寄生された人間1
「お前はまさか」
「そのまさかだが、なにか問題はあるのか。この女の意識は我が乗っ取った。女はお前に会いたいという思いが強くてな。最後の頼みだというものだから、学校に来てやったまで」
左手にスマホを握りしめたあやのは、反対の手でスマホを愛おしそうに撫でた。まるでわが子を愛でるような手つきに嫌な予感を覚える。紫陽は恐る恐る目の前の女子生徒に問いかける。
「じゃあ、お前は《《あやの》》ではないのか?」
「《《鵜飼あやの》》、で間違いはない。ただ、中身は彼女とは限らないが」
あやのの顔をしていながら、話していることはどこか他人行儀であるこの女子生徒に、紫陽は困惑する。しかし、今は昼休みで、もうすぐ5時間目が始まってしまう。あやのが学校に来てしまった以上、教室に入るだろう。このまま、彼女を野放しにしていれば、クラスメイトに不審がられることは間違いない。
紫陽の心配をよそに、スマホの意志が宿ったらしい、《《あやの》》は廊下を見渡してのんきにあくびをしていた。その様子は人間らしくて微笑ましいが、言っていることが人間とは思えないものだった。
「今までは人間に持ち運ばれていたから、自分で身体を動かして移動するというのは新鮮だ。人間の身体は意外に疲れやすいものだな。紫陽とこの女が所属するクラスはここか。この時間だと5時間目が始まる頃合いか」
「お、おい。お前があやのではなく、スマホの意志らしいことは、クラスの奴らには絶対にばらすなよ」
堂々と教室に入ろうとする《《あやの》》に、自分の正体をばらさないよう忠告するが、紫陽の言葉が聞こえなかったように教室のドアを開けて中に入っていく。
ちょうど、タイミングよく、昼休み終了のチャイムが教室に鳴り響いた。
「鵜飼さん、体調はよろしいのですか?」
5時限目は数学だった。数学の先生は紫たちの親くらいの中年の男性教師だった。教師の手にはスマホが握られておらず、包帯も巻かれていない。スマホに触る時間が少ないのか、スマホを持っていないのだろう。
今日も欠席の連絡が入っていたにも関わらず、午後から登校してきたあやのに、数学教師は不審そうな顔で問いかける。
「先生、こいつは無理して学校に来たみたいです。親に止められたのに、無理やり登校したらしくて。ほら、顔色もよくないでしょう?僕が保険室に連れていきます。それで、今日は帰らせます。彼女の両親は共働きで迎えには来られないと思うので、僕は家が近いので、送っていきます、だから、僕も早退します」
教師の言葉に答えたのは、質問された本人ではなかった。紫陽がすらすらと言い訳のように彼女の状況を語り始める。よどみない答えに数学教師は驚いた様子をしていたが、特に追求することはなかった。意外にも、あっさりと紫陽とあやのの早退を認めてくれた。
「顔色が良くないのは本当のようですね。一度保健の先生に診てもらった方がいいかもしれません。せっかく学校に来てくれて悪いですけど、早退した方がいいでしょう。鷹崎君もそこまで言うのなら、鵜飼さんについてあげなさい」
「失礼します。行くぞ。《《あやの》》」
「仕方ない」
《《あやの》》は、左手を制服のポケットに突っ込んで席を立つ。それを確認した紫陽も立ち上がり、教室を後にする。
教室に入った途端、すぐに早退することになったクラスメイトに対し、教室で授業を受け続けることになる他のクラスメイト達は特に反応を示すことはなかった。ただし、皆うつむいて、机の下で何か作業をしている様子が見られた。




