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勇者育成  作者:    
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3 勇敢と無謀は違います

 エイミーはクリンドールをうまく巻き込んで勉強と剣と魔術の特訓を始めた。お勉強はお兄さまの後の時間に家庭教師の先生についでに教えて貰うし、剣と魔術は自分達のために家庭教師の先生に来てもらっている。お兄さまも剣と魔術に興味があったみたいで、時々一緒に教えて貰っていた。

  

 今日は剣術の先生がいらしている。エイミーとクリンは2人並んで仲良く先生の講義を受けた。丁寧に剣の持ち方から教えてくださる先生は、女性ながらも元王国騎士団員だったナオリオ先生。お子さんを出産して騎士の職を辞したあともかなりの腕前だし、小さな子供がいるから子供の扱いにも慣れているということで父親のルートルが連れてきた先生だ。

 練習に使うのはまだ力が弱い2人に合わせてカスタマイズされた特製の木剣だが、それでもエイミーとクリンにはかなり重く感じた。もう何回目かのレッスンだというのに、エイミーの10歳の兄、コフルがいとも簡単に木剣を振る横でエイミーとクリンはぷるぷると腕を震わせながらなんとか見よう見まねでそれらしい形をやってるだけという状態だった。2時間のレッスンが終わった後、エイミーは不満げに口を尖らせた。


 「クリン!おかし休憩を挟んだら特訓を再開するわよ!」


 「えー、まだやるの?僕疲れたよ。」


 「何言ってるのよ。クリンは騎士様になるんだから、強くならないと大切な人やものが守れないでしょ?」


 「そもそも、僕が騎士様なんて無理だと思うんだけど・・・」


 「無理じゃ無い!」


 こうしてエイミーは渋るクリンを引きずって近所の空き地に行った。2人でただひたすら素振りの練習をする。ヒュン、ヒュン、という空気を斬る音が小鳥のさえずりや馬の鳴き声に混じって耳に届く。エイミーはなんだかその音が自分の目標に一歩一歩近付いている音に聞こえて心地良かった。

 その時、ふいに「おいっ!」という声がした。エイミーが素振りをやめて声の方向を見ると近所の悪ガキ連中がニヤニヤしてこちらを見ていた。


 「ごきげんよう、ヌーブル。なにか用かしら?」


 エイミーは悪ガキ連中の中心人物であるヌーブルに挨拶をした。ヌーブルは遠縁に貴族がいるとかでいつも威張り散らして近所のガキ大将的な存在で、エイミーとクリンより2つ年上の9歳だ。9歳にしては体格が良く、喧嘩も強いのでこの辺りの小さな子供はみんなヌーブルの下僕になっていた。エイミーから言わせれば『貴族の遠縁』なんて、なんとも嘘くさい話だ。いったい何処の貴族の方なのか名指しで教えて欲しいものだと思った。


 「弱虫クリンドールが剣のまねごとなんてしてるから、ついつい声をかけちまったのさ。おい、クリンドール。それ良さそうな木剣だな。俺に寄こせよ。」


 エイミーがチラッと名指しされたクリンを見ると、怯えて既にぶるぶると震えていた。早くも目に涙が浮かんできている。エイミーは内心でチッと舌打ちした。


 「ごめんなさい、ヌーブル。この木剣はナオリオ先生からお借りしている大事なものだから貸せないわ。」


 「なんだよ。少し位いいだろ!?」


 ヌーブルはクリンの代わりにエイミーに近付いてその木剣を無理矢理奪い取ろうとした。「やめてよっ!」とエイミーも必死で応戦する。その時、エイミーは視界の端にクリンが震えながら木剣を振り上げるのを見て「駄目っ!!」と叫んでヌーブルに覆い被さった。それと共に背中に激痛が走る。


 「え?俺はやってないぞ。クリンドールがやったんだからな!俺達は関係ないからな!」


 地面に倒れたエイミーを見て根は小心者のヌーブルは酷く狼狽え、捨て台詞を吐くと子分の男の子2人を連れて走り去っていった。


 「いったーい。」


 「エイミー!エイミー!ごめんなさい。僕・・・」


 地面に這いつくばって背中を擦るエイミーにクリンは縋り付いた。木剣とは言え、思い切り振り下ろされたそれがしっかりと当たったエイミーの背中は鋭い痛みが走った。


 「エイミー、死なないで!」


 「これくらいじゃ死なないわよ。勝手に殺さないでくれる?」


 這いつくばりながらも顔を上げたエイミーがクリンを睨み付けると、クリンはぱっと顔を明るくした。


 「エイミー!よかった!ごめんなさい、エイミーに当てるつもりじゃなかったんだ。」


 「知ってるわ。」


 エイミーは痛む背中を擦りながら起き上がって地面に座った。腫れ上がった部分が熱を持ってジンジンした。


 「ねえ、クリン。そこに座って。」


 「うん。」


 エイミーがクリンに座るように促すと、クリンは大人しくそれに従った。背中の傷が腫れているのを襟ぐりから見て見る見るうちに顔がまた青ざめてきている。


 「クリン、さっきは私を助けてくれようとしたんでしょ?ありがとう。」


 「でも、逆にエイミーにけがをさせた。」


 「そうね。ねえ、クリン。あの時に木剣がヌーブルに当たってならどうなったと思う?ヌーブルは私よりずっと強いし、仲間も2人連れていたし、きっと私達2人とも袋叩きにあってあげくの果てに木剣も盗られたと思うわ。」


 クリンは大きな瞳を更に大きく見開くと、目に涙をたっぷりと浮かべた。そして、それを隠すように腕の袖口でごしごしと顔を擦った。


 「クリンの行動は凄く勇気がいることだったと思うわよ。でも、勇敢と無謀って表裏一体だと思わない?私を置いて、大人を呼びに行ってもよかったのよ?」


 「・・・うん。エイミーは同じ歳なのに、しっかりしてて僕より年上みたい。ねえ、なんで僕の将来が騎士なの?」


 『同じ歳なのに年上みたい』と言われても、実際見た目は7歳でも前世の25歳まで生きた記憶があるのだから仕方が無い。エイミーは答える代わりにいつも歩くときのようにクリンの手を握った。


 「クリンは私にとって、特別なの。クリンはやれば出来る子なのよ。私は知ってるんだから。」


 そう、エイミーにとってクリンドールは特別な存在。なにしろ、かつて執筆した自作小説のヒーローだ。やれば出来る子と言うか、クリンにはなんとしてでもやって貰わないと困る。 

 一方、クリンはエイミーの言葉を聞いて大きく目を見開いた後に顔を赤く染め俯いた。


 「僕、強くなりたいな。エイミーをヌーブルから護れるくらい強くなりたい。」


 「ふふっ。きっとすぐだわ。」


 空き地に心地よい風が吹き、2人の髪をサラサラと揺らした。ジンジンしていた背中はいつの間にか殆ど痛みが無くなっていた。

 

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