11.初魔法は漬物石
モモコは、正直言って、震えが止まらなかった。
だが、アンベールを守りたい一心で拳を固く握りしめ、勇気を奮い立たせる。
(あのステイタス画面を思い出せ!
自分は、あり得ないほどの数の魔法を扱えるではないか!
普通は、一つないし二つの属性の魔法しか使えないのに!)
そう思う一方で、アルバンから魔法の使い方を教わっていないことに気づいた。
血の気が四肢から引いていく。こうなると、悪い結果しか頭に思い浮かばない。
また震えが始まった。
山賊どもは、冷たく光る短剣を突き出して、ジリジリと迫ってくる。
「えい、ままよ、あとは野となれ山となれ!」
モモコは、両手を高く上げた。
「出でよ! この場にふさわしい物!」
思わず口から出た、苦し紛れの詠唱もどき。
すると、男たちの3メートルほど上空に、頭より二回りも大きな丸い漬物石が現れた。
それらは音もなく落下し、次々と彼らの脳天に激突して鈍い音を発し、ずしりと地面に転がった。
三人とも、白目をむいて、滑稽な格好で倒れ込んでいく。
「さあ、逃げるんだ!」
モモコはアンベールの腕をつかみ、脱兎のごとく、森に向かって駆け出した。その後ろを、エスカが追う。
奴らが追いかけてくるのでは、という気持ちが尻に火をつける。
目は前を向いていても、耳は後ろの方を向いているような気がする。
本当に、髪の毛が後ろへ引っ張られるような気持ちになってきた。
それが、ますます恐怖心を煽るのだ。
二人は、灌木の中を掻き分けて入っていく。
道らしい道が見つからなかったという理由もあるが、この方が探されにくいだろうという読みもあった。
だが、入れば入るほど、薄暗くなっていく。これでは、ますます、心細くなる。
木々の幹や枝は苔むしていて、辺りは緑の匂いに満ちていた。
落ち葉がクッションのように、ふかふかする。
しばらく先を進んでいくと、数本の太い木が倒れている場所が見えてきた。木の太さは1メートル以上あるので、しゃがめば隠れられそうだ。
モモコは、その木の裏側に隠れてしゃがんだ。アンベールもエスカも、彼女に従った。
彼らは、倒木にもたれて荒い息づかいを急いで落ち着かせ、足音が近づいてこないか耳を澄ます。
森の奥に入ったので、あまり風が通らないらしく、自分たちの呼吸音以外は聞こえてこなかった。
やっと息を整えたモモコは、小声でアンベールを気遣う。
「引っ張り回してごめん」
「ううん、大丈夫」
「怪我していない?」
「平気」
「ここまで来れば、大丈夫だよな」
モモコは、ニヤッと声を立てずに笑った。つられて、アンベールも微笑んだ。
と、その時、
「あら、そうかしら?」
二人が背にする倒木の後ろから、女性の低い声が聞こえてきた。
モモコは、素速く木の方へ向き直り、そっと頭を上げた。
すると、倒木を挟んで、反対側から黒髪の頭が持ち上がってきた。




