恋愛主義なんぞクソくらえ(後編)
この短編小説は、後編です。前編も見てくれると嬉しいです。
時刻も17時を回った頃、僕の家の最寄り駅に僕たちは来ていた。今から7時間ぐらい前、訳あって恋人ごっこの関係となった未亜から「誰にも見られずに泳ぎの練習をしたい」という常識人から聞けば「無理難題」と捉えられてしまうようなお願いをされた。だけど、たまたま夜でも泳げる海水浴場、石牧海水浴場の存在を知っていて、さらに誰も知らない「穴場」を知っていたおかげで、未亜はほぼ自分の要望通りのことが叶って、そしてこれから石牧海水浴場に向かうところだ。
「私、海水浴場自体久しぶりに行くかも」
「あ、そうなんだ。てか確認したいんだけど、親御さんに許可もらった?」
「うん。『彼氏が海に連れてってくれる』って言ったらパパとママ、ギャン泣きしてたし」
「なぜギャン泣きしてた?」
「パパは『ついに未亜に彼氏が・・・。パパは嬉しさと悲しさで涙が止まらないよお!』って言ってて。ママは『おめでとう!彼氏が出来るかずっと不安だったのよ!』って」
「なんかギャン泣きする理由が納得できる自分がいるんだよなぁ・・・」
納得出来た理由といえば、多分だけどプライドの高さからか、未亜の中の理想の彼氏はかなり高いんだろうな・・・。
「あ、電車来た」
「お、本当だ。よし、乗るか」
「だね」
そうして僕たちは片道45分という、地味に時間のかかる電車に揺られながら海水浴場へ向かった。
駅に着いて、徒歩数分歩いたところに石牧海水浴場がある。結構広いし、毎年夏頃に多くの観光客が来る有名な観光スポットだったりもする。とまぁ、その理由というのが、夕方にある。
「夕日、すごい綺麗」
「でしょ?だから夕方でも結構人いるんだよね」
「本当にこんなところにあるの?人気のない穴場スポットなんて」
「それがあるんだよね。まぁとりあえず、時間も良い頃だし、夕食食べて少し食休みしてから練習しよう」
「ん、わかった」
そう言って僕たちは、海水浴場近くの海の家のテラスに向かった。まぁ海の家といっても、飲食店ってわけではない。簡単に言うと、フードコート的なところ。飲食スペース的な建物だ。
「祥って、ここ何度も来てるんだっけ?」
「うん、夏場暇なときとか気分転換したいときによく来てるよ。片道地味に長いのがデメリットだけど」
「でも、時間かけてまでこんなきれいな景色見に行くのも良いかもね」
そう言って未亜は夕日の景色に目を奪われる。前に趣味って何?って聞いたら「風景」と言っていたな。偶然なのだろうか、ここもいい景色だ。しかも未亜は知らないと来た。でもなぁ、
「「無意識にやってるところはわざとじゃないばなんだよなぁ」」
っ!?びっくりした・・・。同じことを思っていたのか、未亜とハモった。思うんだけど、ハモる確率ってどんな確率なんだ?
「なんでハモるのよ」
「それはこっちのセリフ。ま、偶然だろ。どうせ」
「私はそうであって欲しい」
「ふーん。・・・ん?なんで?」
「・・・わかんない。なんとなく」
「なんとなくでもいいけどさ」
そう言いながら、未亜に作った弁当を渡す。
「ありがと。開けても良い?」
「どうぞ」
「おー、美味しそう」
「そりゃ良かった。まぁ食べようか」
「うん」
普段1人でいることが多く、自炊のネタは結構あったりする。ただ、「夕食の弁当」というものは作ったことが無く、なにを作ろうかすごい悩んだ。とりあえずベタに「ハンバーグ弁当(手作りハンバーグ)」してみたが。
「ん!美味しい!」
「おー、そりゃ良かった。うん、ハンバーグ弁当自体初めて作ったけど、これアリだな」
「え?これ祥が作ったの?」
「うん、そうだよ。というか、弁当の具材自体全部作ったんだよ」
「すごいね。私あまり料理しないからなぁ、てか男子の手作り料理自体初めて食べた」
「まぁ、そもそも食べる機会自体普通の人でも早々無いだろうね」
「でもさ、初めて食べた男子の手作り料理が祥で良かったと思う。ありがとね」
「こちらこそありがとな、喜んでくれて」
自分の料理を他人に振る舞ったのはこれが初めてだが、こんなに嬉しいものなんだな。・・・なんなんだろうな、これは。
「あ、そういえばさ。話題変わるけど」
「ん?」
「前に音楽番組で、音楽番組で鯖落ち介錯大獄会が出演してたのね」
「あー、未亜のお姉さんが好きなバンドだっけ?」
「そそ。それでさ、ライブかなって思ったらなんか、演奏するフリ?みたいに見せてアルバムの音源流してる感じだったのね」
「フリ・・・、あぁ、エアプレイのことか」
「あ、エアプレイって言うんだ。知らなかった。それでね、お姉ちゃんが『生ライブじゃかったぁ!なんでライブしてくれないのぉ!』って言ってたんだよね」
「ファン愛がすごいな・・・」
「それで気になったんだけどさ、そのエアプレイだっけ?なんであぁいう音楽番組で生演奏しないときとかあるの?」
「うーん、なんだっけどっかで聞いたことある気が・・・、てかなんで僕に聞いたの?」
「なんとなく、なんか知ってそうだから」
「なんとなくなのね・・・」
なんか知ってそうだからって理由はなんとなくわかる。趣味がドラムで、たまにバンドのヘルプで叩いてきた。音楽関連なら何でも詳しいとか思われてるかもしれん・・・。あ。
「思い出した。前にどっかで聞いたことがあったんだけど、確かコストがかかるとかなんとかって理由だったな」
「コスト?」
「いわゆる『ギャラ』だよ。ライブ演奏する場合、番組側がその出演ギャラに加えてさらに上乗せでギャラ払わないとだからって理由らしいって聞いたことがあったな」
「要はお金の問題ってこと?」
「まぁ簡単に言えばそんな感じ」
「ふーん。なんというか、世知辛い世の中だね」
「かもね」
世の中やりたいことは全部金がないとできないのがほとんどだし、そもそも金無しでやれることなんて限られるにもほどがあるぐらいない。そんな事を考えながら、沈みゆく夕日を眺めた。
日も沈み、当たりも暗くなってきた頃。
「さて、行きますか」
「うん。てか本当にあるの?」
「あるよ。てかやっぱ信用できないのはわかるわ」
「そうだよぉ。だって辺り見回してみたけど、それっぽいところ無いし」
「まぁ、そもそもここらじゃ見えないし」
そう言いながら僕たちはテラスから出発した。
数分後
「・・・すごい」
「だろ?全然一人もいないだろ?」
「うん。ここにつくまでにちょっと道のり大変だったけどね」
「まぁ、そもそも誰かと行く向けではないからな」
ここまで来る道のりは、ある意味悪路だった。少しゴツゴツとした岩場を歩き抜け、ちょっと小高い丘を越えてようやく着くみたいな感じだ。
「でも何でここ人いないんだろ?」
「ここうちの所有地なんだよ」
「あー、それなら納得。所有地なら誰も近づかないしね・・・って、所有地!?」
びっくりした未亜が叫んだ。・・・なんでびっくりしてんの?
「あれ?言ってなかったっけ?」
「初耳なんだけど!?」
「ここの夜景が好きでさ、ここの管理人と交渉して買ったんだよね。そもそもバイト以外でお金稼いだりしてたからの結果だけど」
「それで毎年夏頃にここ来てるの?」
「そうだね。でもいいだろ?こういうプライベートビーチ的なとこ」
「うん。なんか、すごい良いね。私たちだけのビーチって」
未亜はいい笑顔で目を輝かせていた。まぁ、たまたま恋人ごっこ始めた相手がこんなやつだったらある意味大当たりの部類なのかもな。
あらかじめ服の下に着ていた水着になるため、上の服を脱いで、泳ぐ準備をしていたのだが・・・。
「あのさ、祥」
「どした?」
「これ・・・どう?」
「水着?」
「うん・・・」
彼女が着てきたのは、シンプルな色のタンニキだった。はたから見れば、特に可愛げな要素は皆無な感じだった。でも僕から見れば、フリル付いてる水着とか、派手に露出してる水着よりも、こういうシンプルで着る人の曲線にあったやつの方が割と好きだ。
「似合ってると思うよ。こういうシンプルなの好きだし」
「ほんと?よかったぁ。泳ぐ練習するのはわかってるんだけど、可愛げのない人に思われたくなくて・・・、心配だった」
「うーん。僕ってああいう派手な露出の水着とか可愛く着飾ってる水着よりも、こういうシンプルなやつが好きなんだよね」
「へぇ、なんか意外。大抵の男子ってこういうのよりも、フリル付いてるのとか露出多い水着好きな男子多いから、てっきり祥もそうなんじゃないかなって思ってた」
「決めつけがすごいな・・・」
てか疑問なんだが、なんで女子って少しでも自分を綺麗に見せようとするために自己犠牲しようとするやつとかいるんだろうな。そんな疑問を頭の隅に置き、僕は未亜と泳ぎの練習を始めた。
練習が始まって1時間、思ったよりも早く泳ぎの形が成ってきた。
「なんか、いつの間にか教えることないぐらい泳げるようになってるね」
「あ、そう?でも祥が教えるのが上手いだけだよ」
「そんならよかった」
「どうする?目的も達成したし、もう帰る?」
「んー、といっても着替え終わったとしても電車までかなり時間あるんだよなぁ・・・。あっ」
「どうかした?」
「海から上がろう。良いもん見せるよ」
「良いもの?」
そろそろあの時間かもしれない、せっかくだから見せて上げたい。景色好きだからとかいう理由なんかじゃない。「見せたい」という純粋な気持ちがあるからだ。
着替えも終わり、あの小高い丘に移動する。丘は砂場の山みたいな感じで、寝っ転がれる。
「ここへ来たけど、なにするの?」
「まぁ見てろ。よっと」
「・・・なんで寝っ転がったの?」
「やってみればわかるよ」
「どれどれ?」
そう言って未亜は僕のとなりに寝っ転がる。
「えっ!?すごい・・・」
「綺麗だろ?この星空」
夏場しか見られない、この星空。思考を停止して、星空に吸いこまれていくこの感覚が好きだったりする。
「どう?」
「ズルい。こんなの見せられたら、一生この星空しか見れなくなっちゃうじゃん」
「実際、僕もこの星空以上の景色なんて見たことがないよ」
「やっぱり。・・・また、ここに来たいな」
「今の時期しか見られないからな。秋とか春でも星は見えるけど、夏の夜空ほどはっきりとは光らないからね」
「そうなんだね。・・・ねぇ、また来たい」
「うん、また来たくなったら言ってよ。いつでも連れてってやるから」
「ありがと」
そう言って僕たちは、電車の時間までこの星空に目を奪われ続けた。
練習から帰ってきて、潮風や海の水でゴワゴワする髪を洗い流し、寝室のベッドに寝転ぶ。
「綺麗だったな・・・」
あんな幻想的な星空を見てしまったのか、心がドキドキする。それとも、祥が「私のため」だけという、ほとんどエゴイストなためだけにいろいろしてくれたことが嬉しかったのかな。
「・・・電話、今出るかな?」
そう言って、私はスマホで祥に電話をかける。すると案の定というか、電話に出てくれた。
『もしもし?どうかした?』
「あ、えっと。・・・あのさ」
『ん?』
「今日は、その・・・、ありがと」
『なんだよ改まって。礼ならさっき聞いたよ?』
「いいじゃん別に。気まぐれってやつ」
『気まぐれかぁ。ま、どういたしまして』
「また行こうね」
『おう、またな』
「それじゃ、おやすみ」
『おやすみ〜』
そう言って、短い時間続いた電話を切る。収まったと思った心の高鳴りは、祥の声を聞いたからか、鳴り止むことはなかった。
いかがでしたでしょうか?
前編後編の小説自体初めて書いたんですが、2つに焼けるのがかなりしんどかったです・・・。というのも、作り方を少し間違えてしまって、編集に手間がかかりました。今後前編後編構成の小説書く時は切り分けと展開をきちんと考えたほうが良いなと痛感しました。
とまぁ、自己反省はここまでとして。
次回、7/21(日)にお会いしましょう。