3.服を着よう
服屋に来た。
二人は吊るしの中からいろいろ選んでる。
お金あるもんね……私よりね。よりどりみどりだよね。ちょっとくやしい。
「しかしサイズが無いなー」
この二人に合うとしたら大きさはクマ族だろうけど、太さが合わないよね。
「わしはこれしかないのう。これにするわ」
赤いドレスだ。あと下着類も買いまくる。
「まず着てみろ。俺もそれに合わせるから」
メスの人が選んだのは肩を出した赤いロングスカートのドレス。背中が大きく開いていて背中の羽がパタパタするのに邪魔にならない感じ。乳を包んだ袋を首の後ろで縛って止めてる。なるほど、それならサイズぶかぶかでも絞れば着られるよね。かっこいいヒールと合わせてこれから夜のパーティーにでも出かけるみたい。
「エイダ・ウォンかよ……。羽見せていいのか?」
「エイダってなんじゃ……。サイズが合うのがこれしかないわ。そもそも見せてどうかなるもんでもあるまい。わしら最初からどこからどう見ても異世界人じゃ」
「そういやそうだな。街、獣人……っていうか動物以外いなかったもんな」
オスのほうも奥さんに合わせてスーツを買う。黒尽くめでなんか貴族みたいにカッコいいやつ。こちらもクマ用なんでお腹周りがぶかぶかなんだけど、サスペンダーだから関係ないか。つば広の帽子、それにマントも。
シャツ、ジャケット、パンツ、靴下、下着、靴とかいろいろ。
それを入れるバッグも。
試着して並ぶと……クソ、似合う……。
なにこれ着慣れた感がすげえ。いつもこんな感じの服着てたわけ? どこの貴族よ。
召喚獣のくせに生意気だわ。腹立つ――……!
またこれをポンと買うだけの金があるのよねこの人たち。
悔しいいいいいい。
でも、もう心の中でオス、メスって呼ぶのはやめよう……。
旦那さんと奥さん、それでいいよね。
「さて、どこか落ち着ける場所で話しましょうか風太君」
「シルビスです!! 何度言ったらわかるんですか! それから私のことはご主人様と呼びなさい!」
「了解しました。ではご主人様、どこか静かに話ができる場所へご案内ください。奢ってあげますので」
腹立つわ――――!
よく見ていたカフェで三人で話す。見ていただけで入ったことは無いのよね。
私貧乏学生だから。
二人とも普通にお茶を頼む。……茶を嗜む召喚獣ねえ……。
「さてご主人様、まず俺たちを召喚して何をするつもりだったのか話してもらおう。まずはそれからだ」
「いい加減な理由だったらぶん殴るの」
「カーリン、殴るかどうかは最後まで聞いてからにしよう」
まずいまずいまずい。これ話したら絶対殴られそう。
「えーと……。実は、私の学園での召喚科では、卒業までに戦闘力のある召喚獣を召喚できるようにならないと、卒業が認められないんですね」
「それでなんでもいいから召喚してみたら俺たちが出てきたと」
「何でもいいわけじゃあありません! 強くて、使える召喚獣でないと!」
「で、君は俺たちを召喚できた。君が学園を無事卒業したら俺たちは帰っていいのかな?」
「いえ、卒業前に、卒業試験があって、実際に召喚獣を戦わせます」
「……わしら戦わんといかんのか……。なにと戦うんじゃ」
「明日行われる学生同士のトーナメント……。そこでの戦闘を見て、採点されるんです。優勝すれば首席で卒業できますが、負けてもそれなりに戦えていれば卒業は認められます。さすがに最下位レベルでは、落第でしょうけど……」
「で、君が優勝できたら、俺たちは帰っていいのかな?」
……ダメだ。殴られる。たぶん。
「優勝できれば、きっと勇者パーティーの一員になれます。剣、槍、魔法、召喚のそれぞれの分野でのNo.1が組んで勇者パーティーになるんです。そうすれば、魔王と戦えます」
「で、君が魔王を倒したら、俺たちは帰っていいのかな?」
……旦那さんの目がもう笑ってないよ。
「倒せたら、ですが」
「わしらが卒業試験すっぽかしてお主が最下位になったらどうなるのじゃ?」
「それだけはやめてください! 私召喚士としての資格がもらえず、どのパーティーにも入れず、レベルも上げられず、あなたたちを戻すこともできなくなりますよ! 奨学金も免除にならなくて、私ずーっと働いて返さないといけないほどの借金を背負って生きることになりますよ!」
苦学生なんだから! 私! わかってよ! 大変なことになるんだから!
「なによっ! あなたたちは私の言うこと聞いて、敵と戦えばそれでいいのよ! 私の召喚獣のくせに……い、痛、痛い痛い痛い――――!!」
頭をわしづかみされて激痛が走る。
「ご主人様は人にモノを頼む態度というやつがあまりわかっておられないようですな」
「マサユキ、そのアライグマそのまま握りつぶしてしまえば、案外簡単に帰れるのかもしれないの。召喚主が死んでしまえば召喚もなかったことになるからの」
「だからレッサーパンダだってば。でもそうだな、やってみるか」
「待って待って待って待って――! やめてやめてやめてやめて――――!!」
自分の召喚獣に殺される召喚士とか、もう学校の歴史に名前が刻まれるほどの失態だよ! 過去、こうして召喚獣に逆襲されて殺された召喚士がいましたって教科書に載るレベル!!
「よし、まず第一目標、そのトーナメントで優勝する。第二目標、このレッサーパンダのレベル上げをする。第三目標、 魔王を倒す。これでいいか」
「面倒じゃ。今から魔王倒しに行かんか?」
「カーリンは異世界初めてだよな。こういうのは手順をすっ飛ばすと事態はさらに悪化するのが普通だ。女神にも都合がある」
「女神か……そういえばマサユキもよう言うとったの。利用できるものは女神も使えと」
何怖い話してるのこの人たち。
あり得ないんだけど。女神さまも魔王もなんだと思ってるの?
「俺ちょっと教会行って女神の事調べてくる。二人はここでお茶してて」
「わかった。面倒なことはお主に任すの」
「ちょちょちょっと! 勝手に行かないでよ!」
「時間は大してかからんし、カーリンが残るんだから逃げたりしないって」
……ふわっとマントひるがえして旦那さん行っちゃったよ。
……奥さんそんな目で私を見るのやめてください。なんですかその珍しいものを見る目は。
「どれ」
奥さん、いきなり私の後ろに回って脇の下に手を入れて私を持ち上げる。
「や――――め――――て――――っ!!」
椅子に座って膝の上に私を載せて、抱きかかえる。
「よく見るとかわいいの」
「だからやめて――――!!」
「騒ぐでない。人が見ておる」
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで。
「なでないで――――!」
「騒ぐでないと言っておる。ここか? ここがいいの?」
「いやあああ――――」
なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなで。
ふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふにふに。
「ふにゃああ……」
気持ちよくなってきちゃった。
眠くなってきちゃった。
なんというテクニック。
「おぬしメスだったんだの」
……いつのまに……見りゃわかるでしょうに……。
屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱屈辱。
でも逆らえない……。
「おまたせ。女神と話しつけてきた」
……しまった。ホントに寝ちゃった。
旦那さん帰ってきたよ。
「おかげさまで女神様の全面協力が得られることになりました。そのかわりそのレッサーパンダの面倒みてくれってさ」
「レッサーパンダってなんですか!! だからやめてくださいって言ってるでしょ!」
「でも女神様も『あの風太君』って言ってたしな」
……女神様どうしてそれで私がレッサーパンダとかになるんですか。
「風太君ってなんじゃマサユキ、このアライグマはメスじゃぞ?」
「そういえばそうだった。失礼しましたお嬢様」
「……め、女神様と話ができるの?」
ありえない。ありえないでしょそんなの!
「ああ。この世界の女神様はルーミテスという。なんでもお前に泣いて頼まれたんで思わず自分の思いつく範囲で考えたら俺になっちゃったらしいや」
「ずいぶん勝手な女神だの」
奥さん怒ってますね。手に力がすごい入って痛いんですけど。
私が泣いて頼んだってことを知ってるってことは、ホントにあれで女神様に通じたんだ……。
「悪いとは思ってるらしい。意外と腰が低い女神様でな、ちょっと脅かしてやったら何でも協力するからそれだけはやめてくれと泣いて頼まれた」
「いったいなんて言って脅かしたんじゃ」
「とぼけてるとこの街の教会を全部崩壊させるぞって」
奥さんがあきれる。わたしもあきれるよ。
「……旦那さん、よく女神様の名前わかりましたね。それ一般には知られていないのに」
「ああ、ここの教会は女神様への信仰心の度が過ぎないように、女神様の名を唱えるのは不敬ってことになってるらしくて、女神の名を知らない人のほうが多いんだ。教会の一部トップぐらいしか知らないんじゃないかな」
「あっ……そういえばおじいちゃんの残した呪文に、ルーミテスって……」
「そう。君が唱えたルーミテス・サドラス・ファン・パタライ・ルーミテス・スカルラスって呪文は、『ルーミテス様マジ美人! ルーミテス様最高!』って意味だ」
「女神殴りたくなってきたの」
私も殴りたくなってきた。そんな意味だったのあの呪文。
召喚を自力だけでなく、女神様にお願いして力を借りるってのは、たぶんおじいちゃんが考え出した召喚方法なんだろうな。女神様がヘンな人だと、ヘンな召喚獣しか召喚できないじゃない。おじいちゃん……。使えないよこの召喚術……。
「さて細かいことは後々相談するとして、まず明日だ。明日からトーナメントなんだよな?」
「はい」
「俺たちを君の召喚獣として登録する必要があるんじゃないか?」
「それは明日でも大丈夫です」
「で、俺たちはなにと闘うんだ?」
「学生が召喚した魔物や魔獣と闘います」
「たとえばどんなやつ?」
「強いところで言うとドラゴンとかゴーレムとか、暗黒鎧騎士とかミノタウロスとか」
「……魔物から魔獣にアンデッドまでなんでもありじゃの」
「で、相手の召喚獣って殺していいのか?」
さらっと怖いこと言うなあ。
「相手の召喚獣を殺してはダメだというルールはありません。でも、一応殺さないのが決闘の時のマナーです。負けたからって言って魔王と闘う戦力にならないわけじゃありませんから。普通は殺される前に召喚主が負けを認めます。その見極めができるかどうかも召喚士の実力のうちですから」
「ふむ……面倒じゃの。殺さずに済ますなら武器がいるの」
……それって逆じゃあ。
「武器ってなに使っていいんだ?」
「なんでもアリです。武器使う召喚獣もいれば、自分の肉体だけで闘う召喚獣、魔法で闘う召喚獣とバラバラです。要するに強ければいいんですから」
「じゃあ、武器屋に行くかの?」
そう言って、強制的に武器屋に連行された。
「旦那さん、この街来たことあるんですか? なんか勝手知ってる街みたいにすたすた歩いてますけど?」
「ないよ。でも魔法でわかるから」
どういう魔法――――!!
なにげに凄すぎない――??
武器屋のおやじさん、ゴリラ族。
最初は初めて見る種族の旦那さんに胡散臭げに対応してたけど、話してるうちに意気投合したみたい。なんか図面まで描いて、二人で店の奥で、なにか作り出した。
ガンッガンッガンッて槌の音が響く。
「ああなるとマサユキは止まらんのじゃ。まあほうっておけ」
そう言って奥さんは並んでる武器のうちから、一本の棍を選んでた。
槍とかじゃないの? 刃もついてない武器で戦闘になるの?
メスなんだから弓とかもっと遠くから攻撃できる武器のほうがいいんじゃないの?
……棍って言っても鉄芯入りだよねそれ……。
ひゅんひゅんって振って、ぎゅぅうううううんんんって回して。
「うん、これがよいの。これにするの」とか言ってる。
すごっ……。あんな自分の身長より長い鉄棒を軽々と。
もしかしてこの人、ものすごく強いんじゃ……。
いや、期待したらダメだ!
いくら強くても、あの武器でゴーレムやドラゴンと闘うとかないわ――!! わかってんの? ホントにわかってんの奥さん?!
「マサユキはまだ時間かかりそうじゃ。昼飯でも食いにいこうかの」
召喚獣ってなに食べるの?
あ、私たちとおんなじですかそうですか。