5話 ボス戦(導入)
タイトルどおりです、ここからボス戦話始めます。
武装した人型エネミーが闊歩するフィールド。
周囲は荒廃したフィールドで、中東の紛争地帯をイメージしたものとなっている。
茶褐色の土に、廃墟と化した建造物がところどころに並ぶ景色は、どこか物寂しさと渇きを連想させる。
「ふっ!」
そんな中、一人のプレイヤーが一撃のもと、自動小銃を持つ人型エネミーを消し去る。
右のボディ、たった一撃だった。
後ろから電磁警棒を振りかざした敵が迫る―――――刹那、プレイヤーである龍が振り返り、身体を真半身にしただけで空振りさせる。
「しっ!」
真半身の姿勢から放たれる右の上段蹴り。
敵のヘルメットで守られた頭部が消し飛び、再び一撃で済ませてしまった。
すると、龍の後頭部に赤い光が当てられる。
レーザーポインタの不吉な光、しかし、その危機感を察知した龍は振り返り、同時に放たれた弾丸を〝確認〟する。
薬莢から開放された鉄の塊が音速で迫る中、龍の視界は、まるでそれを当たり前のように捉えていた。
瞬間、龍の右頬を掠め軽いダメージを与える。
必中だった筈の弾丸が、軽く首を傾げただけで避けられた相手は、再び物陰に隠れる。
(う、うそだろ……あれ避けるのかよ)
廃車となり錆付いた乗用車の裏で、敵に紛れてPKを狙っていたプレイヤーは驚愕した。
フィールドに合わせた茶褐色の迷彩服に、M4カービンも茶褐色に着色した典型的なミリタリースタイルのプレイヤー。
確実に頭部を撃ち抜けると思っていたのだが、まさか察知され、尚且つ避けられるとは思ってなかった男性プレイヤーは、一先ず落ち着くために深呼吸を一回入れる。
再び物陰から相手を覗けば、黒いTシャツと青いジーパンのプレイヤーは、こちらから視線を外さずに仁王立ちしていた。
(舐めてるのか……いや、あれを避けたんだ)
龍にじっと見つめられた男は、若干の焦りを浮かべた表情のまま彼にライフルを発砲する。
M4カービンから放たれた弾丸は、連射による反動のせいで龍の身体へとバラバラに迫っていく。
セミオートによる3発……それを龍は、ただ横にステップしただけで避けてしまう。
(……まじかよ、どんな動体視力と運動能力してんだ。普通、見えるものでもないし反応して動けるものでもねえんだぞ)
信じられないとばかりにM4カービンをフルオートに切り替え、龍へと硝煙と薬莢を撒き散らしながら連射する。
その悉くが避けられ、更には弾切れ寸前になるころには前進しながら回避してみせていた。
派手な挙動はなく、ただ横にずれたりダッキングしたりといった、最低限の動きで避ける姿に男は混乱する……しかし、いずれは集中力の限界が来ると踏んだ男は、弾切れを起こしたM4カービンのマガジンを落とし、リロードしようとした。
レッグバッグからマガジンを取り出し、素早くリロードしようとする男。
刹那、龍が動き出す。
砂塵を巻き上げ、つま先から全ての筋肉を総動員した100のスタート。
0から瞬時に100へとスピードが加速した龍は、男が廃車の物陰でリロードを完了したころには、廃車を挟んだ位置にまで接近を果たしていた。
「マジかよ!」
龍のレベルは未だ12、特殊なスキルを得るにはまだ早すぎるレベル帯。
つまり、龍はスキルを使用せずに、脳に記憶された自身の動きだけでこれをやってのけたのだ。
そんな相手を敵に回してしまった男は、それを理解しているために焦燥を更に激しくする。
再使用に10秒かかる後方ジャンプを使用し、遮蔽物として使っていた廃車から10m離れ、M4カービンを構える。
(くそ! 低レベルの初心者だと思ったら!)
スキルを使用したとしても、龍の追従は止まらない。
廃車を飛び越え、最大の隙となる着地による停止を最小限にし、低い姿勢で突貫してきたのだ。
これにフルオートで弾幕を面に散らす男。
選択は実に堅実だったが……相手が規格外だった。
男がフルオートによる弾幕を張ろうとも、龍は既にそこにはおらず、ステップをきって右斜めで前進。
掠る程度の弾丸は無視し、最小限の動きで一切の直撃なく男へと接近を果たした龍は、M4カービンの銃身を左前腕で上方に跳ね上げると、そのまま飛び上がって右の飛び膝蹴りを相手に叩き込む。
顎どころか首ごと砕かれたような衝撃、されどダメージ表記は男が持つHPの3分の2を削る程度だった。
レベル差によるダメージ軽減が働いたことに気づいた男だったが、次の瞬間には飛び上がった勢いのまま滞空する龍が、右肘を男の跳ね上がった頭部に打ち下ろした。
杭が打ち込まれたように男が被っていたヘルメットを陥没させる右肘。
これにより男のHPはレッドゾーンに入り、あと一撃で沈む状態となっていた。
「あ……やばい」
衝撃によって地面に倒れ付した男がすぐさま起き上がろうとするが、大ダメージによる状態異常が適応されていることに気づく。
HEOは非常にリアルなゲームではあるが、あまりにもリアルな怪我を再現してしまうと現実にも影響を及ぼしてしまう可能性がある――――それだけ、人間の脳は高性能であり、こういった直接脳波で動かすVRゲームでは、度々仮想の怪我だったとしても脳が勘違いしてしまい、現実にも同じような影響を及ぼしてしまう事故が起きていた。
故に、そこだけは状態異常として付与することとなっており、今の男は頭部外傷による重度の行動ペナルティが付与されていた。
身じろぎは出来るが、ただ地べたで這い蹲ることしかできない男。
まずい……男は自身の未来を察知すると同時に、その視界をブラックアウトさせられた。
☆
PK目的のプレイヤーも倒し、レベル差ボーナスによる大量の経験値を得た龍は、自身のレベルが上がったことを確認する。
レベル14……まだまだ初心者を脱せない数字ではあるが、今倒した相手が34レベルだったために、そのリアルから反映されている戦闘力は計り知れない。
砂塵舞う荒野で、その背中を眺めていたメイドは、決して人には見せてはいけない暗い笑みを浮かべていた。
(こりゃ本当に掘り出し物やでぇ……姫ちゃん活動やりすぎたせいで前のチームを追い出されてから早3ヶ月。ついに私の立場を復活させるピースが現れたのよ!)
クラシカルなメイド服に、栗色のショートボブが可愛らしい女性キャラクターは、戦闘を終えたばかりの龍へと歩み寄る。
先ほどまでは認識阻害のスキルを使用して、不可視化していたために戦闘には参加せず、観察を決め込んでいたのだ……ちなみに、このスキルを使用している間は攻撃や走ることができず、ましてや喋ることも出来ないため、ただゆっくりと相手に近寄るだけのスキルで、初撃による奇襲や偵察以外で使うことはあまりない。
稀に、盗撮目的で使用し、撮影すると同時に離脱する特殊なプレイヤーもいるのだが、今は割愛する。
「ドラゴ君、どんどん慣れてくね~」
「そっすね。意外に馴染む感じがします」
声をかけられ振り向いた龍……キャラクター名はドラゴ。
彼は近づいてきたメイドに、特に関心した様子もなく答えた。
「リアルで動くときに近いのは分かりましたが、リアルならあの右膝で終わってる筈なんですよね」
「まあねえ……すごい痛そうだものねえ」
「まあ、いいっすけど」
今しがたPKされ返されてしまった相手を思い、若干苦笑いを浮かべるメイド。
「とりま、今日はこの辺ですかね。明日ちょっと用事あるんで」
「そだね、次インするときはボスにでも挑んでみようか?」
ゲーム内の時計を見れば、既に深夜2時を回っており、大学生や一部の無敵な大人たちを除いて、そろそろ明日のことを気にする時間だ。
故に、龍はここでゲームを切り上げることにした。
そんな彼に、可愛らしく尋ねるメイド。
これに龍は、ログアウトのためのディスプレイを開きながら答えた。
「ミクさんがいいなら、それで。今はゲームできますけど、あと1週間ちょっとでまた忙しくなるんで」
「そうなんだ。じゃあ、それまではサポートするよ」
「ありがとうございます」
手を後ろに組んで、上目遣いで龍を見上げてくるメイド――――プレイヤー名をミク。
彼女に御礼をいうと、龍はそのままログアウトする。
アバターであるドラゴが消えると、途端に寂しくなる荒野の風景。
荒廃したフィールドにぽつりと残されたミクは、空間投影ディスプレイを開いてあるチームメイトに連絡を取る。
『ジャックちゃ~ん。いま大丈夫?』
わざとらしいまでの猫なで声で呼ばれたプレイヤーは、一切の遅延なく答えた。
『はいは~い。全然暇だよ~』
通信であるために、プレイヤー間にしか聞こえない音声。
VRゴーグルに備わっているヘッドホン越しの声ではあったが、サブカル男子が好みそうなアニメ声がミクに届いた。
『いま、前にいった新人さんと遊んでたんだけどさ~。そろそろボスで試してみたいんだあ。だから次はジャックも一緒に来る? 無理そうならマリアでもいいや』
『う~ん、直近なら明後日いけるよ。明日は生配信なんだ』
『……それでいこう、生配信、それだ』
『え?』
通信越しではあるが、緑髪の中世的なアバターが明らかな動揺を見せた。
何かを閃いたミクが、不適な笑みを浮かべながら話を続ける……そこからは、ジャックにとっては脅しに近い、いやむしろ洗脳に近い出演交渉が始まったのだった。
☆
今日は土曜日。
昨日は高校生が補導される限界まで楓に美優と遊び、帰宅後やることもないためHEOをしていた龍は、OFFとはいえ欠かさない自宅の高層マンションで行う階段ダッシュと、1階にあるジムでのウエイトトレーニングを終える。
シャワーを浴びて、試合後の爆食いはもう切り上げたため脂質少な目の食事を摂り、今はリビングにあるソファでゆっくりしているところだった。
一人暮らしには広すぎる部屋……この高層マンションは構造上1階単位でしか購入できないため、実質普通の一軒やよりも㎡数が大きく、いま龍のいるリビングですらDJ付きのホームパーティーが開けそうなぐらいに広かった。
故に、龍は常にもの寂しさを感じていたのだが、ここに誰かを招いたことは家族以外に誰一人としていない。
そもそも親に与えられた物件で、龍自体はそこまで気に入っていなかった。
裏話として、彼の妹が一枚かんでいるのだが、それはまた別の話。
つまらなそうに、龍はリビングのソファに腰掛けTVを眺める。
(……暇だ)
日課のトレーニングは9時に切り上げ、朝飯も済ませ、そろそろ昼食の準備をしなくてはいけない時間帯。
しかし、あまりの暇さ加減に、龍は気怠るげに時間を持て余していた。
(こんなことなら、楓らと遊んでもよかったかもな)
昨日の夜、流石に22時を回ったので彼女たちをタクシーで帰した龍は、そんな生産性の無いことを考え始めた。
龍はそこまでアクティブな人間ではない……どちらかと言えば、トレーニングや練習をする以外に何かをしたいと思う事が少ない。
そんな若者が、気になっている委員長の落し物がきっかけで一昨日からオンラインゲームを始めたのだ――――ある意味で、偶然が重なった奇跡なのだろう。
実際、既に龍の頭にはHEOは浮かんでこない……暇つぶしであるゲームが真っ先に浮かばない辺り、そういう人間なのだ。
しかし、思い人……いや、まだかもしれない相手である委員長のことは浮かんだようで。
(そういやあ、委員長の連絡先知ってるんだよなあ……暇だしかけてみるか)
思い立てば早く、龍は目の前のテーブルに置いていた携帯を取り出す。
だが何から話し出せばいいのか……。
(月曜の学校……だめだな。遊びの誘い……流石にそこまで仲良くないしな。ああ、そういえば)
龍の視線が、隣の部屋である寝室へと向けられる。
そこにはベッドと、委員長から教わりHEOがインストールされたPCと、専用VRゴーグルがある。
これだ……これがあった。
(HEOの話題ならいけるか……よし)
すぐさま龍はコミュニケーションアプリを開き、委員長へと無料通話をかける。
実際、昨日の深夜もプレイし、段々と慣れてきたところがあり、今ならある程度会話もなりたつだろうと考えての事だ。
暫く彼女が取るのを待っていると、7コール程度で繋がった。
『は、はい! 霧島です……ど、どうしたの? 鬼塚君』
「ああ委員長? ちょっと暇でさ、HEOを教えて欲しいと思ってかけたんだけど大丈夫だった?」
どこかぎこちない委員長……霧島は、龍からの誘いに落ち着きを取り戻してから答えた。
『えっと、うん。いま勉強終わったところだから』
「勉強? 委員長、土曜の朝から勉強してんの?」
『うん、予定もなかったし……』
「真面目だなあ……ってことは、いま暇なん?」
『……そうなるかな』
何かを察したような霧島の声音。
次に龍から出された提案は、彼女の予想通りのものだった。
「じゃあさ、一緒にHEOやってみない? 一昨日14レベルまで進んだんだわ」
その誘いに、霧島は一瞬迷いを見せる。
電話越しには分からない間……その間に隠された霧島の迷いは龍にも分からない。
迷いつつも何か思い浮かんだのか、霧島が努めて明るく答えた。
『……うん、なら今からインするから、集合場所教えて』
「ああ、とりまノービス?ってところの真ん中辺りで待ってるわ」
『というと、中央のオブジェで集合ね。よろしく』
「よろしく。じゃあ切るわ」
『うん、じゃあHEOで』
「よろしく~」
龍は無料通話を閉じる「よし」と小さく拳を握って喜びを表すと、そのまま寝室のほうへと向かった。
どこか軽い足取りのまま、PCをつけHEOを起動させる。
VRゴーグルを頭につけるが、まだディスプレイ起動しておらず黒いままだ。
龍は感覚だけでベッドへと向かい、HEOプレイのために横になる。
そしてVRゴーグルのメインスイッチを押すと、初期画面を数秒表示させたかと思えば、次の瞬間にはHEOにログインしていた。
FF14の高難易度は社会人にはつらいんや。