41 へたれの呪縛
「逃げる必要はねえさ。なあ?」
聞き覚えのある声。
それは僕が、あの厨房で隠れていた時に聞いた声でほぼ間違いなかった。
「おい馬鹿、後ろ!」
「分かってますって」
といっても僕が気付いたのは、タクトの忠告よりほんの一瞬早かっただけ。だから、この男が一体どうやって僕の背後に回ったのかまでは把握することが出来なかった。けれどタクトの声が耳に届いた頃には、既にその場から駆け出し、手元のスイッチを強く押していた。
ばん、という天井に備え付けてあった照明器具の破裂音。天井と壁の一部が崩れ落ち、粉塵でその場はみるみる白煙に包まれた。
「……なるほど」
僕は手に握りしめていた小箱を改めて確認した。
爆弾の起爆スイッチ。
少女から貰ったその爆弾の起爆スイッチは、用途によっていくつか使用方法が異なるようだった。
一つは既に知っていた。下の階で敵に遭遇した時に使用した、指定の部屋をピンポイントで爆破するタイプのスイッチだ。だから自分がその場にいなくても、遠隔操作で爆破が可能だ。
そしてもう一つ。そこには一言『緊急用』の文字が書かれていた。
今さっき僕が押したのはそっちだったらしい。
「自分の近くにある爆弾が爆発する。自爆に最適」
少女は手短に言った。
「自爆って」
そんなものまで用意しているなんて、悪の幹部にでもなるつもりかと僕は心の中で呟いた。
自爆と聞いた以上、自分が使うことはないだろう。
僕は『緊急用』と書かれた部分からそっと手を離した。
「感心してる場合じゃない」
別に感心してる訳じゃないけど。
肘袖をひく少女の声に、僕は耳を傾けた。
「これから、どうする?」
出来ればこのまま現実逃避したい。
喉元ギリギリまで出かかったその言葉。
けれど、そんな自分を叩き起こすように、彼女の鋭い眼差しが、僕にヒヤリと突き刺さる。
「戦う?」
戦わなきゃいけないのだろうか。
徐々に景色がひらけてくる。白煙にまみれていた瓦礫達がゆっくりとその姿を形作っていく。
「私は……戦う」
時間はもうほとんどない。
「……別に、へたれがいなくても」
瓦礫のその向こう側に、巨塔のようにそびえ立つ、一人の男の姿が見える。
「だからいいよ」
きっと彼女は僕がいてもいなくても、向かっていってしまうのだろう。
「ここまで一緒にいてくれてありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
そして僕は少女を置き去りに。
「……なんて出来るわけないですよね」
劈くような雷鳴音。しかし雨は降っていない。まるでそう錯覚してしまうほどの轟が建物内に響いた。
「ほう。相手になるのかい」
「いやーたぶん、相手ってほどの者でもないですよ」
一対一。まるで荒野の決闘のように、僕は男と対峙した。
逃げ道は完全に塞いだ。背後は瓦礫に覆われている。この瓦礫の向こう側に、少女は一人待っている。僕がここにいる限り、男が少女に辿り着くこともない。
「でもほら、ラスボス前にはよく分からない雑魚キャラが鬱陶しいくらい湧くじゃないですか。これはまあ、そんな感じです」




