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13 それは天の声じゃなくて天井の声


 もう一度ブチ当てるってそんな。


 戸惑いながらも僕はポケットに手を入れた。


「やめた方がいいと思いますよ」


「いいから貸せ」


 あっ。強引に手から剥ぎ取られる硬貨。彼にその正確な価値など分かるわけもなく、単なる小石同然に手の中で弄ばれる。


 さらば、僕の五百円。


ひゅっ


 手首は躊躇することもなく軽く振りぬかれた。鈍い光沢を放つ金属の塊は、延々自分の世界に浸る男めがけてスイスイと飛んでいく。


「タクト、お前ももう少し頭が良ければ俺様の仲間に入れてやっ……ん、なんだ、何を、ぎゃっ!」


「ちっ外したか」


 さすがに二度目の投擲は避けられてしまった。いくら彼といえど、自分の目の前で起こる事を防ぐことが出来ないほど、鈍いわけではない。その丸く大きな体をギリギリのところでのけ反らせ、なんとかそれを回避した。天井の裏側から、ふうふうという熱い息遣いが聞こえる。太っているのも大変だ。


「い、一度ならず、ふぅ、二度まで、も、よくも……ふぅ、やりやがったな……くそっ、げほっ」


「は? テメーの話はいつも息遣いが荒くて聞こえねえんだよ」


 大きく足を組み、捕らわれているとは到底思えないような態度でタクトは相手を睨んだ。謝る気も下手に出る気もさらさら無い。彼はきっとそんな風に思っている。


「ぐ、うううううう」



 当然、男も言われっぱなしでは腹の虫が収まらない。


 苦しそうな息切れをおさえこみ悔しそうに足をばたつかせると、再度、天井裏から顔をのぞかせ、


「覚えてろ、覚えてろおおおおお」


 そう言って、その場から去っていった。





「……」


 さて、これからどうするか。さすがにこのままという訳にもいかないだろう。


 僕は自分を閉じ込めている網を確認した。


 網の隙間は五センチにも満たない。体を小さく出来る方法でもない限り、この隙間から脱出というのは無理そうだ。ならば穴を広げるのはどうか。


「タクトさん、ナイフ持ってましたよね」


 刃物など持ち歩かない平和な世界に住む僕はすっかり忘れていたが、ナイフという存在があった。見たところ網自体は虫採りアミような切断しようと思えば切断出来るもののように思えた。


「ちょっとこれ切れませんか」


「……」


 無言でナイフが手渡された。使い慣れたような手触りの良い持ち手。


「ありがとうございます」


 僕は刃先を網にあてた。


「まあ無理だろうけどな」


 そんな馬鹿な。


 その言葉通り網は僕がどう力を込めても切断はおろか傷の一つも付けることが出来なかった。


「竜の髭で出来てるからな」


 そんな未知の材質、あるならさっさと教えて欲しかった。


「それよりも」


「はい?」


「あの女、何してんだ」


「あの女……? うわ」


 そう言われて彼の視線の先を確認すると、そこにいるのは恐らく由宇さんだった。


「何を……しているんですかね?」


 僕は天井の隙間から無言でこちらを見下ろしている彼女に訊ねた。


「私のことはお気になさらず」


「いや、気になりますよ」


 そんな血走った眼でこちらを覗いてちゃあね。夜一人でいる時に発見した日にはトラウマになって一生天井見れなくなりますよ、ほんと。


 なんてそんな気持ちなど到底理解されることもなく、その目は不思議そうに瞬きを繰り返した。


「これからお楽しみの時間が始まるんでしょ」


 それは一体どんな時間だ。


「大丈夫、邪魔はしません。私は天井、天井なのです」


「天井はスマホで撮影なんかしません。いいからここから僕らを助けて下さい」


「えー」


「えー、じゃないです」


 しかし彼女は相変わらず動こうとしなかった。


「だって貴重でしょう。罠に捕らえられる男二人。密接する体。揺れる……」


「はいストーップ。そこまでです。分かった、分かりました。僕の負けです。お願いですから、この話は止めましょう」


 僕は制した。このままでは完全に彼女のペースに飲まれてしまう。一度こうなったらこの人は、新たに面白いものが出てくるまで延々暴走し続ける。


 苦渋の選択ではあるが仕方ない。出来れば教えたくはなかったが。


「その代わり、いいことを教えましょう」


 脱出するためには仕方ない。僕は彼女の方を見上げた。


「何だい」


「この世界には、魔法が、存在するとのことです」


 ああ言ってしまった。一刻も元の世界に帰りたい自分にとって、これは間違いなく遠回りな選択だ。しかし、この状況には代えられない。


「話を詳しく聞こうじゃないか」


 おかげで返ってきたのは本日まれに見る素早い反応だった。


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