第十七話『贈りもの』
紫苑の帰りを待っている間、梓は少しだけ大通りを散策していた。中心街の中心、人々が一番多く集まる場所。それこそがこの場所なのだ。
大通りには、全ての要素が存在していた。古いものも新しいものも、和風なものも洋風なものもあった。
行き交う人々も同様で、皆が皆個性を受け入れているような、そんなふうに梓には見えていた。
「梓?」
どこかから名前を呼ばれたような気がして、ふと後ろを振り返る。
しかし人が多く、誰から呼ばれたのかを確認することは難しい。
それでも、探さなければいけないような気持ちになっていた。今会わなければ、二度と会えない予感がした。
紫苑はもう戻って来ているかもしれない。正体がバレて、連れていかれるかもしれない。
だけど、今は今しか来ないのだから。
「——理衣!!」
必死に探して、後ろ姿を見つけて追いかけた。あまり人気のない場所まで来たところで、ようやく名前を呼んだ。
彼女は立ち止まる。でも、振り返って梓の顔を見ることはない。
何と、声をかけたら良いのか分からなかった。これは何度も味わった感覚のはずで、だから何回も練習したはずで。
まだまだ振り向いてはくれないだろう。梓はそう理解した上で、理衣と話そうと決意したのだ。
「……分かってくれなくても、全然いいの。私の存在を理解出来なくて、拒絶しても、顔を見たくないと思われてもいい。だから、私の話だけ、聞いてほしい」
優しい声で、梓はそう言った。理衣は振り向かないまま、立ち止まっていた。
その左手には、綺麗な紙袋が握られている。理衣はこの日、梓に贈るプレゼントを蜜に渡してもらおうとしていた。
そのために、蜜が遊びに行っている美怜の家に向かっていたのだった。
梓は紙袋に触れることはなく、それが都合の良いことなのか、少し悲しいことなのか、理衣には分からなかった。
「理衣が傷付いていること、ずっと引っかかっていることは、私が聞いても解決しない話だと思う。それはもちろん分かっていて、だから距離を置こうと理衣は考えたらんだよね。私が、原因だから」
「きっと、あの地震のことだけじゃないんだと思う。これまでの活動、学校生活、その全部が積み重なって、理衣にとって今の私は、辛いことを思い出すきっかけになっちゃったんじゃないかな」
「デビューしてからずっと一緒にいてくれて、それまでは学校も違うからすれ違うことしかなくて。全ての良いきっかけが、クワイエットにはあった。でも同じように、悪いきっかけもあった……毎日会って不満がない人なんていないだろうから」
「……嬉しかったよ。学校に向かう道が一緒で、それから学校の日は二人で歩いてたよね。私が家族と喧嘩した時は、家でご飯食べさせてくれたりとか。全部、理衣が私を受け入れてくれたから出来たことだったよね」
「今は……いいの。上手く言えないけど、一度嫌いになっちゃっても、私は大丈夫。ずっと、ずっと待ってるよ。理衣がまた、振り返って私を……私を、受け入れてくれるまで」
まるで、独り言を言っているみたいだった。理衣に向かって話しているはずなのに、どこか、自分を納得させるために言っているような気もした。
でも、言葉を止めようと思うことはなくて。それはきっと、理衣が梓の話をその耳で聴いて、受け入れようとしてくれているからなのだと思った。
話終わった後、理衣は再び前へと歩き出す。梓も振り返り、紫苑の元へと歩き始めていた。
今は、今はすれ違っているけれど。いつかまた、過去を振り返って、笑うことが出来るように。
そう願って、二人はそれぞれの前を向いた。
「ふぁぁ〜〜……あいつらまだ帰ってこねーのかーー……寂し、くねぇけど」
あれからぐっすりと眠っていた楓は、ビール缶たちが綺麗に片付けられた部屋を見て唖然としていた。
竜がやったのかと思う気持ちもあり、わざわざ一華が来たのかもしれないという焦りもあり、よく分からない汗が噴き出ていた。
外はもう夕方で、朝出掛けて行った二人はすでに帰っていてもおかしくはない。
連絡がないことからして、大きな騒ぎを起こしたわけではないだろうと確信していた楓は、一日中誰もいないことの寂しさを思い知らされていた。
「いや寂しくねぇけどな?? ほら、もしかしたらなんかあったのかもなぁーとか思ったりしてさぁ。だから今から来てくんね?? 寂しいとかじゃねぇけど??」
『……朝行ったばっかりだし片付けも僕が全部やったし今から行ったら着く頃には夜だと思うんだけど。それでも行けと?』
「おうよ。一華さんのバイク借りればなんとかなるだろ! おら早く来い!!」
『違うって、あれはバイクという名の自転車なんだってば……分かった、ちょうど説明してほしいこともあるし今から行く』
「っしゃーー! これで寂しくなっ……こき使えるやつが来てくれるなぁ!!」
『……正直に寂しいって言えばいいのに』
その頃紫苑は、合流した梓と大通りを見て回っていた。
もちろん勝手にその場を離れたことは叱ったが、理衣に話をしたと聞き、こればかりは強く言えないと思ってしまった。
「楓は寝てくれてるかな〜、お土産も買っていかなきゃね」
「私たち普通に買い物してますけど、謎に馴染んでるのなんでなんですか……夜が近くなっても人が多いから?」
「そうだろうねぇ……家にいてもすることがないのか、毎日お祭りみたいになってるらしい。僕たちはいつも静かなところにいるし、今日くらいは、ね?」
「楓さんに怒られても知りませんよ??」
「いやいや、泥酔して暴れ回ってたやつに発言権なんてないから」
「……は、ははは」
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