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「ただいま。どうやら、家には誰もいないようだな」
「お邪魔します」
結局、紫陽は《《あやの》》を自分の家に招待してしまった。家に帰ると、ちょうど母親は買い物に出ているようで、家には誰もいなかった。当然のようにあやのも靴を脱いで、家に上がっていく。つい癖で、帰宅の挨拶をすると、《《あやの》》も続けて挨拶する。
「今は誰もいないが、そのうち、親と妹が帰ってくる。お前の中身があやのではないということがばれないように注意しろよ。おまえはあやのだ。あやのの身体で、中身も同じ。わかったな」
「もちろん、ばれないようにふるまうさ。スマホのAI(人工知能)をなめてもらっては困る」
幸い、今は平日の昼間で、両親は仕事で妹は学校で授業を受けている。自分の家なら、当分の間。誰にも邪魔されることなく、《《あやの》》と話をすることができる。そう思っていたのに、すぐに邪魔が入ることになった。
《《あやの》》を自分の部屋に案内して、床に座るよう指示して、紫陽自身がベッドに腰かけた時だ。
「ブーブー」
「着信が入っているな。今時、そのような旧型を使う若者がいるとは驚きだ。出ても構わんぞ」
紫陽の携帯電話が振動していた。誰からの着信か確認するために、鞄から携帯電話を取り出して相手を確認する。仕方なく電話にでるが、紫陽は嫌な顔を隠そうともしない。
「はあ。もしもし。今は授業中のはずだ。さすがに授業中に電話はまずいだろ」
「元気そうね。早退したと聞いたから、体調はどうなのかと、お見舞いも込めての電話だったのだけど、こっちは、授業がきゅうきょ、中止になったの。どうしてだかわかる?」
「そんなの、オレにわかるわけないだろ?どうせ明日学校に行けば、理由はわかるんだ。用事はそれだけか。オレの体調ははいま、お前からの電話で著しく悪化した。誰かさんの、どうでもいい電話でな」
「あら、そう言っていられるのもいまのうちよ。だって」
電話の相手は隼瀬あきらだった。授業が中止になるほどの何かは気になるが、それよりも目の前のスマホに意識を乗っ取られたらしい、《《あやの》》から話を聞きたい。そう思いつつ、電話を切るタイミングを探していたら、紫陽の握っていた携帯電話が、唐突に第三者に取り上げられ、強制的に電話は終了してしまった。
「おい、いくら何でも人の携帯をいきなり切るやつが」
「ふむ、なかなか興味深いことだ」
突然の彼女の行動への文句は、彼女の言葉に遮られた。
「今の行動は、我の意図した行動ではない。そもそも、我がわざわざお前にかかってきた電話を強制的に切る理由がない。放っておいても、お前は我に興味を持ち、我の話を聞きたそうにしているのが態度でばれている。すぐに電話を切るだろうことは明白だ」
「何が言いたいんだ。その言い方だと、もしかして」
「お前の察しが良いところは褒めてやる。我の予想だと、完全にこの身体を乗っ取ったと思っていたが、どうやらまだ、こやつの元の持ち主である彼女の意識は消えていないようだ」
「じゃあ、あやのが」
紫陽の興奮した言葉に、無情な言葉を続けるのは、幼馴染の身体を乗っ取ったスマホの人工知能である。
「お前に執着を見せているから、身体がお前に近寄る女どもを反射的に拒むようになってしまったのだろう。意識が戻るなどと思わない方がいい」
「ブーブー」
紫陽あての電話が終わったと思ったら、今度は《《あやの》》のスマホが振動を始めた。紫陽は自分の携帯にまた誰から着信が来たかと思ったが、彼の携帯に着信を知らせる表示は出ていない。スマホはもう一台、この部屋に存在する。
「ああ、この感覚は、慣れない、ものだ。身体の奥から、震えがきて、鳥肌が、立ってしま、う」
バイブ音とともに聞こえたのは、女性の小さな嬌声と無機質な言葉だった。紫陽はスマホと人間の身体が連動していることを改めて目にすることになった。
「いちいち、他人の動向を気にしなくてはならない、人間とはつくづく愚かな生き物だな。まあ、そのおかげで、われわれが意志をもち、お前らを乗っ取ることができたのだから、何とも言えないが」
振動が収まったのか、彼女は普通に話し始めた。話しながら、自分の本体とも呼べるスマホの画面を起動させて、新着メッセージの確認を始める。画面を覗きこもうと近づくと、あっさりと画面の内容を見せてくれた。そして、その後、彼女は届いたメッセージに返信を送るためにある行動を起こした。
『まだ少し体調が悪いみたい。今日も学校には行けたんだけど、そこで体力が尽きちゃって。教室はいる前に、家にカムバックだった(笑)。心配してくれてありがとう。でも、学校に行ったおかげで、紫陽に会えたし、さらには、彼にお持ち帰りされちゃいました!テヘ?』
「送信」
返信内容をあろうことか口頭で言い始め、そのまま送信と言葉を言い終えると、スマホの画面には、今の彼女の言葉が文字となって吹き出しとなり、すぐに送信完了の表示となった。その間、一切、スマホの画面に手は触れていない。この場合、右手は最初からくっついているので、左手が触れていないということだ。
「私と彼女はつながっている。24時間ネットの中をうろついているし、スマホと彼女の身体はリンクしている。声でメッセージが送ることができるのは、別に驚くことでもなかろう?」
「つながっているというのは、いったいどんな気分なんだ?」
「そんなのは、人間の若い奴らが良く知っているだろう?」




