14 無機物になりたくて
「詳しく話を聞こうじゃないか」
彼女の華麗なる食いつきに今後考えられる面倒臭さを想像して思わずため息が出てしまいそうになった。いやいや、今はそんな事言ってられる場合じゃない。
「でもその前に、この罠、なんとかしてください」
あのぽっちゃり系海賊が戻ってくる前にこの状況を脱するのは必至だ。覚えてろってそれなりの捨て台詞吐いたんだからきっと戻ってくるだろう。
「どうやって」
彼女が僕に聞く。言われてみれば確かにそうだが、まあ考えられるといえば、
「その変に操作レバーとかボタンとか無いんですか」
「ある」
やっぱりあった。あの時、彼はこっそり覗きながら僕らを捕まえた。ならばその近くに操作出来るものがあってもおかしくない。ここまで分かれば、あとは彼が操作したのと同様に装置をいじるだけだ。
「じゃあそれを」
「ボタン、いっぱいあるよ」
いっぱい。それは数の膨大さを表す言葉。この期に及んでこういう展開とは往生際が悪いな。
「全部押してみてもいいけど」
「全部、ですか」
僕は考えた。
これがギャグ漫画だったらどのボタンを押しても命に別状はないだろう。あるいは、死んでも次のページで復活するだろう。ならば全然構わない。でも、ここはギャグの世界じゃない。ここは一旦保留にしてマニュアルでも探すべきか。
「ちょっと待っ……」
「右から三列目下から二列目のボタンを押してから、左端のレバーを引け」
「え」
一瞬、格闘ゲームのコマンドかと思った。もちろんそんな訳はない。あまりにもそんな発言しないと思っていた方向から言葉が投げられたから思わず混乱しただけだ。
「タクトさんがなぜそんなことを知ってい……」
「はいはい、了解ーせいやっ」
「あ、ちょっと」
事実確認もまだなのに一切のためらいを見せることなく、天井では機械がガチャリと音を立てた。
「こほん。ま、まあ、いいですけどね」
目の前の景色が下から上へと変わっていく。僕の体はゆっくりと地面に向かって動きだしていた。
「ところで由宇さん」
「なんだい」
体が降下する最中、僕は少し気になっていたことを訊ねた。
「敵に囲まれてからさっきまで、あなた一体何をしていたんですか」
戦闘シーンを見たいと熱望していたのにいなくなったのもさることながら、あの状況で今の天井裏まで、一体どうやって移動していたのかも気になるところだった。
「ああそれは」
他愛のない日常を語るような、そんな穏やかな口調で彼女は告げた。
「戦いが始まった時、一人不審な挙動を示してる男を見つけまして……」
そうだったのか。僕はあの時のことを思い返してみた。けれど全然そんな奴がいたなんて記憶にはなかった。
「これはもしかすると、姑息な技を使ってくるタイプの敵ではないかと思い、あとをつけました」
「あとをつけた」
「姑息な技っていうのは、相手が気付かないように仕掛けるものです。だからいつもは事後になります」
「事後に」
「私はその前段階、舞台裏を知りたくて、ならば今しかないと思い彼のあとをつけました」
「……」
「おかげで二人が罠に捕まるシーンはばっちりこの目に焼き付けました」
「……じゃあさっきのボタン操作も見ていたのでは」
「そこは興味がないので」
なるほど、無駄なことはしない主義なんですね。
ようやく地面に足がつき、網がはらりとほどけると僕は天井を見上げた。
相変わらず小さな隙間から目元だけを覗かせる彼女。だから怖いって。僕はそう思ったが口には出さなかった。
「よくもまあそれで相手にバレなかったものです。でもおかげで助かりました」
「日々私は壁や地面や空気になりたいと思っているからねぇ」
なんか変な言葉を聞いた気がするが気のせいにしておこう。
彼女の目元はへらりといつも通りの笑みを浮かべていた。




