19.魔王城を破壊しよう
翌日、朝食を取ってキャンプを撤収。
アイテムボックスに全部放り込んで、いよいよ魔王城に接近する。
「あれ……なんでしょうね」
山の上になにか巨大な白いキノコみたいな丸い建造物がある。
「レドームだよ。あの中にパラボラアンテナがあって衛星と通信してるんだろう」
「????」
「マサユキの言うこといちいち気にしておったらいかんぞシルビス。そこは流すのじゃ」
「じゃ、ここから徒歩で接近な。一応結界張って近づくから」
「この街道ってなんでしょうね。なんか黒くて、ボロボロくずれてて、岩みたいに硬くはないけど……」
「アスファルトの道路だな。石油から分離されるタール成分を砂と固めて敷き詰めるんだ」
もうほんっとなにがなんだかわからないから全部流す。
巨大な崩れかかった入り口がある。
大きなゴーレムの残骸も。
「ここで大きい戦闘があったな……。果たしてこの基地は人間の基地か、魔族の基地か……?」
「襲ったのは魔族じゃな。人間は守り切れずにこの扉を壊されたのじゃろう」
「こんなモビルスーツまで開発してたとは……魔族も人間も大した科学力だ」
旦那さんがゴーレムの残骸を見て呟く。
「……じゃあ、中に入るとするか」
「これ、なんでできてるんでしょうね……」
「セラミックの複合素材だな。防御としてはなかなかだが、力押しに壊されたか。魔族のガンダムはたいしたもんだ」
中に入ると、もうめちゃめちゃ。
「全部鉄でできてたんですね……。なんか馬車みたいというか、大きな昆虫みたいと言うか」
「走行車両にトラックに、戦車、ホバーもあるな……。これ空飛ぶ機械の乗り物だよ」
「すごい技術があったんですね」
「人間も魔族もみんなガイコツになっておる。無益な殺し合いをしたものよの……」
「なにかすごく攻撃されてくると思ってたけど、なんにもありませんね」
「電源が切れてるんだ。エネルギーが無い状態。センサーとかもまったく反応無しだね。千年も経ってたらそうなるか……」
どんどん奥に進んでゆく。
ガイコツがたくさん……。人間のものが増えてゆく。
「この辺りまで攻め込まれてたが、なんとか防ぎ切った。でも世界が滅びてこいつらもみんな死んだ……。そんな感じだな」
「これまた丈夫そうな扉じゃのう。マサユキ開けられるか?」
「ん、やってみる。ウェザリング」
扉があっというまに白く、粉を吹いて崩れていく。
「風化魔法だ。セラミックにもちゃんと効くな。セラミックも酸化物だからか」
旦那さんはほんと不思議な魔法を使うなあ。
扉を抜けると、中はすごく綺麗だった。なんか陶器のタイルみたいなつやつやの壁でできた通路。
「エレベーターがある」
奥さんが光球を使って照らす中、旦那さんが扉をナイフでムリヤリこじ開ける。
「ほら、下にずっと続いている穴がある」
「ほんとだーっ」
「こんな真っすぐな穴よく掘ったのう」
「かごがあってね、それに人が乗ってワイヤーロープで引っ張り上げたり下げたりして行き来してたんだ。ワイヤーはもう切れちゃってエレベーターは下に落っこちちゃってるな。二人ともつかまって。降下するから」
奥さんの光球を落としてから、旦那さんにつかまってフライトで下に降りてゆく。
「マサユキは相変わらず、どんなダンジョンでもすいすい歩くのう」
「まあ、マップの魔法で構造はわかるからな……」
ホントそれ凄い能力よね。
「こっちだ」
人間のガイコツだらけの通路を歩いて行く。
「ここだね……管制室」
入ってびっくり。ガラスの窓だらけの部屋。
こんな地下で真っ暗な部屋でこんなにたくさん窓作ってどうすんだろ。
「窓じゃない。ディスプレイだよ。ほとんど壊れてるな……。どれか生きてる奴はあるかなあ」
旦那さん、じゃまなガイコツをどかして椅子に座り、ガラス板の薄っぺらい箱を持ってきてはなんか線をつないだりはずしたりする。
ぶんっ。
そのうちの一枚が反応して、ガラスに光る文字が現れた。
「うん、これだ」
かた、かた、かた、かたっ……文字が一文字ずつブロックに分けて書いてある板を器用に五本指を動かして叩いてる……。
「まだ生きてるコンピューターがある。すでにログオン済だな。昔は二十四機も人工衛星があったんだ……生き残りはたったの三機か。基地のエネルギーは地熱を使ったペルチェ素子式発電が非常電力としてまだ駆動してるというわけか……」
ぶんっ。
一番大きな黒い窓ガラスがいきなり光って、世界地図が現れた。
旦那さんが天球儀に描いてたやつとおんなじだ。
糸を巻く前に描いていたあの波模様が三重に重なってる。
奥さんの目が丸くなる。いや私もだけど。
「ここから魔王を操作できるのかの?」
「そうだ」
「どうやって壊すのかのう?」
「自爆させるにはコードを入力しなければならないが、そんなことしなくても姿勢制御を逆噴射させて速度を落とせば勝手に大気圏に落ちて燃え尽きる。高度を落とす操作をすれば完了だね」
「……流してよいかの?」
「うんそうして。わかるように説明すると一晩かかるから」
旦那さんはカタカタ、カタカタと操作を続ける。
「よくわかりますね旦那さん、こんなもの」
「頭の悪い軍人でも簡単に操作できるようにできてるから」
それにしたってここの文字とか全部読めるってことだよね。
すごいよ……。
「3、2、1……コンタクト。逆噴射は3分……。よし、OK」
「どうなったのじゃ?」
「全部進行方向と逆向きに噴射して速度を落とすようにした。今夜ここの上空を横切る時に指令を受け取るはずだから、ここで待ってれば落ちるのが全部見られるよ」
「隕石みたいに?」
「そう。ここにね」
「へえ――っ」
「終了――っ。じゃ、帰ろうか」
「もう終わりなんですか!!」
「そう」
あっさり……。
「最後、ドカーンと爆発とかしないのかの?」
「軍事施設に自爆装置なんて実際には作らないものさ。ま、置き土産はする」
そう言って、旦那さんが白い球を作る。
なんかドロドロな白いものがグルグル渦巻いているようなヘンな玉。
「ペタファイアボール、カウント12アワー」
「なんじゃそれ」
「臨界水素の時限爆弾。十二時間後に核融合して爆発」
「……そう言えばダンジョンを吹っ飛ばした時もそんなんのを作っとったの。恐ろしいものを作るのうマサユキは……」
「さ、脱出脱出!!」
三人で魔王城を出て、遠くに見下ろせる小高い丘の上でキャンプする。
「そろそろだよ」
「あ……流れ星……」
遅い晩御飯を食べていると、星が落ちてきた。
キラキラ光りながら、火の粉をまき散らして、地上に落ちる前に消えていった。
三時間後にもうひとつ。
キャンプして、寝て、夜明け前に起こされた。
明け方のまだ陽も登らない時間に最後の一つ。
「魔王の最後だ……」
「ホントにこれで終わりなのかの?」
「天文部が観測して、もう上空を魔王が横切ることがなくなれば、確認できるさ」
「ふーん……」
「さ、そろそろ時間だよ」
ずずずずずずずず……。
じ……地震?
どっごーんん……。
物凄い音がして、夜明けの光の中、山が持ち上がって、へこんだ。
山のてっぺんにあったあのキノコみたいな建造物も、みんな崩れてくぼみに落ちていく。
「ミッション・コンプリート」
旦那さんが懐中時計を胸ポケットにしまって、笑う。
「なんだかあっけないのう」
「拍子抜け」
「しょうがないだろ。敵はみんな、千年も昔にとっくに滅びた後なんだからさ……。これで敵のロボットだのゴーレムだのがゾロゾロと出てくるほうがびっくりだよ」
王様になんて説明しよう?
ってこれ私報告書、書けるの?
全部旦那さんにやってもらっただけだよね。
「私、王様になんて報告したらいいんでしょう?」
「魔王を討伐してきました!だ。それ以上のどんな説明も、王様は必要ないさ」
本当かなぁ――ーっ。
誰だってこんな話、根掘り葉掘り全部聞き出したいよね。
「さあ帰ろう。ドラミちゃんが待ってるからな」
また三日間、ぶっ通しで飛んで、首都郊外に帰ってきた。
ドラミちゃんが着地する。
「ドラミちゃん、ありがとうね。助かったよ」
私がそう言うと、ドラミちゃんはきゅわーんと短く鳴いて、身を伏せる。
「撫でてもいい?」
奥さんが笑って頷く。
大きいな――……。私なんかキャンデーみたいに丸のみされそう。
撫でてみても、反応無し……。
私みたいにちっちゃい生き物が触ったって、感触ないよね。
「召喚解除」
光に包まれてドラミちゃんが消える。
「ありがとうございました」
私が首からぶら下げていたドラミちゃんの龍笛を、奥さんに返す。
「そろそろ時間じゃの」
……。
約束していた、日時。
旦那さんと、奥さんが、向こうの世界から逆召喚されて帰る日。
異世界で、ガイコツさんと、テルテルボーズさんが、サトウさん夫妻を強制的に逆召喚して呼び戻す約束の日時。
ちょうど、今日なんだ……。
「これ、受け取ってよ」
旦那さんがちっちゃくなったバッグを渡してくれる。
「全部こっちで買ったやつ。テントとか寝袋とかいろいろ入ってるいつものバッグね。俺たちにはもういらないし、シルビスが使ってくれ。一日たったら元の大きさに戻るから、床の上にでも置いておいて」
軽くなる魔法もかけてあるんだね。私でも持てるサイズ。
「ほんとうに……いろいろ……」
ダメだ、泣けてきちゃう。
泣いちゃう。
もうダメ。
ふわっと体が持ち上げられる。
そのまま奥さんに抱きしめられる。
うわーん……。
旦那さんが頭をなでてくれる。
みんなみんな、全部、お二人のおかげ。
学園卒業できたのも、王宮に就職できたのも。
独りぼっちだった私が、家族の暖かさを思い出せたのも。
涙が止まらない。
ずーっとそうしていたら、旦那さんに頭をポンと叩かれた。
「さ、お別れだ」
「王様にはなんて……」
「面倒くさい。後はシルビスに全部任せた」
旦那さん、ほんとうに嫌そうな顔するのよね。
アレを説明しろって言われたら、そりゃあ困るよね……。
私だってなんて報告したらいいのかわかんないし。
「じゃあな。もう呼ぶなよ」
「一人でも頑張るんじゃぞ」
二人、ニコッと笑って……。
……。
……消えてしまった。
二人を召喚してからたった二十二日間。
魔法学園で実技が全然ダメだった、おちこぼれの、卒業も危うかった私の人生を激変させた三週間。
まるで毎日が夢みたいだった。
私は、ひとしきり泣いた後、二人にもらった、私サイズに小さくなったバッグを背負って、召喚士の杖を持って、街に向かって歩き出した。




