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5 一般人だから自分だけ逃げても仕方ないですね

 刃物を人に向けてはいけない。幼い頃、そんな風に習わなかっただろうか。


「変な真似してみろ、命はない」


「はっはい」


 ナイフの刃先が僕の背中を狙っていた。タクトの話だとこれから僕らは港で待ち構えている彼らの仲間に引き渡されるらしい。しかしそうなる前に騒ぎが起こり、どさくさにまぎれて僕らは逃げる、そんな算段だった。


「命だけはご勘弁を」


 だからそれまでは不審がられないように精一杯怯えるフリをするのだ。


 僕の演技はバッチリだろう。それよりも心配なのは。


「あのぉ、こういうお仕事って結婚は出来るんですか」


 この人だ。


「料理の上手な闘うコックとかイケメンツンデレ船医が見当たりませんが?」


 今回の作戦こそ漏らさないものの、その自由すぎるふるまいに僕の目にうっすら涙が浮かんだ。


「あ~ははは、何言ってるんでしょうね。この人~」


 お願いだからこれ以上相手の神経を逆なでするのはやめてくれ。コックもイケメン船医もいないから。たぶん。


 僕はこの時間が少しでも早く終わるよう願った。


ドン


「おい何だ! 何があった!」


 僕らが桟橋に足を踏み入れて半分くらい過ぎた頃だった。


「船がいきなり爆発したようです」


 背後から軽快な破裂音が聞こえたかと思うと、先ほどの船からは黒煙があがった。


「そんなわけあるか、戻って確認するぞ!」


 これがチャンスか。


 僕は先ほど金貨五十枚で契約したガラの悪い少年の顔を思い出した。


 彼は逃げるチャンスを作ると言った。それがこのことなんだろう。


「逃げますよ、由宇さん」


 ならばそれに従い逃げるのが吉。今なら相手も僕らから意識がそれている。


「ほら何してるんですか、ってあれ」


 船に戻る海賊たちの背中。それを追う黒髪おかっぱ頭。


「由宇さん……」


 完全にその姿は船の中へと消えてしまった。


「あっちの女には逃げられたが、どうせ袋のねずみだな」


 残されたのは僕と見張りを任された下っ端のような男。


 ああもう。


 いっそこのまま自分だけ逃げてしまおうか。


 あの煙の量なら逃げるには十分な時間が稼げるだろう。今残っているのはこの見張り一人だけ。


「しっかしあの煙一体誰の仕業だぁ?」


 その彼もまた船の騒動に気を取られている。


 ナイフの刃先もこちらに向いていない。


「コックがボヤでも起こしたか。めんどくせーことしやがって」


 意識は船の中に向けられている。


 今なら、逃げられる。


 僕一人なら、逃げられる。


 彼女を置いて僕だけなら何とかなる。


ドン


 二回目の爆発音が僕たちの耳に届いた。


「くそ、またか」


 男はじれったそうに舌打ちをする。


 彼の役割がこの場所へ繋ぎ止めてしまっている。僕という存在が彼をここにとどめてしまっている。ならばお望み通り彼を開放してあげよう。


「中の様子、気になりますよね」


「ああ? お前には関係なっ……」


どすっ


「な、縄が、切れて……な、ぜ、だっ」


 眉間に皺を寄せ、彼は緩やかに仰向けに沈んだ。





「ふう、よかったー、上手くいって」


 僕は目の間に転がるナイフをつまみあげると、それを遠くの海に投げ捨てた。


 こんなものがあっちゃ命がいくつあっても足りない。


「ばれるかと思った」


 僕は先ほどまで縛られていた手首を眺める。そこには縄のあとだけが赤くにじんでいた。


 ほんの手品の応用だった。


 周囲には縛られたように見せ、そこから華麗に脱出する。種を知っている人間からすれば大したことはないが、何も知らない人間からすると、予想外の出来事だろう。


 あの時たまたまタクトともみ合って縄が切れなければ思いつかなかっただろう。


 人は突然の出来事に弱い。


 それはこんな世界にやって来てしまった僕もまたしかり。


 こんなとき平然としていられるのは、全てを先読みできるほどの冷静な人物か、常に妄想に明け暮れて現実と虚構の区別がつかない変態か。


 変態か。


 ヘラヘラしたあの幼馴染は、この先自分がなんとかなるとでも思っているのだろうか。その妄想の先には輝かしいヒーローが自分を助けてくれるとでも思っているのだろうか。


 僕は未だ煙が立ち上る海賊船を振り返った。


「……」


 僕は一般人だ。


 勉強に疲れコンビニにアイスを買いに行くくらいどこにでもいる一般人だ。


 主人公はここにはいない。


 コンビニでどのアイスを買おうかと、お財布と相談する一般人だ。


 華麗な剣技で相手を翻弄したり、偉大なる魔法が使えるわけじゃない。


 自分がピンチになった時、立ち向かうのが主人公。それに該当しない一般人はどうする。逃げるだろう? 立ち向かっても死ぬだろう?


 じゃあ僕はどうするのか。





「ああやだ。ほんともう帰りたい」


 拳がじんわり痛む。今まで人なんて殴ったことも無いのに殴ってしまったから。


「あとは帰るだけ。あとは帰るだけ。あとは帰るだけ」


 呪文のように呟いた。


 少しずつ、一般人の運命が狂いだそうとしている。


 僕の足は彼女のあとを追うように桟橋を駆け出した。


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