第十話『お母さん』
「うん、ただの風邪だね!」
「……よかったぁ〜、やっぱり名医に診てもらえると安心感が違うね。ここまでずっと頑張り続けてたんだから、休む時間も必要だよ」
「ほんとそうよー、梓には病院まで行って全身調べてきてもらいたいくらい心配だけど、この状況じゃそうもいかないからね。とりあえず、しばらくは安静にしておいて。体調が悪化したらすぐに連絡してね、あと医療セットの使い方も……」
「一華さーん、こっち終わったけど先に帰っていいのー?」
「え! もう終わっちゃったか……別にいいけど自転車盗んでいかないでよ?」
「さすがに乗っては行かない、あと梓さんお大事に。ここで流行ってる病気とかもまだよく分かんないから、気をつけてね」
「ありがとうございます……竜さんも気をつけてください」
竜が帰ったあと、楓は獲物の下準備をするために外へ行き、梓には怠さがのしかかっていた。
風邪と聞けばよくある病気だが、拗らせてしまえば命に関わる危険すらある。それはきっと、どの病気にも言えることなのだろうと梓は思っていた。
風邪を引いた時に見る怖い夢を見たくなくて、梓は必死に目を見開いていた。だが隣にいる紫苑と一華は「ちゃんと寝なさい」と言わんばかりの目をしている。
「寝て起きたら熱下がってますかね……?」
「うん、きっと下がってるよ。でも僕も怖い夢見るの嫌だったな〜。だから梓ちゃんの寝たくない気持ちもよく分かるよ」
「そうなんです、あのぐにゃぐにゃしたのを見たくなくて……入院してた時もよく見たりしてたので」
「私たちが近くにいるんだから大丈夫だよ。なんならずっと手握ってようか? 私が今日来た理由は梓を元気付けるためでもあるからね!」
「……二人とも、優しいですね。まるでお母さんが三人いるみたいです……ふふ」
「え、どういうこと? 梓ちゃんのお母さんと一華ちゃんは分かる……分かるんだけどさ、僕もお母さん枠なの!?」
「はい、紫苑さんもお母さんです。お父さんみたいな威厳が似合うのは、楓さんの方ですかね……?」
梓が微笑む姿を見て、紫苑は梓の手を優しく握った。確かにここでは、誰かが親代わりとなる必要があるのかもしれないと思った。
それぞれに役割が与えられなければ、存在意義を見出すことが出来なくなってしまう。その事実は、紫苑も一華も、初めから分かっていたことだった。
「ようやく寝れたみたいだね。怖い夢は見てないといいけど……」
「紫苑くんが手握ってるんだから、大丈夫でしょ。それにしても、人は弱ってる時に本音が出るものだね……お母さん、お父さんってさ」
「そうだね……いつもは冷たい感じなのに。お母さんと喧嘩したままでいること、後悔してるんだろうなって思う。また会える時がいつか、来るかも分からなくて。子供には辛すぎるよ」
「……紫苑くんは、親と連絡取ったりしてた? 私は後継ぎになれって言われて医者になったから、あんまりいいイメージないんだよね〜」
「連絡は取ってたけど、会うことは少なかった。今思えば、年末年始とか帰省するべきだったって考えちゃうけど、そんな簡単な話でもなかったから」
「そっか。私も帰省したくなかったなー! 会うたび会うたび後継ぎの話ばっかりされて、私以外に兄妹がいればよかったのにってずっと考えてた」
「一華ちゃんって兄妹いないんだ。弟とかいると勝手に思ってた」
「まぁ一応、いいとこの娘だったからね。一人娘として丁寧に育て上げられたわけよ。こんなんになっちゃったけど」
「僕は……それも立派な一つの育ち方だと思うよ。だって、結局医院は継がなかったんでしょ? 医者になるレールには敷かれたけど、なったあとのことは自分で選んだ。それすごくない?」
「……すごい、といいんだけどね。自由に生きれるってつまり、全てに責任が伴うってことだから。継ぐことが嫌なわけじゃなかったんだよ? ただ、その場所だけに縛られたくなくて。海外でも働いてみたかったし」
「一華ちゃんは、弱音を吐かない。どんなに遠くても物資を届けに来たり、梓ちゃんが風邪だと予想出来ていても診に来てくれたり。そんな中で何一つ文句も言わない」
「それは……紫苑くんたちのためでもあるし、私のためでもあるから。こんなへんてこな世界に来てまで、医者としての自分を貫き通すべきなのか迷ったけど……ほら、私って二期生じゃん? 二期生のメンバーって、ストイックな人が多いんだよね」
「だからみんなはネット活動に重きを置いてて、たくさん工夫したりイベントも開催したり、グループが大きくなるようなことを自ら行って、貢献してくれてる。でも私の本業は医者だったから」
「……人それぞれの輝き方があるはずだよ。二期生の他の先輩たちはそうだったのかもしれないけど、一華ちゃんは本業と両立させなくちゃいけなくて、その上でみんなと同じように活動してる」
「同じグループにはいるけど、全く同じことをするわけじゃないと僕は思う。みんな違った活動の仕方をするから、面白いんだと思う。だから、気にせずに自分のしたいようにすればいいんじゃない?」
「……ありがとう。最近は何度も後輩に元気づけられたり、勇気づけられちゃう。もうお話はこのくらいにしよっか。梓も大丈夫そうだからね」
「僕からも、突然重い話になっちゃって申し訳ない。梓ちゃんの体調は僕と楓で様子見ておくから、完治したら連絡する」
「分かった。それじゃ」
一華の後ろ姿は、どこか寂しげだった。孤独を感じているのか、何か後ろめたいことがあるかのように、紫苑には見えていた。
「…………な、ない!!!!」
そして当の本人である一華は、綺麗な空を見上げて高らかに叫んだ。
「私の自転車どこ行ったーーー!!!!」
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