42 やむおえない事情である
後悔していないといえば嘘になる。
いっそ後悔の塊だと名乗った方がすっきりする。
引き返せない現実と、使わないと誓っていたはずの『緊急用』スイッチを押したという事実に思わず乾いた笑いが出てしまった。
どうしてそんなことしてしまったんだ。きっとこの光景を今までの僕が見たらそう言うだろう。もちろん今の僕でさえそう思っている。
仮に無理やりこの疑問の答えを出せと言われたならば、僕は控えめにこう答えておこう。
倫理観に負けた、と。
「はあ」
一対一。圧倒的な力を感じさせる男を目の前に、僕は自然とため息がもれた。
僕の倫理観はこの男と戦うことよりも勝ってしまったのだ。
けれど仕方がない。だって考えてもみてほしい。
僕よりも全然年下の女の子が、明らかに強いであろう敵の総大将に勇猛果敢にも立ち向かっていくというのだ。しかも僕の手助けなく自分一人で。しまいには、『僕の役割は彼女をここまで運んでくることだった』と、そんな逃げ道さえ用意してくれる有様だ。
これでもし、「はいそうですか」とその流れに従って自分一人だけ傍観しようものならば、どこぞの世界においては、消火器が何本あっても足りないほどの大炎上を起こしてもおかしくない。
ゆえに今、僕はここにいる。
少女の行く手を爆弾によって瓦礫の壁で塞ぎ、自分一人、敵であるこの男と対峙している。
「お前さん、戦い慣れしてるとは思えねえが」
「ははは……大正解」
別に何の賞品も出ないけど。
5メートル程度の間合いを保ち、僕は武器になるものが落ちていないか探した。
「ったくテメーは弱いくせに」
おっとうっかり忘れていた。
僕は足元から聞こえる声に目を向けた。
そう、自分一人ではなく、本当はもう一人ここにいたのだ。
「動けないタクトさんよりはましですよ」
石化によって身動きが取れない彼に、僕はさらりとそう告げる。
「うるせえ。ガキ可愛さにカッコつけやがって」
「……は?」
「だーかーら」
「いやいや、そんなんじゃないですよ」
僕がこの状況にあるのは、少女を見捨てるという倫理観に負けたからなのだ。
決して、お兄ちゃんと呼ばれたのが嬉しかったからでも、それが可愛いと思ったからでも、だから助けたいと思ったからでもなんでもないのだ。全然。本当に。全く。
「大体、ここで負けたらカッコつけるも何もないじゃないですか」
むしろカッコ悪さ倍増である。
「まあ、負けるんですけどね」
「お前な」
「あ、タクトさんのこれお借りします」
屈んで僕は、彼の足元に落ちていたナイフを拾い上げた。
「あ、おい、それは……」
「何も無いよりはマシでしょう」
僕は不慣れにそれを握ると、また小さくため息をついた。




