35 厨房ですよ!
「廊下には誰もいない、か」
こっそりと壁に張り付き廊下を確認した僕は、ほっと安堵の息をついた。
しかしそうなると、先ほどの叫び声に関する出来事は間違いなく部屋の中で行われている。
僕は慎重に歩を進め、隣の部屋の前に立った。汗ばむ手で手に取るドアノブ。
「よし」
先ほど少女から手渡された爆弾のスイッチを確認するが、この扉には爆弾は設置されていないようだ。
僕は安心して、そっとドアを開けた。
「誰も、いない?」
扉の先に待っていたのは老紳士でも幼馴染でも身元不明の侵入者でもなく、大型冷蔵庫やガス台などが整えられたごく普通の厨房だった。
「確かにこの部屋から聞こえたはずなんだけどな」
僕は先刻聞こえた叫び声を思い出す。
老紳士の悲痛な叫び声。それは紛れもなく隣の部屋から聞こえてきたものだった。
彼らの「食料を探しに行く」という部屋を出た理由から考えても、この部屋で間違いないだろう。たぶん。
「他にも食料がありそうな部屋があるのかな。この隣の部屋とか」
「……それはない。ここだけ」
「そっか、ここだ……えっ、えーっ!」
「へたれ、うるさい」
返ってくるはずの無い声に二度見をした僕に、その少女はリボンの付いたピンクの靴先で僕のかかとを軽く蹴りあげた。
「そうじゃないでしょ」
慌てて少女の頭を押さえるようにして小さく屈む。
厨房の隅に隠れるようにして、僕はひそひそと会話を続けた。
「なんで君がここにいるの、待っててって言ったでしょ」
何があるか分からない。だから自分一人でここまで来たっていうのに。
「了承はしてない」
少女は水晶のような丸い瞳で僕の顔をじっとみつめた。
「だからってそれは――」
そう言葉を続けようとした瞬間、厨房全体が軋むようにガタガタと大きな音を立て始めた。
床が裂ける?
まるで地下遺跡のように、目の前にあったガス台が二つに分断し、その下からは先の見えない階段が姿をあらわした。
「誰か……来る」
小さく僕の腕を引くその子の声に、僕はたまたまそこにあった白い布を広げ、自分たちに覆いかぶせた。
傍から見たらどう見えるかは知らないが、極力荷物になりすますため、僕は少女との距離を詰めた。
ガツガツガツ。階段を上る足音が徐々に近づいてくる。一人ではない、複数、少なくとも三人以上の人間がこの部屋へと出ようとしている、そんな音だった。
「この家、無人じゃなかったのかよ!」
「そうだって話は聞いてたが、あの情報屋、嘘つきやがったな!」
若い男達の会話。
どうやら何某かにこの家が無人であるという情報を得てやってきた連中らしい。
「親分、どうします。あいつら今すぐ消しますか?」
「それは後にしろ、今は――」
子分と思しき男の問いかけに、深みの感じる年配風の男の声が言葉を返した。
「今はこの家に、他にも誰か残ってないか徹底的に探せ。始末はその後だ」




