第十一話『稲橋の妄想』
一華がまだ梓たちの元にいる頃、竜は森を抜け一人自宅へと帰ってきていた。
特に派手なわけでもなく、こじんまりとした一軒家が二軒並んでいて、片方には竜、もう片方には一華が住んでいる。
鍵を開けて部屋に入ると、街から仕入れてきた出来る限りのパソコンやスマートフォンなどが設置されていた。
竜はここからなんとかして情報を得ようと、楓と協力しながら奮闘しているのだ。
「あ。自転車乗ってきちゃったけど一華さん大丈夫かなぁ……お詫びにスマホ一台入れて家の前に置いてこよう」
そうして玄関先でスマホを仕込んでいると、一華の家の扉を誰かがノックしていた。
竜は顔を上げて姿を確認する。するとそれは、梓と絶縁状態になったと噂の理衣だった。
「松永さん?」
「あっ竜先輩。花先輩ってまだ帰ってきてないんすか?」
「まだだと思うけど……何か用があったなら僕から伝えておこうか」
「じゃあ、お願いします。今度ご相談したいことがあるので、蜜先輩は抜きで二人きりで話したいんです……みたいな感じで伝えてもらえますか?」
「了解。芦屋先輩がいない方がいいってことは強めに言っておくよ」
「へへ、ありがとうございます。その自転車は……?」
「あーこれ、本当は一華さんが乗って帰ってくる予定だったんだけど、歩くの面倒で僕が連れてきちゃった」
「……いやそれ大丈夫なんすか!? 絶対花先輩怒ってますよ! 解剖されたりとか何されるか分かんないですよ! 解剖されたりとか!!」
「下手したら人体模型にはされるだろうね。でもまぁ、心なしかフラグは立ってたし許してくれるでしょ」
「そ、それならいいんすかね……?」
「とりあえず帰ってきたら早めにそっち行くよう促しとくから、僕はこれで。じゃあね」
「はい…………あ、あの、竜先輩!」
理衣に呼ばれて咄嗟に振り返る。竜は、やっと来たかと少し嬉しかった。
ここまできて、理衣が折れるはずもない。大切な時間を過ごしていた親友を、一方的に見捨てられるわけがない。
竜は、心のどこかでそう確信していた。今すぐではなくとも、いつか必ず、二人はまた出会うことになると。
「あ、梓は……どうですか。あたしのせいで体調崩したりとか、してませんか」
「体調は崩してるよ。松永さんのせいじゃない……と言いたいところだけど、どうだろうね。きっとあの人は、松永さんのことが心配で心配で仕方ないんだと思うけど」
「あたしのせいで……ごめん、梓……」
「僕の前で梓さんの話は出来るのに、本人とは話せないんだ。どうしてだろうね」
「分かりません……なんでだろう。あたしが、梓を拒絶するわけないのに。なんで会いたくないって思っちゃうんすかね……」
「……松永さんは、梓さんが本当に死んだと思う?」
「え……? それは、はい……確かに目の前で、梓は……死にました」
「そっか。これは僕の単なる妄想だから、聞き流してくれて構わないんだけど。僕は彼女って実は死んでないんじゃないかって勝手に思ってる。本当に勝手だけどね」
理衣は少し俯いていた。頑張って聞き逃そうとしても、勝手に頭に入ってきて、梓の顔が浮かんでくる。それだけでも理衣にとっては辛かった。
本当に死んでいないのなら、自分が見た光景は一体なんだったのかと、疑わざるを得なかった。
「異世界転生とかよく聞くけどさ、あれって用は主人公だけが死んで別世界に送られてきて、その他のキャラクターたちは元々その世界にいるわけでしょ。でも僕たちは違う」
「生きたまま、別の世界に連れてこられてる。きっとそれは、連れてきた側からしても条件なんじゃないかと思う。既に死んだ者が送り込まれてくることはない。僕はそうだと信じてみることにした」
「……あたしも、信じたいです。でもそんなの、曖昧すぎて確信が持てない。この世界は多分、なんでもアリだと思うんすよね。あたしたちを酷い目に合わせておいて裏では必死に調整してるとか、マジで笑えてくるっすよ」
「松永さんの考え方も、一理ある。だから可能性として捉えておいてほしい。一華さんや芦屋先輩にも、機会があれば聞いてみて。僕とは違う考え方かもしれない」
「はい。とにかく、梓が早く体調良くなるようにだけ願ってます。花先輩がいるから平気だと思うけど……よろしくお願いします」
「分かった、一華さんにもそう伝えておく。じゃあ今度こそ、またね」
思ってた以上に話してしまったと、竜は少し後悔した。梓の生死に関しては自らが口を出すべきではなく、その場に居合わせた理衣や梓本人がしっかりと向き合うべき問題だと、竜も理解しているつもりだ。
よく無愛想だと思われる竜も、こればかりは放っておけなかった。人間なのだから、感情がないわけではない。
この仮想現実が誰の手によってつくられたのか、連れてこられた人たちにはどんな共通点があるのか。それらはまだ、何一つ分かっていない。
ゼロから、マイナスから調べ上げなくてはいけないのだ。そう思うと腰が引けたが、竜は自分にしか出来ないことを、今すぐにやるべきだと気持ちを奮い立たせた。
「僕にしか出来ないことがある……例えば……」
どこからか怒鳴り声が聞こえてくる。何千回、何万回も聞いたことのあるような声が、後ろから迫ってきていた。
「いぃーーーなぁーーばぁーーーしぃーーー!!!!!」
竜の前に現れたのは、滅多に呼ばれない苗字を叫びながら走って帰ってきた一華であった。
「自転車!! これ私の自転車だったじゃん! 乗って帰らないよって言ったでしょ!!」
「あー……言ったかもね」
「まぁいいわ。梓は平気そうだったから、次に治療すべきなのは稲橋竜の脳かなぁ」
「……だからサイコパス呼ばわりされるんだって」
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