10 僕が飛んだ日
「このまま黙って捕まってればいいものを」
僕らが飛び出した時、男のうち一人が小さくそう漏らした。
「生憎お前らとは違くてな」
タクトは不敵に笑う。
さあ兄さん、ばさっとやっちゃって下さいよ。ばさーっと。
僕は一緒に飛び出したように見せた体を止めると、そっと後ろ歩きに変えた。最初だけ注意を引きつけたら僕の仕事はおしまい。のはずだった。
注意は引きつけました、あとはお任せしま……え。
どっ
「ぐっ」
背中に強烈な痛み。待って、これ、え、ちょっと、ねえ?
「なーにするんですかああああ」
タクトの容赦のない蹴りを受けた僕の体は、吹っ飛ぶように前方へと吹き飛んでいった。
「またお前が相手か。負ける気はしねえ」
僕は負ける気しかしませんよ。
男は得意げにナックルを構える。やはり僕の勢いは止まらない。不思議なくらい止まらない。まるで誰かに操られているように体が前進していく。
「あああああ」
今度こそ死ぬのか僕は。
その重く冷たい鉄の塊は僕の顔面を思い切り――
どんっ
「な、んだと」
「へ」
不思議なことが起こった。
間違いなく僕は顔面を殴られるところだった。いや、正確には殴られていた、と思う。しかし今、この瞬間、吹っ飛んでいるのは僕ではく男の方で。
「くそ、小賢し……い『魔具』使いや、がって……」
木箱に埋もれてた体を起こし、男は恨めしそうに僕を睨み付けた。
そう言われても。
前のめりに転倒した体を起こし、改めて自分の体を眺めた。
おでこに擦り傷が出来たくらいでそれ以外に変化はない。別に僕が何かを持っていたわけでも、何かをしたわけでもなかった。そもそも『マグ』とはなんだろう。
「何かしたというならこの人か」
タクトはナックルの男に駆け寄ると、相手が大勢を整えるまでもなく、痛烈な回し蹴りで相手を床へと沈めた。
「こんなに強いんだったら、もっと早くになんとか出来たでしょうに」
「あぁ? うるせえ」
隣では既に男が深い眠りについている。僕は腰を屈め、彼の握りしめているナイフをそっと回収した。
これであと一人。
僕は視線を奥へと移した。
「くそっ、てめえらぁ!」
若い男の怒号。前方から箱の中身を確認しに行った男が、烈火のごとく怒りをふりまきこちらへとやって来る。
彼に吹き飛ばされた箱からはバラバラと中身が飛び出していた。僕のスマホもそのうちの一つだ。
ブーッ ブーッ ブーッ
床板に転がり続けるそれは空しくわずかな振動を続けていた。
「騙しやがったな!」
鋭く尖ったナイフの先がタクトめがけて襲い掛かる。勢いのついたそれはかわす間も与えずに彼の胸元に達する。
キィン
小気味の良い金属音。それは二人の刃物を大きく弾き飛ばした。
「ぎゃっ」
タクトはそのまま相手の顔面を床に叩き付けると、馬乗りになって男を押さえつけた。男はとっくに気絶していた。
「騙された奴がクソなんだろ」
「いや、その」
僕は頭をかいた。
騙したつもりはない。
たまたまアラームをセットした電子機器を、その辺にあった箱の中に入れておいただけだ。
そしてついでに、アラームが鳴った時、あー鳴ったんだなって箱の方を確認しただけだ。
僕にそんな物語の主人公のような、ピンチを上手いこと乗り越える奇跡が起こせるわけがない。
まあもしかすると、あの奇妙な幼馴染が用意した『もしもピンチな場面に遭遇した時に、試してみたいこと案』なんていう、すごくどうでもいい提案書には書いてあったかもしれないけど。
自分のようなモブキャラにそれはない。 そう強く繰り返した。




