家出、そして決意
如月の家に来て3日目。
携帯の電源は相変わらずオフ。
みたこともないような件数の着信ありが表示されるに決まってる。
あたしの家出はこれが初めてではない。
あたしの記憶が正しければ3度目。
1度目は小学校5年の秋。
何が理由かも忘れた、ちっぽけな家出。
2度目は中学校3年になりたての春。
あたしが希望した高校への進学を反対されたことが原因。
勉強嫌いではなかったけど好きでもなかったあたしは如月と一緒のK高校に行きたかった。
だけど、沖田剣哉の娘がそんな高校へ行くことは許さない、そう言った。
だからあたしは家出をした。
結局、あたしは如月と一緒に頑張って、K高よりかなりランクの高い、R高校に進学した。
後から聞いた話、R高に合格したのは、沖田剣哉の力だったけど。
あたし一人だと絶対行かないと思ったあの人は如月まで動かして。
いつもそう。
卑怯な人間。
そういうところが大嫌いなのに。
何も変わらない。
あの人は娘を失うまできっとわからないんだ。
――1週間が過ぎた。
これ以上は迷惑になると思って、あたしは如月の家を出た。
「いてもいいんだよ?あ、迷惑とか思ってんでしょ?凜咲のことだから。他に行くとこもないくせに。」
如月はそう言ってくれた。
だけど、その優しさにいつまでも甘えてるわけにはいかない。
「ありがと。でも、もう大丈夫だから。」
切ったままの携帯を手に外に出た。
―その時だった。
ドアを開けるとそこに、帽子を深くかぶった男が立っていた。
それが誰なのか、気付くのに時間はかからなかった。
「優悟・・・。」
「凜咲、帰ろう?」
優悟はあたしに言った。
その口調から、表情から、怒りは感じられなかった。
「・・・・怒ってないの?」
恐る恐る聞いた。
「どうして怒るの?凜咲は何か悪いことをした覚えがあるの?」
真剣な眼差しで優悟は言った。
「・・・・・。」
あたしにはこの家出が悪いことかわからなかった。
だから黙りを決め込んだ。
「もしかして、浮気しちゃったとか?うわぁ〜、それはへこむわぁ。」
すると優悟は急にいつものチャラい男に戻って目の前に座り込んだ。
さすがに何か言わないと、と思って言った言葉は。
「い、いや。違うからっ!浮気なんてしてないっつーの!!馬鹿か、おまえ!」
・・・逆ギレしてしちゃった。
さすがに怒ったよね?
嫌われたかな。
それならそれでラッキーなんだけど。
そんな風にポジティブに考えていたとき。
うつむいていた優悟がいきなり顔を上げ、立ち上がってあたしに抱きついてきた。
「凜咲ーっ。」
「ちょっ、何すんのよ!!」
「初めて、真っ直ぐぶつかってくれた。」
「・・別に!」
「凜咲、帰ろう。話はゆぅっくり、聞いてあげるから。ね?」
「帰らない。」
あたしは優悟を振り切り、町の方へ出ようとした。
すると優悟が
「・・・やーめた。説得すんの。」
あたしに聞こえるように嫌みったらしく言ったかと思ったら、急に走り出した。
その足音は・・・近づいてきてる!
あたしを捕まえる気なんだ。
そう気が付いて、逃げようとしたときは手遅れだった。
後ろからひょいと持ち上げられて、次に目に映ったのは優悟の顔だった。
「ちょっとっ。なにすんのよ!!」
「さあ、お姫様。お城へ帰りましょうか。」
あたしは・・・優悟にお姫様抱っこされていた。
バタバタしても、さすがに男の力には勝てない。
「大声で叫ぶよ!!誰かーーッ。」
「うるせーな・・・。黙ってろよ。鬼ごっこは終了。おまえは鬼に捕まった。ゲームオーバーだ。」
「あたし、鬼ごっこなんてしてませんけど。」
「ごちゃごちゃ言うなって。マジでさ。」
優悟の眼から恐怖を感じた。
逆らったら消されそう・・・。
その眼の下には見事なクマ。
「ねぇ、優悟。もしかして・・・捜し回ってた?」
この一週間一歩も外に出ず、携帯の電源もオフ。
如月の家にもいないことにしてたから、探す術は・・・・。
あたしの行動範囲を知らない人なら余計。
「・・・そうだよ。仕事から帰ってきて、部屋に凜咲の姿はないし、連絡はつかないし。」
「・・・・・・・。」
「この一週間、ずっと仕事の合間に電話して、終わったらすぐに街探して・・・。」
「じゃあ、どうしてここがわかったの?」
「柊さんって人が。」
「柊?・・あ、美菜さん・・・・。」
柊 美菜。
それがあたしの一番の理解者であり、お姉さんのような人。
美菜さんがあたしの居場所を優悟に?
「迎えに行ってあげてください。お嬢様は意地っ張りだから自分からは絶対帰ってきません。って。」
「美菜さんがそんなこと・・・・。」
「だから俺は来た。嫁に逃げられた可哀想な夫はごめんだから。」
「結局自分の為なんだ。」
「何だっていいじゃん。ま、帰ろうぜ♪」
「逃げないから、そろそろ下ろしてくれない?疲れるでしょ?」
「いいや、絶対逃げる。」
「逃げない。」
「逃げる。てか、車までそんなに遠くないから疲れない。」
「あそ。もういいから、下ろして。恥ずかしいんだってば。ここ、友達の家だよ?!」
「俺らの仲見せつけるにはちょうどいい。」
「もぉ~嫌い!」
「いいよ、嫌いで。・・・でも逃げんなよ。」
「・・・もうわかった。逃げない。だから・・・」
「下ろさない♪」
「っ・・・・」
もう、あきらめた。
聞いてくれそうにないし。
あーあ。
ほんとにあたし、ツイてないな。
・・・・こんな夫が一生ついて回るなんて。
――だけど、迎えに来てくれて、嬉しかった。
必死であたしを捜し回ってくれたこと。
すごく嬉しかったんだよ。
口に出しては言わないけどね。
そして、あたしは・・・優悟をいつの間にか受け入れてることに気がついた。
当たり前のように突然現れて、あたしの夫になった人。
だけど、あたしはこの人とこれからを歩いていくんだ。
あの人・・・お父様の画策だからほんとは許したくないし受け入れたくない。
でも、優悟に罪はないんだよね。
あの人も結局は被害者なんだし。
いいじゃない。
受けて立ってやるわ。
あたし、絶っ対に幸せになるッ!!
―あれ、なんか方向を間違ってる気がするんですけど・・・・。