18.魔王の本拠地に乗り込もう
翌日、王宮の天文部に三人で出かける。
「できました!!」
なんか凄いものができてる。
地球儀の周りを、針金がらせん状にぐるぐると取り囲んでいて、歯車とハンドルでぐるぐる回るの。
「……針金はなんだかわからんが、この地球儀は凄いな……」
王様来てるよ……。
「説明してもらえるんだろうね」
「はいっ。では天文部部長であるわたくしタルロースが説明させていただきます! この地球儀は、サトウ様が書いてくださったこの世界の世界地図を貼り付けてあります。まだまだ一般には浸透しておりませんが、我々の大地は球状の形をしていて、丸いことは既に知られております。それを形にしたのが、この地球儀です」
ヤギの天文部長張り切ってるけど目の下にクマできてるからね。
「世界がこんなに広いとはな……。我らが住む大陸など、大陸と呼ぶのもはばかられるわ……。サトウ殿はどうやってこの地図を?」
「まあ、魔法の一種ですな。あまりあてにしてもらっても困りますが、そう間違ってもいないはずです」
「いや、少なくともわが国においては知られているだけでもこれより正確な地図はないと思うぞ……。で、この針金はなんだ?」
「魔王と呼ばれる古代兵器は、上空を飛んでいる衛星だと思われます。低い高度でこの丸い大地をぐるぐると回っているのです。その軌道を表したのが、この針金です。以前より行われていた観測データーをもとに、再現しました」
「色分けされた針金が三本か。ということは魔王は三台あるということに」
「はい、十二台あると思われていた魔王は、実際にはこの三台がかわるがわる上空を横切っていたということになります。……タルロース君、続きをどうぞ」
解説を取られて残念そうな顔をしていた天文部長に旦那さんが話を振る。
「このように丸い大地は回っております。それとは関係なしに、魔王は毎日同じ軌跡を回り続けるのです。こうしてハンドルを回しますと……」
部長がハンドルを回すと、歯車が動いて地球儀と三つの針金が別々の速さでぐるぐると回り出す。
「魔王が今どこを飛んでいるか、これからどこを通過するか、これでわかるようになるのです。今、観測を続けていて、この通りに魔王が空を横切るのを確認しております。昨日の時点では、一号と呼びますが、この一号がこの天球儀の通りに通過するのを夕方に確認しました!」
「それは凄い! で、どうやって魔王を倒すのだ!?」
「……それは……」
「陛下、魔王そのものを倒すのは、さすがにちょっと無理ですね」
旦那さんが言うと王様が落胆する。
「……だろうな。地上からは動く星にしか見えぬ魔王など、倒しようがないからな……。いや、しかしこれだけでも大変な成果だ。他の国より大きな進捗であることは間違いない。たった二日でこれほどの成果、サトウ殿の見識は底知れぬ……」
「で、タルロース君、拠点はわかった?」
「はいっ!」
旦那さんが聞くと、部長さんが元気よく返事する。
「拠点とは?」
「この三台の魔王、バラバラに飛んでいるようで、実は一日に一回、特定の場所の上空を通過するのです! 三台に共通する通過点、そこがこの魔王をコントロールする拠点ではないかと思われます!!」
「おお!」
「どこだった?」
「ここです!」
旦那さんが聞くと、部長さんが地球儀に刺してあるピンを指さす。
「……隣の大陸か」
「……そうなのです」
「……前人未踏の大地となるな」
「はい……」
意気消沈する王様と部長さん。
「我々は他の大陸に向かえるほどの大きな船を持っておらぬ。他国で調査船団を組ませて調べさせたことはあるが、草木も生えぬ無人の荒野が広がるのみということまではわかっておる。なので調査も進んでおらぬし、別の大陸から何者かがやってきたことも無いのだ。我々は、薄々ではあるが、生き物が住んでおるのは我らが今いる大陸だけで、この世界には他に生き残った者はいないのではないかと思っておる……」
「前の戦争でこの大陸を残し、すべての陸地で生物が滅んだと?」
「三国での見解は、それで一致しておる」
「なるほど……」
旦那さん、ひどく真面目な顔になる。
「地球の未来か……」
そうだったんだ……。
いったいどんな戦争をしたの? 人間も、魔族も……。
「……愚かなことだ。だからこそ、我らはこの大地で、愚かなことを止められるなら止めねばならぬ。我らが滅んでは、この大地からすべての生きるものがいなくなってしまう、それだけは絶対に、避けねばならぬ」
「御意にございます」
「して、魔王とはいったい何なのだ」
「古代の技術で地上から打ち上げられ、上空を回る衛星……人工衛星ですな。それが常に地上を監視し、軍としての行動が認められれば、そこを自動的に攻撃するようにできている兵器です。武器は質量を無から作り出して落とす重力兵器。いわば人工的に作った隕石です。千年の間動き続けているわけですが、長い間に壊れてしまう場合もあり得ます。実際、この衛星網には空白地域がございます。何台かはすでに失われているのでしょう。そのため、これをコントロールする、いわば指令基地のようなものが地上にあり、日々衛星から情報を受け取り、軍の行動が無いかを監視し、命令を出している。私はそう考えます」
「……まさしく魔王。恐るべき技術だ。世界が滅びるわけだ……」
「……サトウ様、そこまでわかるものですか……?」
「私が元いた世界で、それをやろうとしていた者がおりましたので」
「それ、どうなったのだ?」
「実現するのはとても無理ということで計画は破棄されました。『スターウォーズ計画』といいます。しかし、いつか技術が発達してそれを可能にするような未来が私どもにもあったかもしれませんね……」
旦那さん、そんな未来から来たんだ……。いや、過去からか……。
凄いだけの人じゃなかった……。
「その魔王、どのようにして破壊をする?」
「知らないほうがよろしいかと」
「……そうだな。その通りだ。すべて、お任せする」
なんか凄いことが決まった――――!
「誰も行ったことない大陸に行くの?」
「そうだよシルビス」
「すまないシルビス君、本来なら勇者として大々的に国を挙げて送り出してやりたいところだが、これは極秘任務と考えてもらいたいのだ」
王様が本当にすまなそう。
「あの……それもう旦那さんだけが行けばいいのでは……?」
「短い付き合いだったな、シルビス」
「短い縁じゃったの、シルビス」
「短い任期だったな、シルビス君」
「うえ――っ。旦那さんも奥さんも王様も意地悪です!!」
就任三日目で私がそんな大仕事にとか、そっちのほうがひどいじゃない――!
「あきらめるんじゃシルビス、おぬし主人公じゃろ?」
奥さんに頭を撫でられ、みんながゲラゲラ笑う。
私だけ、全然笑えないんですけど……。
ぴぃいいいいいい――――っ。
奥さんから借りた龍笛を一息吹いてから……。
「ドラゴン召喚!」
きゅわあああああ――――っ!
光に包まれて奥さんのペット、ドラミちゃんが召喚!!
この世界のドラゴン、例えばシルラース君のドラゴンとかは、三日三晩飛び続けるなんてことはできない。
ドラミちゃんは元が渡り龍のブラックドラゴンだからそれができる。
海を越えて隣の大陸へ。
そんな大きな旅をするとなるとどうしても旦那さんが私と奥さんを抱えて飛ぶなんて無理というか私たちが耐えられないので、ドラミちゃんに乗っていくことになった。
ドラミちゃんの背には鞍で縛り付けて座席がついてる。
四人まで乗れるんだって。以前やらかしたときに作ったんだってさ。
なにやらかしたのかは聞かないけどね。
奥さんと、私、旦那さんの順で乗る。
王宮の城塞都市からはるか離れた無人の平原。
誰にも見送られることもなく、密命を受けて私たちは離陸する。
私たちの住んでいた街が、どんどん小さくなっていく……。
帰ってこられるんだろうか……私……。
……ひたすら何もない海の上を飛び、ドラゴンの上で眠り、ドラゴンの上で食事して、ドラゴンの上でお花摘みして(うわーん)三日目、とうとう陸地が見えてきた。
「着陸じゃ! ドラミちゃん!」
ぶわっさぶわっさ……。何もない岸壁の上に降り立つ。
断崖絶壁。打ち寄せる波以外本当に何もない。
赤茶けた大地が延々と広がる大陸。本当に草一本生えてない荒野……。
「ドラミちゃんはここで待機じゃ。この先食料になる物がなにもなさそうじゃからな。海で魚を獲って待っててもらうわ。わしらはここから自力で向かうことになるの」
「ああ、おそらく拠点の周りには飛んでくるものを迎撃する防衛兵器みたいなものが必ずあるはずだからな。ドラゴンでは近寄れないだろう」
旦那さんさらっと恐ろしいことを。
「拠点見つけたらどうするんじゃ。ファイアボール放り込んでダンジョンみたいに潰すのかの?」
「俺のSF脳がそれやったら最悪の事態になると警告してる。魔王が暴走して無差別に地上を攻撃しかねん。ちゃんと攻略していく必要があるな」
「えすえふ脳ってなんじゃ?」
「そこは流して。とにかくまずはコントロールを奪うのが先決かな。じゃ、二人ともつかまって」
旦那さんと奥さんと私、そろいの迷彩の戦闘服。
奥さんいつの間に私の分まで……。
私は旦那さんの背中に乗って、奥さんは羽を広げて旦那さんに魔法で引っ張ってもらう。
怖いわ! こんな低空を猛スピードで飛ぶなんて!!
目が回りそう。
「グランドキャニオンみたいなとこだな!」
なにそのぐらんどなんとかって?
長い年月で川が大地を削り取って渓谷がいっぱいできてる。
そこを縫うようにジグザグに飛んでゆく。
夜になったので三人でキャンプ。
ここまで、なんにも生きている物を見つけられなかった。
「川の水は使うなよ。毒性があるかもしれないからな」
ほんと旦那さんは怖いこと言う。
「鳥も虫も、ほんとうになんにもおらんの……」
「ここまで、たくさんの隕石の落下跡がありましたね……」
「まったくどんな戦争したんじゃ。相手の領土まで丸焼けにして、そこまでして戦争に勝ってなんの得があるんじゃ……」
「勝つための戦争じゃない……。負けないための戦争だったんだ。相手を全滅させて自分だけが生き残ろうとした。そんな戦争だな……」
「愚かだの」
「そうだな」
「共存しようとは考えなかったのかのう……」
「そうなる前に戦争が終わってしまったんだ。両方滅亡という形でな」
「滅亡した後も、兵器だけが生き残って戦争を今も続けているんですね」
「馬鹿げた世界じゃの」
「……そうだな」
三人でしんみりする。
「そもそも一体全体なんでそんなことになったのじゃ」
「俺も女神に聞いてみたのがそれだ。科学が発達しすぎたのさ」
「マサユキの得意分野じゃろう」
「そうだ……。科学ってやつは、答えが一つしかない。絶対に合っている答えがな。資源を食いつぶし、敵の資源を奪わなければ生き残れないと答えが出ると、本当にそれをやってしまう。お互いがお互いを絶滅させられるような兵器を開発してしまった時点で、女神のコントロールが利かなくなるんだ。一刻も早く敵を絶滅させなければ自分が絶滅してしまう。そこまで人間も、魔族も、お互いを追い詰めたんだ……」
「阿呆な話じゃのう」
「この世界の人間と魔族には、天罰が下ったのさ。滅ぶなら勝手に滅べっていう天罰がな」
「……わしらも、そうならないようにしなければの」
「……そうですね……」
「その通りだ」
うん、旦那さん、まとめるの上手いかも。
「さ、明日は早い。魔王城に突入だ。早く寝ような」
飛び続けでさすがにクタクタ。
旦那さんたちも、今夜は交尾しないのね。
こんな場所じゃ、雰囲気出ないよね……。




