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勇者育成  作者:    
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4 魔術のお勉強です

 いつの間にかこっくりこっくりと舟をこぎそうになって、エイミーはハッとして姿勢を正すと自分で自分のほっぺたをぎゅっとつねった。ただ今、エイミーとクリンは魔法の授業中である。

 この魔法の授業、エイミーの想像していたものとだいぶ違った。エイミーは授業初日からさっそく魔法を習う気満々だったのに、先生の話すことといったら、『魔術の歴史』だとか、『偉大な魔術師達』だとか、魔法とは一切関係ない事ばかり。

 なので、父親のルートルに「魔術師になる!」だなんて、大口を叩いたエイミーだったが、魔法の授業は毎回毎回はげしい睡魔との闘いだった。チラリと横を窺うと、クリンは背筋をピシッと伸ばして先生の授業を真面目に聞いていた。

 クリンは泣き虫だけど、澄ましているととても綺麗な男の子だ。母親譲りの繊細な顔の作りはどのパーツも形が良く、サラサラしたプラチナの髪の隙間から見える大きなブルーの瞳は優しい印象を与える。


 「さて、今日はごく簡単な詠唱魔法の練習をしてみましょう。」


 すっかり授業に飽きてエイミーは魔術師のサチル先生の言葉を聞いてがばっと顔を上げた。詠唱魔法!それぞエイミーが望んでいた魔術の授業だ。


 「なんの魔法を?」


 「ミス・エイミー。私の話は聞いていたかしら?」


 サチル先生にジロリと睨まれてエイミーは肩を竦めて見せた。はっきり言って、全く聞いていなかった。サチル先生は初老の女性だが、昔は妖艶なる偉大な女性魔術師として名を馳せていたそうだ。実力は確かなのだが、その分厳しくてエイミーはちょっぴり苦手だった。


 「エイミー。物質集約の魔法だよ。」


 クリンが横からエイミーに小声で助け船を出してくれたので、エイミーは「物質集約の魔法です。」と澄まして答えた。クリンが助け船を出したのに気付いていたサチル先生はハァっとため息をつくと、「では始めますよ。」と分厚い教科書をテーブルに置いた。

 少し経ってから勉強し直してエイミーも判ったのだが、この世界の魔法とは全て周囲にある物質を変化させることにより効果を現す。例えば、氷の魔法なら周囲の水蒸気を集約、急冷させる事によっておこるし、雷の魔法は上空の空気と対象地点に強制的に電位差を生じさせる事によって落ちる。逆にいうと、この世界では物質を無視するような転移魔法や時間を司るような魔法は存在しない。

 そして、この魔法を習得する入り口となるのは自分の周囲の物質を集約し、固形化する物質集約というものだった。魔法の初心者は皆この物質集約をマスターしてからで無いと本格的な魔法には入れない。


 エイミーはサチル先生に言われたとおり、「物質集約」と詠唱して意識を手許に集中させた。しかし、暫く待っても何もおこらなかった。


 「ミス・エイミー、集中力が足りていませんよ。もっと意識を集中させて。」


 サチル先生が横に立ってエイミーをじっと見守る中、エイミーはもう一度手許に意識を集中させた。


 「物質集約」


 詠唱の直後、掌がぽわんと光って何かが触れるような僅かな感覚があった。掌を見ると、一滴の水の雫が垂れていた。


 「水蒸気が集約して水になったのね。初めてにしては上出来です。」


 サチル先生がいつも一文字に結んだ皺のある口の端を少しだけあげたのをみて、エイミーはとっても嬉しくなった。そのままクリンに目を向けると、クリンもこっちを見て嬉しそうに笑っていた。


 「エイミー、よかったね!」


 「ええ。クリンは?」


 「僕はこれ。」


 クリンの手には小さな小さな石が乗っかっていた。胡麻をさらに半分にしたくらいのサイズのそれは、やや黄ばんだ透明で明かりにあたるとキラキラッと光った。


 「あら、これはダイヤかしらね。」


 サチル先生がクリンの手を覗き込んだ。サチル先生によると、空気中にはダイヤの元になる物質が別の形になって漂っているのだそうだ。ダイヤ!エイミーの前世の記憶では確か高級な宝石だったはずだ。


 「凄いクリン!」


 ものすごく小さいけど、クリンの手の中にあるそれはとても綺麗だった。光を反射して虹色に光る。


 「すごくきれいね。」


 見ているエイミーの顔に自然と笑みが浮かんだ。こんな自分も一応は女の子の端くれ。綺麗な宝石にはやっぱり心がときめく。


 「はい。エイミーにあげる。」


 「いいの?」


 「うん、いいよ。」


 クリンはその小さな小さな石をエイミーの手にそっと乗せた。エイミーのてのひらでキラキラッと光る。


 「僕、魔法も頑張るね。エイミーに喜んで欲しいから、もっと大きな石が出せるように頑張る。」


 クリンは綺麗な顔に満面に笑みを浮かべてそう言った。エイミーはその小さな小さな石を無くさないように紙に包み、授業が終わると大切にぽっけに仕舞って自室に戻った。


 記憶を頼りに自室のクローゼットを漁ると、エイミーの目的のものはすぐに見つかった。探していた外国のガラス工芸の小物入れは昔、お父さまがプレゼントしてくれたのに割ってしまいそうで怖くて箱に入れたまましまい込んでいたものだ。

 エイミーはその小物入れを箱から出すと、先ほどクリンから貰った小さな小さな石を中に大切にしまった。お椀サイズの小物入れにその石は物凄く小さく感じるけれど、エイミーはとっても満足だった。そしてエイミーはその小物入れをサイドボードにそっと飾った。

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