第十八話『寝返り』
梓と紫苑が帰る頃には、空は真っ暗になっていた。楓へのお土産を片手に、梓は緊張しながら玄関の扉を開けた。
朝、薬を買うために街へ出かけたはずなのに、まったりと過ごしていたらいつの間にか夜になっていた。薬を飲む張本人である楓を、二人は放ったらかしにしていたも同然なのである。
紫苑は勝手に酔っ払った方が悪いと言い張っているが、どこかで酔い潰れて倒れてでもいたらどうしようかと、梓は心配になっていた。
「た、ただいま帰りました〜……楓さん、もう酔い覚めちゃいましたかね……」
「さぁーどうだろ。楓がお酒飲んでるところあんまり見ないけどね。だから強くないだろうし、その辺に倒れ……」
紫苑がリビングの電気をつけると、床に敷かれた布団の上で楓と竜が眠っていた。
布団は二枚ではなく、一枚だけである。俗に言う、添い寝というやつだ。
何を勘違いしたのか、梓の顔は真っ赤になっていた。そして紫苑はというと、冷静な顔をして、冷静なフリをしながら荷物を机に置き始めていた。
「……え、待ってくださいよ……二人ってそういう感じだったんですか!?」
「しーっ、寝てるんだから静かに。いや別に違うと思うけど、僕的にこの組み合わせが一緒に寝てることが面白すぎて……ふふっ、いやほんと……おもしろ……」
「わ、笑ってる場合ですか……ということは竜さんが面倒を見てくれてたんですね……なんか申し訳ない」
「まぁ同期だし、楓も連絡するとしたら竜くんだったってだけだろうね。寝ちゃうほどだから、相当面倒な酔い方してたのかも……いや、それは申し訳ないなぁ」
「ですよねぇ……」
楓の顔の赤みはだいぶ引いていて、赤ん坊のようにすやすやと眠っていた。
添い寝と言っても背中合わせの状態で、竜は体の半分くらいが布団からはみ出ていたため、たまたま寝落ちしてしまったのだろう。
そうだとしても、梓の紫苑の衝撃度は変わらなかったわけだが。
「とりあえず夜ご飯食べよっか。二人は気が済むまで寝かせておこう、寝室まで連れて行くのもめんどくさいし」
「……紫苑さんってほんとに、臨機応変に動けますよね。私だったら動揺しすぎてとりあえず二人の写真撮っちゃいますよ」
「あぁ、写真ならさっき撮ったよ。これで二人を操る手段が増えたねぇ!」
「いやいやいや、悪用はやめてください……ちょっと悪い顔しない! だめですよー、ほーんーとーにー!!」
「分かってるってば〜、冗談だよ。多分写真見せて焦るのは楓だけだよ。竜くんってあんまり物怖じしないんだよね……あとは僕の性格分かってるだろうし」
楓と竜はリビングの中央らへん、ソファが置いてある近くで寝ているのだが、梓と紫苑はその少し横にある二人用ダイニングテーブルで食事をしている。
まるで寝かしつけた子どもを見守っているかのような位置で、二人は黙々と夜ご飯を食べ進めていたのであった。
「そろそろ椅子増やさないとだなぁ……元々あったものだけで暮らしてるから、どこの椅子かも分からないんだけどね」
「……この民家って、誰の所有物なんですかね。私たちは勝手に住んでますけど、本来は他の誰かが住んでいたってことですよね? しかも、こんな仮想現実で」
「そういうことになるけど……もしかして、この世界は僕たちが来るずっと前からあったのかな。時代的にはネットワークが普及する前くらいな感じがするし……現実世界の情報を得ずに、独自の文化を築いていたりしたのかも」
「仮想現実なのにネットワークが普及してない時代って、すごい矛盾を感じます。私たちが実験台なのだとしたら、研究者たちは徐々に情報を解禁してる……みたいなことですか?」
「……それは、目の前で寝てる二人の方がよく知ってそうだね。今日のところは竜くんには泊まってもらおっか。念のため一華ちゃんに連絡しておけば大丈夫でしょ」
「一華さんも大変ですね、まるで弟がたくさんいるみたいで……私だったらもう嫌になって腕ぶん回しますよ。車輪みたいに」
「しゃ、車輪みたいに?」
「はい。こう、ぶるわぁぁぁぁ!! って感じで」
紫苑は腕をぶん回す梓を見て唖然としていたが、その後我に帰り、あらかた家事をして入浴し、無事に眠りについた。
そして梓は横になりながら、ふとこう思ったのであった。
「車輪、すっごい無視されたなぁ……」
翌朝、一番最初に目が覚めたのは楓だった。外で小鳥が鳴いていたが、二度寝しようと寝返りをうつと、そこには竜の寝顔があった。
「うわぁぁぁえぇぇぇぇ!?!? どういうこと!?」
楓はあまりの驚きで飛び起きたが、それでも竜はぐっすりと眠っている。
驚き顔で固まりつつも、二度寝を諦め顔を洗おうと洗面所に行くことにした。
「……いや、気のせいだよな……いや、あれは稲橋竜だったのか……? 俺昨日あいつのこと呼んだっけ……」
全く蘇らない記憶を必死に思い出そうとしていると、梓が目を擦りながら起きてきていた。
今日も小鳥が鳴いているなぁと思いつつ、梓は楓の横で歯を磨き始めた。
「……なぁ、俺まじで記憶ないからさ、昨日のこと……いや、知らなくてよさそうな内容なら言わなくていいんだけどよ」
「んぇ? 昨日でふか、ずいぶん酔っ払ってましたねぇ〜……といふか、わはしも何があったか知りたいとこなんでふけど」
今にも寝そうになりながら歯を磨いている梓を、楓はぼーっと眺めていた。
真実を知るべきなのか、知らないまま墓場まで持っていくべきなのか。
新たな試練が、楓の前には立ち塞がっていたのであった。
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