4 ヒーローが金を取る
「理不尽すぎる」
「あぁ?」
「あ、いえ、なんでもないです」
なんでもなくないけど。
全てはこのスマホをヘラヘラといじっている人のせいだ。彼女が写真撮影会なんてものを始めるから、彼は気分を害するし、話はさっきから一歩たりとも進まない。彼女のメモリーにはたくさんの素敵な思い出が記録されたようだが、彼のイライラのはけ口となった僕は、その度に肉体的制裁を加えられた。正確には殴られたともいう。
「で、あなた、タクトさんが僕たちを助けてくれると、そういう事ですね」
気を取り直して僕はタクトと名乗るその男に話をふった。
「金貨五十枚でな」
雑に男は答えた。
「金貨、五十枚、ですか」
僕たちが助かる方法、それは有料だった。
有料、本来であればこの有料という響きに少なからず躊躇するだろう。しかし今はどうだ、金貨なんて僕の日常では使わない。使わないのだからその価値なんて知るはずがないのだ。
「分かりました、金貨五十枚ですね」
だからうっかり、その価値の重みを理解すること無く承諾してしまうこともあるだろう。
ま、金貨というからにはそれなりの価値があるのかもしれないけど。僕は何も知らなかったと、そういう体でいこう。
なんとでも言っていただきたい。
僕は漫画や映画の主人公ではない、ごく普通の人間なのだ。こんな状況にワクワクすることも無いければ、賢く立ち回ることもない。ほんのり金貨の価値が想像出来たとしても、それに見合った価格交渉なんて面倒なことはしない。僕はただ家に帰りたいだけの通行人Aなんだから。
「ねえねえ」
「なんだよ」
僕がそんな罪悪感にも似た心のもやもやを抱えている一方で、お気に入り画像を一通り堪能した少女は、先ほどまで被写体の一人であった男のもとへ歩み寄っていた。
「あなたは一体何者? 剣士? 勇者? それとも……」
「俺は――」
ガタタタタン
「わわっ」
なんだこれは。
足場が大きく歪んだ。左右に傾く自分の体。バランスを取るのが難しく、気を抜けばまた頭にこぶを作りそうだ。誰か僕につり革を。
「ちっ、もう港に着いたのか」
「み、港?」
僕がこんなにもよろめいているのに、タクトは微動だにしていない。なぜそんなにも堂々と立っていられるのだろう。
「テメーらを引き渡すんだろ」
右手で短くツンと立てた髪の毛をかきむしると、タクトはけだるそうに答えた。
引き渡す。人身売買ってやつだろうか。
「ったく、さっさとしねえから」
「さっさとって」
「い、いひゃい」
自分には無関係な理不尽な叱責を受けながら、僕は切れた縄を再び柱へと括り付けた。さすがに縄が切れてちゃ怪しまれるもんな。
「テメーらはこれから陸の奴らに引き渡される。そこが逃げるチャンスだ。俺が隙を作るから上手くやれ、いいな」
「わ、分かりました」
「ひゃい」
細かいことは分からないけど彼の指示に従えばなんとかなりそうだ。これで長いようで短かった僕の冒険も終わりをむかえるだろう。後は警察にでもなんでも駆け込んで事情を説明してなんとかしよう。
それにしても。
「……」
じたばた
「あの」
「なんだよ」
スルーしても全然構わなかったが、一応知り合いである以上、確認だけしておこう。
「その状況は一体」
じたばた
隣では幼馴染の友人が、タクトの手によって顔をむにゅっと挟まれていた。完全に女性にあるまじきビジュアル。じたばたと彼女なりに脱出を試みようとしているようだが、彼の力の前には無力と化していた。
「ああこれな」
その言葉と共に彼女はようやく解放された。
「さっきのどさくさに紛れて、ろくでもねえことしそうな気がしたから」
ああー、なるほど。
「えーっそんなこと無いよぉ」
さっきあんな事をされたのにも関わらず、彼女はそう言ってへラっと笑みを浮かべた。
「私はただ、よろめいたフリをして、あんなとこやこんなとこやそんなとこを触ってみたかっただけですしぃ」
その笑顔は紛れもなく残念な変態のそれだった。
「……」
「なんか、その、すみません」
とりあえず僕は謝っておくことにした。




