26 ゼロか百か五十か
屋敷へと続く一本道。魔法竜はどこかにまた飛び去ってしまった。そんな僕らの間には、サクサクと地面を踏みしめる音だけが続いた。
金貨五十枚。
タクトの後ろ姿を追いながら、僕はそんなことを思い出していた。彼は言っていた。僕らを助ける代わりに金貨五十枚で手を打つと。過程はどうあれ、結局はあの状況から助かってしまった。
これはすなわち、金貨五十枚の必要性を意味する。あの時はそんなのいくらでもうやむやに出来ると思っていたけれど。
僕は彼を見つめた。外見こそ派手だが、その身に備えたナイフや威圧的な態度さえ除けば、案外同年代かもしれない。まあ、その差が大きいんですけど。
かたや海賊の元船長、かたや受験を控える超普通の高校生、二人の間に広がるその差は、埋めようとしても簡単に埋まるものではなかった。
出来れば金貨のことは忘れててくれませんかね。
それかいっそ、僕がすっとぼけてしまおうか。竜で空を飛んだショックで記憶の一部を失ってしまったと言えば、僕に非はない。うん、そうだ、それがいい。
「あ、そーだ」
偶然にも僕の祈りが届いたのか、タクトは足を止めると、ちらっと後ろを向いた。
こいつ、まさかエスパーか。僕の心の声が聞こえたのか。
僕は思わずたじろいだ。
「お前さ」
僕の動揺などつゆ知らず、まるで何かのついでのように、軽い口調で彼は言った。
「金貨、忘れるなよ、百枚」
「えっ」
百枚。
その言葉がするりと飲み込めず、僕はもう一度さっきの言葉を置き直す。
――金貨、忘れるなよ、百枚。……ヒャクマイ? 百?
んー、おやおや。これは増えてますねぇ。五十が百になってますねぇ。タクト君は忘れん坊さんかな?
僕は思う。こういう時、物語では知らず知らずのうちに、次々と真偽不明の負債が主人公たちに降りかかる。彼らはそれをうやむやのまま受け入れてしまう。
このままでは力で押し切られてしまうかもしれない。
「いえ、五十枚でしたね」
僕は早々と訂正した。
生憎、僕は不幸を呼び込むやれやれ系の主人公ではないのだ。たとえここで彼と一悶着あろうとも、僕は一切妥協はしない。一刻も早く現実世界へ帰るためにも、そういう余計な展開は随時省かせていただこう。五十枚といったら五十枚だ。
「覚えてたならいい」
僕の小さな決意など軽くあしらうように、タクトは満足気な笑みを浮かべると、再び先へと足を進めた。
「ん、あれ?」
それだけ? ここでちょっともめたりするんじゃないの。有無を言わさず百枚になるとかそういう展開じゃないの。あれーもしもーし、タクトさーん。
徐々に離れていくタクトの背中。
当初の計画などすっかり忘れ、その背中を追うように、僕は小道をかけていった。




