第15話:人は過去を癒すと幸福感が増す
「ではカウンセリングは以上になります」
藤宮はカウンセリングの内容を確認する。
いつもとは違うクリスタルをポケットから取り出しテーブルの上に置いた。
議事録を記録する機能がついた3D映像を使いカウンセリングの内容を記録する優れ物だ。
そんな物があるなら狭山さんの時も使えばよかったのにと思う璻だがメンテナンスに出していてやっと今朝届いとか……だから朝あんなにバタバタしてたらしい。
藤宮はカウンセリングの内容を見落としていないか確認し終わる。
「渦見さんカウンセリングいただきありがとうございました。ではこれから施術台で体内の水を見てみましょう。」
渦見は藤宮が何を言っているのかわかっておらず、ため息混じりの返答を返した。
「はぁ…」
あまりこの施術についてよくわかっていない様子に見えた藤宮は少し考える。
…こりゃ、渦見さんと俺で話した方が早いな…
藤宮は何かに閃いたように片手をグーにして、もう片方の手のひらにポンと叩いた。
すると璻に話しかける。
「璻さん少しお願いしてもいいでしょうか?テーブルのハーブティーを片付けてから奥の部屋に入り組子細工を取ってきてください」
璻は頷くと返事をする。
「はい。承知しました。」
璻はテーブルにあった飲み終えたカップをトレーに乗せキッチンまで向かった。
片付け終わったのを見るとドアを開けて奥の部屋に入った。
璻が向かったのを確認した藤宮は施術同意書を渦見に見せる事にした。
クリスタルを触り、3D映像で同意書を出すと渦見に内容を確認させる。
「とりあえず、こちらに来る前に送ってもらった同意書を再度読んで頂いてよろしいでしょうか?」
渦見は藤宮から同意書を受け取り目を通すすると渦見の表情が険しくなり始めた。渦見が受け取った書類にはこう書かれていた。
「甲の過去の記憶が現時点の人生または生命において支障を来たす場合、乙は記憶に紐づく感情を変える事を了承する」
渦見は思わず該当箇所を藤宮に見せると睨みつけた。
「これっ…なんすか……藤宮さん!!」
藤宮は渦見の態度に納得した。
やはり、適当に同意書にサインしてここに来たんだろというのが渦見の発言からひしひしと感じられる。
ここにいるという事は相当の覚悟を持って自分自身を変えに来ている人が多い。
意識してなくてもわざわざ水流士の元へやってくる。
この場所はそういう場所になっている。
…渦見さん本人が気づかないと施術は意味がないだとしたら…
藤宮は渦見に冷たい言い方で返答をする
「見たらわかりますでしょ?だから同意書ですよ。施術の」
渦見はすかさず藤宮に噛み付くような言い方で反論する
「これは…脳内器具と同じやり方じゃないっすか!!!」
藤宮は分かりやすく渦見に説明する
「いや、脳内器具を使って毎回電磁波で脳を強制するか?無意識に気づいて自力で立ち上がるか?の違いです。我々はあくまで変えるきっかけを作るだけですよ」
渦見は思わずその場から立ち上がると藤宮の座っている場所まで歩き胸ぐらを掴み掛る
「アンタらそれがどれだけの事か知ってるのかよ!」
掴み掛る手に段々と力が入り着ている服の襟に首を絞め酸素が薄くなる
……くっ苦しい……
藤宮は渦見の掴み掛っている手を掴むと冷静に渦見に話しかけた。
「いっ…一旦俺を離してもらえます?あと俺の話を聞いてください」
渦見はハッと我に返った。
藤宮を離すと申し訳なさそうに深々と頭を下げる。
「いきなり掴み掛って申し訳ありませんでした」
売れている声優が人につかみかかるなんて世間に知られたら思想チェックはもちろん。
世間の評判も下がる。
藤宮は軽く咳き込むと黒い白衣に出来たシワを伸ばし渦見を見つめる
「大丈夫です。気にしてませんよ。それより話を聞く気になって頂けてよかったです。」
渦見は拗ねながら小賢しいひと言を放つ
「聞くとは1ミリも言ってないっす」
藤宮は瞼をピクピクさせながら30歳の男性とは思えない態度に呆れた。
「では今から聞いてください」
「はぁ……」
藤宮は渦見に真剣な表情で語りかける。
「渦見さんは非常に変わる事を恐れていますね。自分にはネガティブな感情は湧かないと思い上がってませんか?」
渦見はそれを聞いた途端、顔色が変わる。
藤宮は渦見の表情を見ながらその推測は確信に変わったと感じた。
淡々と話を進める。
「我々はそんな思い違いをしている過去の感情を変えて渦見さん自身のこれから人生を亡くなる最後の瞬間まで楽しく充実した人生にしてもらいたいために今ここにいます」
渦見は藤宮の言ったことが信じられなかった。馬鹿馬鹿しいそんなことが本当にできるかと言わんばかりな表情を藤宮に見せた。
「ありえない話っすね。過去の感情って記憶もなくなるんすか?なんでそれと今が関係してるんすか」
藤宮は至って真剣に応える。
「過去の記憶はなくなりません。感情が変わるだけです。今の渦見さんは過去の傷ついてる感情に自分自身で気がつかず、無意識に過去をベースに人生の選択をやってきた結果が今ですよ。特に渦見さんはネグレクトで育てきたから尚更、貴方の傷は深いです。」
渦見はそれがなぜか面白く感じその言葉を聞いて思わず笑ってしまった。
「傷ついている?俺が?はははっ〜冗談でしょう?証拠あるんですか?傷ついている証拠を目に見える形で見せてくださいよ。こんなくだらないことで笑わせないでください。普通に生活出来ていて暮らせていますし仕事もある満足しています。地位も名誉もあって金もある女もいる。普通の……一般人から見たら俺はさぞ幸せそうに見えるでしょう?」
それを話してる渦見はなぜか少し悲しそうに見えた。
自分では背負いきれない責任を背中全面に背負ってどこに行っても逃げれない。
そんな恐怖が常に付き纏っている
藤宮はそんなふうに渦見が見えた。
…この人は自分自身に悲しい、辛い、落ち込む、怒ることも感じられずただ目の前だけ見てきた人生なんですね。人気だけに取り憑いてお金儲けに必死になり自分の気持ちをどこかに置いてきたんだ…
「それは普通の一般の人から見たら貴方は幸せに見えるでしょね。あくまで一般的な基準に見たらの話です。そうではなく、貴方から見た貴方は今幸福に感じますか?」
渦見は藤宮に顔を背けると奥歯に力が入った
藤宮の言葉がグサっと心に刺さった。
小声になりながらボソボソとおぼつくように話す
「今俺が幸福じゃないと言ったら…俺は……」
渦見は頭を手で抱えた。
藤宮の言葉を思い出し心の中で過去を振り返っていた。
…確かに毎日収録に行くたびに不安を抱え、ライブに出るたびに緊張で震えが止まらない。ライブが終わると脱力感で立てなくなりSNSの反応を見るたびに悔やみ落ち込むことが最近多くなった。芸能の仕事は先の先までスケジュールが埋まり休むことがわからずまた収録に追われるこの繰り返し、これで俺は本当に幸福なのか……
何かが吹っ切れたように渦見は藤宮を見てフッと笑い問いかける。
「ちなみに過去の感情に気づいたら何が変わるんすか?」
藤宮は落ち着きながらゆっくりと話す
「過去をベースに人生の選択をしないので気楽に生きれますね。あとは自分とプラスになる人と出会えたりします。ただ施術を受けて自分と向き合う事を習慣し続けた場合のみです。途中でやめたら元に戻ります。」
渦見は今まで選択してきたことは全て過去をベースにしてきたと藤宮が言ったことに対して怒りが込み上げてきた。
声を荒げながら藤宮に対して反論をする。
「俺が過去をベースに今を選択している証拠はどこにあるんですか!」
そんな渦見に対し藤宮は冷静に話す
「まだ施術前ですし記憶を見てないから断定は出来ませんが、今の職業を選択したのはご両親の影響ですよね。ご両親のどちらかが声優さんが好きだったんじゃないですか?その時点で過去をベースに人生を選択していますよね?」
渦見は言われた言葉に衝撃を受ける
記憶を遡ると確かに渦見が芸能界に入る前母はテレビにしがみつきながらアニメを見ていた事が多かった。
…確かに俺の母はアニメや声優が好きだった……
藤宮は真剣に渦見を見る
「渦見さんは自分にちゃんと向き合えますか?自分の過去を真正面から目を逸らす見れますか?自分を変えますか?」
渦見は少し震えながら藤宮を見つめる
「俺、今の自分を全て変えるのは嫌です」
藤宮は少し落ち込みその場から去ろうとした。
「そうですか……では今日はこれで終わりに…」
渦見は目を強く瞑ると手をグーに握った
「でもっ……今の自分のまま生き続けたら確実に俺は脳内器具を入れるか安楽死を選択するか、一番最悪なのが身体が亡くなり脳だけ取り出され仮想空間の中で100年以上生きるかのどれかだ。どの選択も俺にとっちゃ生き地獄ですっ…」
渦見は藤宮を見る
「なら、今施術を受けて寿命を終えるその瞬間まで幸福に生きた方が俺らしい人生を歩めるんすよね?藤宮さん」
渦見の目は真剣に藤宮を見ていた。
来た当初は少しは覇気がなかったが今の覚悟が座った目に藤宮は少し安心した。
藤宮は渦見の覚悟に対して軽く一礼をした。
「はい。渦見さんがそれを選択されたなら我々はその選択に対して全力でご尽力いたします」
渦見はまっすぐ藤宮を見つめる。
藤宮は渦見に笑顔を向けながら話しかける
「では施術を始めましょうか」
「はい。お願いします」
藤宮は渦見を背術台まで案内する。
「俺についてきてもらえますか?」
藤宮は立ち上がると施術台に渦見を案内した。
「ではその施術台で少し横になっていてください。5分ほど休憩しましょう」
「寝てればいいんすよね」
「はい。俺がすぐ戻ってくるのでそしたら施術を開始しましょう」
渦見は施術台に横たわるとゆっくりと呼吸をした。
なぜか息が深く吸えることに気がついた。
ゆっくり目を瞑ると深く深呼吸を繰り返した。
渦見が横たわるのを確認するとすぐに藤宮はキッチンの奥にある部屋のドアに向かった。
なぜか隙間が空いていた。
藤宮が隙間から顔を覗き込む
「わぁぁぁぁっ…」
ドンっ‼︎
璻は驚いて床に尻餅をついた
「いったぁっ…」
藤宮がゆっくりとドアを開ける
「璻さん?何してるんですか…というか怪我ないですか?」
璻は腰を触りながらオドオドし始めた。
「いや…はい…大丈夫です。いやぁ〜えーっと…」
璻は少し慌てるそぶりを見せるが隠してもバレることを悟ると急に頭を下げた。
「すみません。なんか大声がしたので。ドアの隙間から藤宮さんと渦見さんの口論をそっと見守っていました」
藤宮は少し呆れながら璻を見る
「だから遅かったんですね」
璻は藤宮に対し言い訳をする。
「はい。あれじゃ出ていくタイミングがないです…胸ぐら掴まれた時は通報しなきゃとか焦ったんですけどそんな心配いらなかったからよかったです」
藤宮は通報されたことを考えたら肝が冷える。人気声優が暴力沙汰か?なんて号外になるのは目に見えていた。そんなことが広まったらすぐ渦見は干されるだろう。藤宮はため息を出して璻に静かに注意をする。
「はあっ…通報されたら大変だからやめてくださいね。先に相談してください。」
璻はシュンと落ち込むと「はい」と返事をした。
「あの藤宮さん、言われていた組子細工ありましたよ竜胆の」
璻は握っていた手のひらを藤宮に見せる。
手のひらを開けると竜胆の組子細工がそこにはあった。
「ありがとうございます。ではこれから施術に入るので前回と同じように璻さんの襟を触りますね」
「はい」
藤宮は璻が着ている黒い白衣の襟を右手で触れると左手で指パッチンをした
藤宮はボソッと言葉を放つ
「竜胆来たる」
璻の襟に重ね竜胆が浮かび上がった。
藤宮が璻の襟を離すと璻に向かって話しかける
「もし俺がピンチの時は助けてくれますか?」
藤宮がなぜか少し弱気になっている璻は藤宮を見ながら不思議そうな表情をした
「何弱気になってるのか知りませんが、助けますから心配しないでください」
璻の表情は淡々としていた。
そんな璻の言葉が心強かったのか藤宮はホッとすると璻に向かって笑いながら話す。
「さっき聞き耳立てた人が何言ってるんですか。全く。でもその言葉を聞いて安心しました。頼もしい部下でよかったです」
璻は少し調子に乗りながら藤宮に話しかける
「はい。雇って後悔ないくらいに仕事ができるいい女だと思いますけど」
藤宮が鼻でフッと笑う。
…この調子の良さはどこからくるのか…
藤宮の心はなぜか少し暖かく軽くなるのを感じる。
「調子がいいですね本当」
璻は真剣にまっすぐと藤宮を見つめる
「褒めていただき光栄です。では今日の分の仕事をしっかりしましょう」
「そうですね」
2人ともドアに向かった歩き始める
藤宮がドアを開けると璻も続けて部屋から出る。
渦見の施術台に2人は静かに向かった。
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・無意識に過去をベースに人生の選択をやってきた
人は大体できなかった過去ややれなかった過去をベースに未来を選択する人が多いです。それは根本に後悔があるから、大概はこれやったら楽しそうだなで選択する人が多いですが過去に囚われているとそこに執着が生まれ固執し始めます。これは大概過去の心の傷が関わっていることが多いです。
・脳内器具を入れるか安楽死を選択するか、一番最悪なのが身体が亡くなり脳だけ取り出され仮想空間の中で100年以上生きるか
2025年以降に死ぬ権利が認められ安楽死が認められています。大半の人間は脳内器具を入れ電磁波でネガティブ感情を抑えながら生きることになりますが仮想空間でのゲームやコミュニティが好きな方々は身体を亡くなった状態にさせ脳だけ取り出して長くゲームや仮想空間に居続けることができます。その場合は100年以上生きることができる技術が2040年以降に開発され話題になります。
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