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第一話 出会い

数年前に書き貯めておいた小説です。

チャイムが鳴り、二年一組の生徒たちは一斉に安堵の表情を浮かべた。

明日の終業式が終われば、夏休みに突入する。皆、それぞれの思惑と予定を胸に、いそいそと帰り支度をしている。

「この前、ライブ行くっていっていたよな」

 高木千秋たかぎちあきが僕に話しかけてきた。可憐な女性を連想させる名前だが、実際は小太りで眼鏡をかけた男だ。

「ああ」

「どんなバンド?」

「知らないと思うよ、マイナーだし」

 教室を出て、廊下を歩く。

「名前は?」

「ネメシス」

「知らね」

 だからマイナーだと……。

昇降口は一時的に混雑していて、僕と高木は少し待っていた。

「まあ、バンド名はともかくとして、やっぱ、ライブってさ、可愛い子とかいっぱいいるの?」

 高木は下卑た笑みをしている。

「うーん、いることにはいるが、いっぱいではないと思う」

「そりゃ、そうか」

 ライブに参加するわけではないのに、なぜか高木は落胆している。美女が多ければ一緒にライブに行くつもりだったのだろうか。

「マクドでも、行く?」

 校門を出ると、高木が言った。

「ああ」

 僕は首肯した。


 *


マク〇ナルドは半数近くが学生客で混雑していた。

僕はビッ〇マックセットを注文し、高木はポテトLサイズとコーラを注文した。本人曰く「節約週間」らしいのでセットメニューは避けたようだ。

「あー、どこかにいい女いねーかな」

 窓際のテーブル席に座るなり、高木が呟いた。

「そんな簡単に見つからないでしょ」

「簡単にいないと、人生つまんねぇよ」

 高木がポテトを一本つまみ、オーケストラのタクトのように動かした。

「お、あの子、どう? ちょっと遠くて見えにくいが」

 高木がタクトを振って、窓の外を指した。 指した先は、信号待ちをしている女性だった。しばらくして、歩行者信号が青に変わると、その女性はこちらの方向へ歩いてきた。

僕たちと同じ高校生だろうか。制服は着ておらず、白のチェニックに紺のカーディガンを羽織り、下はデニムで、有名メーカーのロゴが入ったスニーカーを履いている。肩からポシェットを下げているが、装飾品らしきものは身に着けていない。

 一メートル近づく度に「お? お?」と高木が五月蠅うるさい。

更に近づいてきて、窓越しに僕たちとの距離は三メートル程度になった。

「おーーー」

 高木が興奮して声をあげた。

「かわいいな」

「うん」

 確かに彼女は美少女だった。僕の第一印象は「可愛い」というより「綺麗」だ。美術館で写実的な絵画を見た感覚に近い。

「マクドに入れ~マクドに入れ~」

 高木が念を送ったが、彼女はそのまま歩き続け、何処かに行ってしまった。


 *


高木とは駅前で別れ、僕は駅に隣接する本屋に寄った。今週発売の音楽雑誌に、僕の好きなバンド・ネメシスの情報が掲載されているからだ。

目当ての雑誌だけではなく、他にもよさげなバンドがいないか他誌を手に取ってページをめくっていると、入口の自動ドアで見覚えのある顔がいた。

(さっきの美少女だ。)

 彼女は毅然とした歩みで、本屋の奥に行った。既に目的の本があるのだろう。たしか、あそこは趣味・雑学本コーナーのはずだ。

高木のことを内心馬鹿にしていたが、僕も彼女には惹かれるものがあった。

用はないのだが、僕も同コーナーに移動していた。自然体を装って、「これで丸わかり世界の不思議」というタイトルの雑学本を手に取っている。

彼女は、真剣に本を探しているようだ。僕の視線には気づかない。

白い肌に彫刻のような横顔(我ながら陳腐な言い回し)に見惚れ、嘆息が出る。何故、人はこんなにも不平等なのだろうか。僕もあのような美形に産まれていれば楽しい人生を送れたのではないだろうか……。

 彼女は後ろに手を組みつつ本棚を眺め歩き、首を傾げて雑学コーナーを出ていった。

目的の本がなかったのだろうか。そのまま本屋の自動ドアに向かっていた。

 ――その刹那、事件は起きた。

 けたたましいサイレンが鳴る。音の出どころは、自動ドア横に設置された万引き防止の機械だ。

素早い動きで、店員が彼女の許に駆け寄った。

「君、ちょっと、いいかな?」

 店員は、二十代くらいの中肉中背の男性だ。

「……」

 店内の視線が一斉に彼女に向けられていた。彼女は黙ったままだ。

「取ったものがあるのなら、見せなさい」

 店員は最初から万引きと決めつけているようだ。書店が万引き被害で営業が苦しいのは知っているが、決めつけるのはいかがなものか。

「ほら、早くそのポシェットを見せなさい」

 僕は店員と少女の間に割って入った。

「僕、見ていましたけど、その子は何もとっていません」

 居ても立っても居られず、僕は不確かな証言をしていた。

 キョトンとした目で彼女に見つめられた。店員は訝しそうに僕を見る。

店員が僕から彼女へ視線を戻そうとした時、「いこ」という声と共に僕は手を引っ張られていた。

彼女が駆ける。手を握られている僕も後に続く。店員は何か罵声を浴びせている。


 *


 どれくらい走っただろうか。普段運動不足な僕は、ゼエゼエと喘息のような呼吸音になっていた。

「ここまで来れば大丈夫かな」

 雑居ビルの裏で、彼女が言った。

「な、なんで、僕まで――」

「助けてくれてありがとう」

 彼女は微笑した。 

「もしかして、本当に万引きしていたのかい?」

 本屋に入ってから彼女の行動を盗み見ていたが、特に怪しい行動はなかったはずだ。

「あら? 疑うの?」

 彼女は、蠱惑的こわくてきに笑った。

「疑うなんてひどい」

「え、いや、そういう意味では……」

「ここに」

 彼女はポシェットを軽く叩いた。

「見られたくないものがあっただけよ」

「じゃあ、盗ってはいないんだね」

「そうよ」

「万引きに疑われても見られたくないものって、よっぽど大切なものなんだね」

 そのせいで僕は巻き込まれた。厳密にいえば足を突っ込んでしまった。当分はあの本屋には行けない。

「ふふ、大切よ。とても」

 再び蠱惑的な笑みを浮かべた。

「気になる?」

「そ、そりゃあ、もちろん……。巻き込まれたわけだし」

「特別に見せてあげ……ないっ」

 彼女はポシェットを後ろに隠した。

「え」

 ポシェットに触れようとした僕は、肩透かしを食らい、少し前につんのめった。

「お礼に、これ、あげるね」

 彼女の唇が、僕の唇と触れ合っていた。


 翌日、僕は酷い頭痛に襲われ、終業式を休んだ。



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