1 自作ライトノベルに転生しました
王都にが凱旋した勇者クリンドールは人々の大声援に迎えられた。王宮に向かう道の両脇に押し寄せる人々はクリンドール一行に手を振り、歓声をあげ、あたりに花びらの吹雪が舞った。クリンドールは銀色の輝く髪を靡かせ、その凛々しくも美しい顔に微笑みを浮かべる。
勇者はこの国を滅ぼそうとしている魔物の退治の旅にでた。そして、その任務に見事に成功し、見事世界を救ったのだ。ミズノン王国の国王は王宮の謁見室で勇者を歓迎した。クリンドールは片膝をつき胸に手を当てる騎士の姿勢で国王に礼をとった。
「よくやってくれた。我らの勇者、クリンドール・マクラーレン殿。この度の褒章にそなたには王室の持つ領地の一部及びこの国の騎士隊長の地位を授けよう。これからも余の片腕として力となって欲しい。他に何か望むものはあるか?」
「はっ。有難き幸せに御座います。誠に恐れながら、今回の旅で私を支え続けてくれた女神との婚姻を望みます。」
「ほう。お主の女神とは?」
「どうか、聖女アリサ殿を私の妻にする事をお許し下さい。」
クリンドールの言葉に聖女アリサは思わず立ち上がった。クリンドールが自分を望んでくれるなんて信じられない。平凡な女子高生でしかなかった自分が聖女として任務をまっとうできたのは全てクリンドールの助けがあったからこそだ。
「クリンドール・・・。わたし、嬉しい。」
大きな瞳に感激の涙を浮かべたアリサは王前であることも忘れてクリンドールに駆け寄った。クリンドールは聖女アリサを愛おしげに見つめる。ミズノン国王はそんな二人をやれやれと言った目で温かく見守った。
「よいだろう。聖女アリサと勇者クリンドールの婚姻を認めよう。式は半年後、王宮にて執り行う。国を挙げて祝福しよう。」
国王の許可の声に、謁見室で見守る側近や旅の仲間、衛兵達からも歓声と拍手が湧き上がった。国王陛下を見上げたクリンドールは形の良い口の両端を上げた。
「有難き幸せにございます。」
数か月後、黒地に金刺繍の施された騎士の正装姿の勇者クリンドールと白いウエディングドレス姿の聖女アリサの姿に国民は大熱狂した。王宮のテラスから並んで手を振る二人のシルエットがゆっくりと近づき、その唇が重なる。顔を離した後も仲むつまじげに見つめ合い微笑み合う二人の姿は幸せそのものだった。
そして、ミズノン王国は平和を取り戻し、皆は末永く幸せに暮らしたのだった。
めでたし、めでたし。
ー the end ー
明菜は最後の一字を打ち込むと上書き保存のボタンをクリックした。印刷ボタンを押すと、先ほどまでカタカタと音を立てていたパソコンの代わりにウィーン、ガッチャン、ウィーン、ガッチャンというインクジェットプリンターの音が6畳ほどの小さな部屋に響き渡る。結構な時間をかけて印刷し終えたそれはまだ熱を持っていて温かった。
「やっとできたー。今度こそ文句なしの出来でしょ。」
トントンと印刷した紙を机の上で揃えて、明菜はそれを大切に封筒にしまった。ライトノベル作家を目指して自作の小説を出版社に持ち込むこと数十回、未だに明菜の小説は担当者のお眼鏡にかなわない。
でも、今回こそは自信がある。今までは思いつくままに気分で書き進めてきた。でも、この「ミズノンの勇者と異界の聖女」は初めて念入りにプロットから組み立てていって、執筆中は勿論執筆後も何度も読み返した。
一般人の少年クリンドールが努力で王国騎士に上り詰めて活躍していたある日、国に恐ろしい魔物が現れる。そこで国は救国の聖女を異界から召喚した。聖女として召喚された普通の女子高生、亜里砂は伝説の剣をもたらし、見事にそれを抜いて勇者に選ばれたのはクリンドールだった。そして勇者クリンドールと聖女アリサ、他の旅のメンバー達は様々な困難を乗り越えて魔物を退治する。最後は勇者クリンドールと聖女アリサが結ばれて物語はめでたしめでたしとなるのだ。
この小説こそライトノベル作家としての自分の華々しいデビュー作となるだろう。そう期待に胸を膨らませて明菜は顔馴染みの出版社を訪れたのだった。
古い雑居ビルにある小さな出版社の一室。ぽっちゃり体型に黒縁眼鏡をかけた30代と覚しき出版社担当者はアイスコーヒーをストローでちゅーっと飲むと眼鏡を指で持ち上げてこちらを見た。
この出版社は弱小だが、持ち込みする明菜を門前払いすること無くいつも一応は目を通してくれる。そして、客観的なコメントをくれたりするありがたい存在なのだ。
「いつもよりはだいぶいいね。」
「ほんとですか!?」
いよいよ私もデビューしちゃう?否が応でも明菜の胸は高鳴った。
「うん。これまでは話が支離滅裂だったからね。これは一応ストーリーにはなってるね。」
「はい!」
「ただね、なんて言うかな-。話が出来すぎててなんか薄ら寒いんだよね。リアリティが全く無いって言うか。
この主人公の勇者がただの一般人なのに剣も勉強も魔法も最初から完璧なのも出来すぎだし、亜里砂も異世界から召喚された後に望郷の念も無く聖女になることにノリノリだし。旅の途中も偶然○○を見つけたとか偶然○○に出会ったって設定多すぎだよ。」
「そうですか?でも、クリンドールは努力家の少年だったんです!弱虫だった彼はそれはそれは血の滲むような努力をして王国騎士になったんですよ。それに、亜里砂は帰還魔法があるからいつでも帰れると思ってすぐに馴染んだんです。偶然が色々あるのは聖女アリサの幸福を呼ぶ力であって、おかしくないと思います!」
「あのね、おかしいかおかしくないかは作家じゃ無くて読者の判断が大事なの。わかる?」
「それはそうですけど・・・」
結局、また駄目だった。手直しすればなんとか出版できるってレベルでも無いらしい。なんで?絶対にすごく面白いし、不自然なんかじゃ無い。クリンドールと亜里砂の物語は完璧なんだから!
全くもって納得いかない明菜は駅前の居酒屋で1人ヤケ酒した。
あー、もう!!なんでこの物語の完成度の高さがわかんないかな。このままだとまた親からさっさと正社員目指して就活しろとか煩く言われるんだろうな。みんなして才能無いみたいな目で私をみてきて、ほんと最悪。
ヤケ酒でぐでんぐでんに酔っ払った明菜は大事な原稿の入った鞄を胸に抱えたまま、赤信号にも関わらずフラフラと道路に入り込んだ。そして、あろうことか車に牽かれた。
あー、私の人生、大したことなかったな。せめてこの「ミズノンの勇者と異界の聖女」だけでも、いかに素敵な物語なのかを世の中の人々に知らしめたかった。死んだらもう無理だけど。
それでは皆さん、さようなら。こうして明菜の短い25年の人生は呆気なく幕を閉じたのだった。
***
器用にひょいと登った木の上でのんびりとうたた寝をしていると、聞き慣れた半泣きの呼び声が聞こえてエイミーは下の様子を窺った。
「エイミー!エイミー!どこなの!?」
半泣きでエイミーの名前を連呼するのは案の定、幼なじみのクリンだった。
「全く手がかかるわね。」
エイミーはひらりと木から降りると「クリン!」と声をかけた。ハッとしたように振り返った幼なじみは配置良く並んだ綺麗な顔立ちに銀色のさらさらの髪、そしてスカイブルーの大きな瞳には涙が浮かんでいた。
「エイミー!」
「はいはい。男が泣くんじゃ無いの。木登り位できなくてどうするのよ?」
「だって、危ないよ。エイミーも怪我したら大変だから辞めた方がいいよ。」
幼なじみは目に涙を浮かべたまま、木登りは危険だからエイミー辞めるべきだと主張した。全く、この子はほんと女々しいったらありゃしない。男のくせにタマついてないんじゃ無いの!?
「なに情けないこと言ってんのよ。こんぐらい登れなくてどうすんの?ほら、お尻押してあげるから行きなさい。」
エイミーは半泣きの幼なじみの尻をグイグイと押して木の上にあげようと画策する。しかし、所詮は子供。バランスを崩して見事に幼なじみの下敷きとなり後頭部を強打したのだ。
その瞬間、エイミーの頭の中に走馬燈のようにかつての25年間の記憶が蘇る。そして、気付いてしまった!
「エイミー!エイミー!大丈夫!?ごめんなさい!」
木の下の地面に横たわるエイミーに必死に縋り付いてくる幼なじみにハッとする。銀色のさらさらの髪を横に流し、綺麗な顔を涙で濡らし、鼻水まで垂らしてなんとも情けない顔をしている。
「クリン、あなたの名前はクリンドール・マクラーレン、芳紀歴1455年生まれでマクルベーカリーの2人息子の次男よね?」
「うん、そうだけど?」
「そしてここはミズノン王国の王都カナガンね。」
「そうだけど?ねえエイミー、どうしちゃったの?」
「嘘よ。」
「え?」
「噓だわー!!」
エイミーは思わず大絶叫して自宅へと走り去った。クリンが後ろから「エイミー!何が噓なのさー??」と叫んでたけど、とりあえず無視して走ってきた。
だって、こんなことってある??エイミーは気付いてしまったのだ。エイミーのいるこの世界がかつての自分が書いたライトノベルの自信作「ミズノンの勇者と異界の聖女」と同じ設定の世界だと言うことに。そして、あの泣き虫の幼馴染みが後の勇者クリンドールであることに!
えぇ?クリンが勇者?あの木にも登れないヘタレが??無い無い!そして同時に甦った。あの最後の日、出版社の担当者に言われた「現実感がない」という言葉を。
「ミズノンの勇者と異界の聖女」は昔の自分の自信作である。転生した今思い返してもやっぱり最高傑作だと思う。
そして今、生まれ変わったかつての自分であるエイミーはその世界にいて身近に未来の勇者までいる。なのにその勇者のヘタレ具合と言ったら・・・まだ7歳だとは言え、年中半ベソかきながら幼なじみのエイミーの尻を追いかけてるざまだ。
これはまずい!そしてエイミーは決心したのだ。なんとしてもあと10年ちょっとでクリンを立派な勇者たる人物に育て上げ、「ミズノンの勇者と異界の聖女」の物語を現実のものにするのだと!
幸いにしてかつての自分の作品に、いまのエイミーに該当しそうな登場人物はいなかった。と言うことは、エイミーはモブキャラですらなく、完全にストーリーの幕外の人間だ。よし!ではエイミーは総合プロデューサー兼、黒衣になればいいのだ。
そしてその日のその瞬間より、エイミーによるクリン勇者育成計画が幕を開けたのだった。