸いていることにやっと気がついた璻
コンシェルジュが慌てながら
「璻、お湯沸いてますよ」と言う
璻はコンシェルジュに対して誤った。
「ごめん。ぼぉーとしてたね。退職した日を思い出してたわ」
キッチンに立った璻はマグカップに入ったインスタントコーヒーにお湯を入れると大きくため息をつく。
「正論を言ってもその人の正論に当てはまらないよね。余計な事だったかもしれないけど、きっと二度と会う事ないからまぁ〜いっか!」
熱いコーヒーをゆっくり飲むとなぜだかいつもより苦く感じたので
冷蔵庫から牛乳を取り出してマグカップに注ぐ。
カフェオレを飲んでやる気が出た璻は思わず決意をつぶやいた。
「そろそろ引きこもってないで今日は行政のコンシェルジュに仕事探してもらって転職しますか。とりあえず家から出るところから始めよう」
なぜか未来は明るいと感じ意気揚々に片付けを終えると行政に行く支度を始める
再度コンシェルジュを起動し
「行政に連絡して予約してくれる?仕事探しをしたいって」
コンシェルジュは快く応えた。
「承知しました。予約できました。この後行政まで案内します」
璻はバックを持ち玄関に向かうとゆっくり靴を履きながら部屋に向かって
「行ってきます」と玄関のドアを開けた。
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【登場人物紹介】
・主人公:龍後璻 (26歳)
・誕生日:11月26日のいて座
・活発で気になったらなんでも調べポジティブに物事を考える。
この本作の主人公は活発で明るく芯が強い女性にしています。
・コンシェルジュ
この時代では一人一人コンシェルジュ(執事)がつく。
体内スキャンに使われている精霊能力はいまだなんなのかわかっていないが血液に含まれる微小生命体というものを指していると密かに噂になっている。
※ちなみに行政ではコンシェルジュをいくつも設置しており、受付をする人間はこの時代にはいない。
人間がいなくても全て成り立つ社会を想定して小説を書いています。
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