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36 握っていたのはだあれ?




 男達が物騒なことを話し合っている。やはり由宇さん達は捕まってしまったらしい。


 僕らは部屋の片隅で、息をひそめながらそのやりとりを聞いていた。


「……あの人達、ここで始末するべき」


 明らかに悪と分かる彼らの会話。その会話の内容に、少女は今すぐにでも爆弾のスイッチを押そうと僕の手元に視線を送った。


「駄目だって」


 事前にスイッチを預かっていてよかった。


 僕は片手に握っていたその装置の感触を手で確認しながら、ひそひそと言葉を返した。


「ここはおとなしく様子を見よう?」


 その提案に、彼女は不服そうに下を向いた。


 確かに彼女の爆弾技術は素晴らしいのかもしれない。僕は思った。


 しかし万が一、それが不発に終わったら? 僕は彼女を守れない。


 それに、そんなことを幼い少女がやるべきではない。いや少女でなくても、安易にそんなことをやってはいけない。


 ここは漫画やゲームの世界じゃないんだから。


 だから僕は、おとなしく彼らがいなくなるまで、ここに隠れ続ける方法を選択しようとした。そんな時だった。



「おい、今、何か聞こえなかったか?」


 げ、やばい。


 彼らのうち一人が何かに気付いたらしく、そう声をあげた。


 まさか今の会話が聞こえてしまったのだろうか。


 嫌な汗と高鳴る心拍数が僕を襲った。


「やっぱりまだ他に誰かいるらしいな」


 別の男の声。それを皮切りに、物騒な空気が更に物騒なものへと姿を変え出した。


「出てこいやおらぁ!」


 叫ぶ声と段ボールを強く蹴りあげる音。


 これはもう駄目かもしれない。


 徐々に足音が近づいてくる。


 眩暈にも似た感覚に襲われながら、僕は爆弾のスイッチを強く握った。


 こつりこつりと一歩一歩、恐怖のカウントダウンが鳴り響く。


 もう駄目だと思った、その時だった。


「……上か」


 渋い年配風の男の声が、荒々しい空気を割るようにぽつりと滴り落ちた。親分と呼ばれていた男だろうか。生み出されるのは一瞬の間。


 どたん。その間をおいて、何かが倒れるような低音がかすかに僕の耳に届いた。


 二階で何かが起こっている?


「う、上だ、上に行くぞお前ら!」


 僕の疑問を確かめるように、誰かが威勢のいい声でそう叫んだ。そして、その声を皮切りに、まるで水を得た魚のように男達の跳ねる足音がこの部屋を後にしたのが分かった。





「……」


 助かった。


 しんと静まりかえった厨房の片隅で、ようやく僕は心の緊張をといた。


 本当に危なかった。あと少し、あとほんの一秒でもこの緊張が続いたら、僕はこのスイッチであの危機を乗り越えていたに違いない。さっきあんなにも武力行使を否定していたにも関わらずだ。


 僕は申し訳ない気持ちで、隣に視線を送った。


 少女は相変わらずだった。シーツ越しにも真っ直ぐ前を見据える瞳。表情はやはり無表情のまま。一つ違うとしたら、彼女の手が僕の手をしっかり握っているということくらいか。


 僕は振りほどこうとした動きを止め、その行動の意味について考えた。


 もしかして、怖くて動けないとか。考えてみれば当然か。淡々とはしているけれど、相手は幼い女の子なんだから。たとえ表情は変えなくても、行動には出てしまう。


 そう考えれば可愛いものだ、やっぱり子供なんだなと僕はそう思っ――


「親分!」


 唐突に入る叫び声。ばたんと扉が勢いよく開けられる音が部屋に響いた。


 親分だって?


 僕は首を捻った。


 何を言っているんだ。親分はさっきみんなと一緒に出て行ったじゃないか。さてはコイツ、トイレにでも行ってる間にみんなに置いていかれたのか。気の毒な子分よ。君の親分は二階に行きましたよ。


 当然それを教えるわけにもいかず、僕は静かにやり過ごそうと思っていた。しかし。


「ああ」


 渋い年配の男の声。その声がはっきりと、相槌を打ち返していた。


「もう、何してるんですか! いましたよ、怪しい奴。しかも先日問題になった懸賞金付きのアイツです。親分が戦いたがっていた」


「……そうか」


「ほら、早く行きましょう。ささっ」


 ぱたんと扉の閉まる音。今度こそ、この厨房は無音の空間となった。恐らく、たぶん。


 しばしの沈黙。


「……手、離して」


 少女はその沈黙を破るようにそう言うと、そっと片手でシーツをめくり上げた。


「はい、すみません」


 握っていたのは僕の方。


 しっかりと握っていた少女の手をほどき、素直にそう謝罪した僕は、へたりと力が抜けるように腰を下ろした。


 まさかまだ人が残っていたなんて。


 あの騒動のあと、てっきり僕は全員部屋を退出したと思いこんでいた。


 それなのに、まさか、よりにもよって、いや、まるで僕らがいるのを分かっていたかのように親分がいたなんて。


 あの時、この子が僕の手を握っていなかったら一体どうなっていただろう。


 何とも言えない後味の悪い恐怖が僕の中を伝った。





「ありがとうね」


 僕がその言葉を告げる時にはもう、少女は地下へ降りる階段を探し始めていた。


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