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勇者育成  作者:    
5/29

5  いつの間にやら歯が立ちません

 カン、カン、カンっという金属がぶつかり合う鋭い音と共に手にビリっとした痺れがくる。


 「くっ!」


 圧されていると感じたエイミーは咄嗟に間合いをとって後ろに下がったが、クリンはすかさずその間合いを一気に詰めた。次の瞬間、カランカランと音を立ててエイミーの練習用の剣が床に転がり、ナオリオ先生が「そこまで。」と2人を制止した。勢い余って後ろに尻もちをついたエイミーにクリンは手を差し出した。


 「もう私じゃ相手にならないわね。」


 エイミーがクリンの手を握ると強く握り返されてぐいっと引き上げられる。いつの間にか力もかなり強くなってるようで、エイミーの体重が片腕にかかってもクリンはほとんどよろめかなかった。


 「そんなことない。エイミーもかなり強いよ。」


 「それ、毎回負かしてる相手に言う?」


 「エイミーは女の子だから。」


 クリンはスカイブルーの瞳を優しく細めてエイミーを見つめた。エイミーとしては、勇者に育て上げようとしている相手が強くなるのはとても嬉しいことなのだが、毎回毎回負かされていてなんとなく面白くない。まだ9歳なのに、既に全く歯が立たない。せめて魔法では絶対に勝ってやるとエイミーは心に誓った。

 エイミーとクリンが家庭教師を付けて貰って『勉強と剣と魔法の特訓』を始めてから、既に2年近くが経過していた。最初は泣き虫だったクリンは1年経つ頃には全く泣かなくなり、半年ほど前からはエイミーでは剣の相手にならなくなった。

 と言うのも、とあるときに手合わせ中にクリンの動きが不自然だったので、エイミーはクリンが手加減しているのでは無いかと気付いてしまったのだ。そのとき、エイミーはクリンに対してこれまでに無いほどに激怒した。次にやったら二度と口も聞かない、絶交だ、とも言った。そして、それ以来エイミーはクリンに負けっぱなしなのである。


 「2人とも凄く上達してるわ。特にクリンはかなり筋がいいわね。将来が楽しみだわ。」


 ナオリオ先生のお褒めの言葉を聞き、エイミーはナオリオ先生の方を向いて先生を見上げた。ナオリオ先生は教え子達の成長に満足そうに微笑んでいる。


 「ナオリオ先生。クリンは国立カナガン教育学校に入学してもトップレベルかしら?」


 「国立カナガン教育学校?あそこに入りたいの??まぁ、新入生の段階なら間違いなく上位層には入ると思うわ。」

 

 ナオリオ先生が顎に指をあてて考えるように言った言葉をきいてエイミーは満足げに頷いた。

 国立カナガン教育学校とは、この国の国立教育学校の中でも最高教育機関であり、10歳から15歳の子ども達が通う。入学後のカリキュラムはいくつかの分野に別れており、例えば魔術学科や騎士学科、政治学科、家政学科など多彩な分野がある。実は、エイミーが前世で執筆した小説によれば、勇者クリンドールは国立カナガン教育学校の騎士学科を首席で修了して王国騎士団に入隊したことになっていた。すなわち、クリン勇者計画を目論んでいるエイミーとしては目の前のクリンもなんとしてでも国立カナガン教育学校に入学させる必要がある。


 「私、国立カナガン教育学校に行きたいの。クリンも一緒に入学しましょうよ。クリンと行きたいの。」

 

 「国立カナガン教育学校に?あそこって確か凄く難しいんじゃ?」


 クリンは現在クリンとエイミーが練習に使っている刃を潰した練習用の剣を拾いあげてエイミーに手渡そうと手を伸ばしながらも、困惑顔で首を傾げた。国立カナガン教育学校は国立だけに学費は格安だが、難易度は国立学校の中でもずば抜けて高い。10歳で入学するので、エイミーとクリンは半年後には入学試験を受ける必要がある。


 「クリンなら大丈夫よ。だって、私達凄く頑張って勉強と剣と魔法の特訓をしてきたわ。一緒に試験受けに行きましょ?私、合格できるように頑張るからクリンも頑張ってよ。私、クリンと一緒に通いたい!」


 エイミーは剣を握るクリンの手ごと両手で包み込むと、真剣な眼差しでクリンを見つめた。まっすぐにクリンのスカイブルーの瞳を見つめていると、段々とクリンの頬があからんでくる。


 「判ったよ。エイミーがそんなに言うなら僕も受けるよ。」


 「本当に?約束よ?やったわ!クリン、大好きよ!!」


 「だ、だいすき!?」


 「ええ。さすがはヒーローだわ。」


 クリンの返事にすっかり気をよくしたエイミーは、首まで真っ赤になったクリンが小声で「僕もエイミーが好きだ。」と呟いた声には気付くことは無かった。

 国立カナガン教育学校の入学試験は共通科目の筆記試験に各専攻ごとの実技試験がある。クリンは騎士学科、エイミーは魔術学科を目指そうと約束しあった。

 一日のレッスンが終わると2人はいつも仲良く近所の子ども達の所に遊びに行くのがこの1年位の日課だった。なんと、最近はあのガキ大将のヌーブルとも毎日のように遊んでいる。ヌーブルは元々体格が良いことからガキ大将的な存在だったが、11歳になった今はまわりの子ども達も段々と背が伸びてきて、今ではそんなにいばり散らすこともなくなったし、クリンを苛めることも無くなった。


 「ヌーブル!」


 「エイミー、クリンドール!今から鬼ごっこやるんだけど入るか?」


 「やるやる!入れて。」


 昼下がりの空き地に近所の子ども達の歓声が響き渡った。エイミーは負けず嫌いなので鬼ごっこだって本気でやるのだ。じゃんけんで負けたときはもちろん全員を速攻でタッチして捕まえていった。クリンを除いて。


 「あー、今日も楽しかった!クリンは足も速くなってきたから最近追いつけなくて悔しいな。」


 「エイミーのスパルタ教育押し付け効果だね。」


 「効果抜群でスパルタ教育の押し付け甲斐があるわ。」


 クリンはエイミーの言葉を聞いて、隣でククッと楽しそうに笑った。

 

 「あ、そうだ。エイミー、これあげる。」


 クリンはエイミーの手を取るとそっと自分の手を重ねた。クリンが手をはずすと、エイミーのてのひらには小さな石が一つ。サイズにして1.5ミリ程度でキラキラッと耀いていた。


 「わぁ、だいぶ大きいの作れるようになったのね。綺麗!!この石って、婚約記念に贈ったりするんでしょ?私が貰っていいの??」


 「いいよ。僕、婚約記念には親指の爪より大っきいのをあげるんだ。」


 「えぇ!?貴族様みたいね。」


 けらけらと笑うエイミーの横でクリンも楽しそうに笑った。エイミーは部屋に戻るとガラスの小物入れにクリンから貰った小さな石をそっと仕舞う。ガラスの小物入れの底にはクリンから貰った小石がだいぶ貯まってきて、部屋の灯りを反射してキラキラと綺麗に耀いていた。


 


  

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