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「あの動画で語られていたことが本当だとするなら、私がこのスマホを持っていたとして、奴らに寄生される心配はない。寄生されることはないけど、すでに手から離れなくなった人間を救う手立てもない」
動画の内容を思い出していた紫陽は、隼瀬の言葉で我に返る。自分に意識が向いたと感じた彼女が話を続ける。
「私自身が奴らにやられなくても、周りが被害をこうむっているのを見るのはごめんだわ。だから、人間の手を使えるようにしたまま、奴らから引き離す方法を見つけようと思っているの」
「それをオレに相談する理由がわからないな。他に相談相手がいないとは思えないが」
隼瀬はどうして、紫陽にこのことを相談しようと思ったのか。紫陽のクラスでは、親しく話をしているクラスメイトは見かけず、孤立しているように見えるが、別に高校のクラスメイトに相談しなくてもいい。小学校や中学の同級生、家族などには相談しなかったのだろうか。
「鷹崎君だって、幼馴染のことを救いたいとは思わないの?てっきり、鵜飼さんの好きなのかと思っていた。お見舞いにも行くくらいだし」
「好きではないが、さすがに今回の件は嫌いでも心配はする。ところで、どうしてオレがあやのの見舞いに行ったことを知っている?」
「あなたのお母さんから聞いたの。『クラスメイトの紫陽君に用事があってきたのですが』って言ったら、今は、お隣のあやのちゃんの家に行っているからいないわ。帰るまで私と話をしましょうって言われたの」
「あの、くそばばあ」
紫陽は口が軽い自分の母親をののしるが、すぐに冷静になり、隼瀬に問いかける。
「オレに相談したということは、少しは対処法を考えてきたんだろうな」
「それは……。これから鷹崎君と一緒に考えていこうかと」
「はあ」
まさか、何も考えもせず、ただ紫陽に相談しただけだったとは思わなかった。思わずため息が出てしまう。
「で、でも、私たちだって、いつ彼らの被害に会うのかわからない。私の周りにスマホを持っていないのは、鷹崎君しか思いつかなかったんだから、仕方ないでしょ!」
紫陽のため息にムッとしたように反論する隼瀬に、とりあえず今日は帰って欲しいと伝える。
「まあ、相談に来たのはいいが、女子がむやみに男子の家に来るのは推奨できないな。もし、お前がオレの家から出たところを誰かに見られたらどうするつもりだ。変な噂が立つのは避けたい。今日は仕方ないけど、次回からは、メールなり、電話なりをしてくれれば対応するから。用事は済んだだろう?今日は帰ってくれ。オレもこの件についてはよく考えてみる」
「あら、もう帰るの?紫陽があやのちゃん以外の女子を家に呼んだのは初めてだったから、驚いたわ。もう少しゆっくりしていったらいいのに」
ノックもせず、いきなり母親が部屋に入ってきた。隼瀬は紫陽の言葉に素直に従うようで、すぐに帰り支度をはじめていた。
「いえ、今回は私が勝手に紫陽君の家に押し掛けたみたいで、彼に少し怒られてしまいました。ですので、後日、改めてお邪魔したいと思います。今日はこの辺で失礼します」
急に先ほどまでの態度を改め、礼儀正しく母親に挨拶する隼瀬。母親の手にはお盆があり、その上には二人分の麦茶が入ったコップが置かれていた。どうやら、紫陽と隼瀬の様子を確認するための口実に飲み物を持ってきたらしい。
「彼女の言う通りだよ。クラスメイトだけど、突然家に押し掛けてきたから驚いているんだ。話は済んだから、今日のところは帰ってもらうことにした」
「そうなの?喧嘩していないのならいいけど。若い男女にはいろいろあるものね。隼瀬さん、だったかしら?この子、どうにも他人に対してぶっきらぼうだけど、これからもよろしくね」
「ワカリマシタ。こちらこそ、彼にはお世話になるかもしれないので、ヨロシクオネガイシマス」
隼瀬は母親の言葉に片言の変な言葉づかいで返事をして、そそくさと鷹崎家の家から出ていった。
「突然来た時は驚いたけど、美人で我が強そうな子ねえ。あやのちゃんもそうだけど、あんたの周りには、気の強い子が多いみたいね。いや、それとも」
「息子の女性問題に口を突っ込むな。オレの分のお茶を置いて、さっさと部屋から出てってくれ、オレは今、考えことで忙しい」
「何を考えるのやら。まあいいわ。せっかくお茶を持ってきたから、おいていくわね。ああ早々、スマホのことだけど」
息子の言葉に素直に従って部屋を出ていくのかと思いきや、母親は部屋を出る直前、後ろを振り向き、意味深な言葉を投げかける。
「スマホ?」
「そう、スマホ。スマートフォンのことだけど、紫陽はいらないと言っていたけど、正解だったわ。紫陽は世間で起きていることを予知していたのかしら?もしそうだとしたら」
「そんなわけないだろ。もしそうだとしたら、もっとそのことを主張していただろ」
いきなり、振り向きざまに言われた言葉に戸惑うが、母親は息子に答えを期待していたわけではなかったらしい。ただ、そうよねとつぶやくだけで、そのまま部屋から出ていった。
母親の手にはスマホが握られていない。お盆を持った手を見つめ、紫陽は安堵した。




