8 呪文を唱えた、しかしMPがない
「あーこんなところに、わんこ系高校生とドSな小学生がひょんなことから異世界に飛ばされる薄い本があるぞー」
……反応なし。
さて、勘違いされる前に言っておこう。
僕は正常だ。
現在、僕はとても渋い顔をしている。何故かといえば、自分の意に反したことをしているからだ。当然だろう。どこの世界に冒頭から『わんこ系』とか『薄い本』とか言い出す輩がいる。
これはそう、理由あって仕方のないことなのだ。
あの戦闘の後、結局由宇さんを探すことにした僕は、改めて部屋を確認した。
しかし、やはり彼女の姿を見つけることは出来なかった。
ついでにいえば海賊の一人も見当たらない。
嫌な予感しかしない。出来れば僕の気のせいであって欲しい。
そんな願いを込めて僕はあの呪文のような言葉を吐いたのだ。結果、得られたものは自分に対する精神的ダメージだったけど。
「おい、馬鹿。余計なことしてんじゃねえ」
そうですね、すみませんでし……ん?
「げっ」
ちょっと待ってよ、三人相手してたじゃないですか。普通こういうのってターゲット変更になったりしないでしょ。
僕は血の気がひいた。
今までタクトが交戦していた海賊三人。なんとそのうちの一人が僕の呪文に気づいてしまったのだ。
「薄い本が欲しい……って訳じゃなさそうですね」
僕は自嘲気味に笑った。無精髭のその男はターゲットを僕に固定したまま突き進んでくる。
さっきは運よく一人あしらうことが出来たけど、同じことが二回出来るかといえばそれはノーだ。
「や、やめましょう。争いはよくないです!」
「争いの種を蒔いたのはてめえらだろうがぁ」
男の右ストレートが空気をえぐった。
その手に備えられているのは、トゲ付きナックル。こんな極めて近距離武器からの攻撃を彼、タクトは受けていたというのか。物理攻撃の鬼じゃないですか。
「待ってください。あなたほどの人がこの僕をそんなに全力で狙わなくてもいいんじゃないでしょうか。もっと力を弱めにしても十分勝てると思いますよ」
慌てた拍子に尻餅をついた僕を鉄の拳が狙う。
どすんどすんどすん
拳は船の床に無数のくぼみを生み出した。
「もう~」
僕は命からがら逃げる。次はこの顔にくぼみが出来るかもしれない。
二発三発四発と繰り出される攻撃に僕は立ち上がることも出来なかった。四つん這いになって床目だけを見て進む。こうして僕の旅が始まった。
こつん
「おい」
打ち切りよろしく。旅はたった二行で終わりを迎えた。何かに頭をぶつけたのだ。
「あ、タクトさん」
僕は顔をあげた。不機嫌そうな彼の顔。
「テメーは」
「どうもすみません」
二対三。僕らは完全に囲まれていた。




