1 お決まりの不思議アイテムでした
「んー暇だよね。実に暇だ」
なんてことない休日だった。僕がコンビニに行こうと家を出ると、そこに彼女は立っていた。いわゆる幼馴染というやつだ。そう聞くと誰もが美少女を想像するかもしれない。仲良しで世話好きな良好な関係を想像するかもしれない。しかし残念ながらそれはハーレム漫画なんかの話だ。
こちらをご覧いただこう。
顔は普通。身長も普通。横幅も普通。性格も普通。これといって特徴が見当たらない。しいていうなら、大抵いつもヘラヘラと愉快な笑みを浮かべているだけだ。にっこりではない。ヘラヘラだ。なぜなのか。その答えも僕にはわかる。
何を隠そう、彼女はオタクであり腐女子なのだ。
周囲の目などお構いなしで日夜妄想に明け暮れている様子が、こうして何の関係もない通行人である僕へもヘラヘラとした笑みを供給する原因となっている。出来ることなら返品したいのは言うまでも無い。
「んー暇だ」
そんな彼女が暇だと言っているのだ。よっぽど暇なのだろう。しかし僕には関係ない。僕の家の前に立ってそんな発言を繰り返しているのは、単に彼女の家がうちの隣にあるからであり、僕に何かしらのフラグが立っているわけではないのだ。面白いことを探しに外に出た彼女に偶然僕が出くわしただけなのだろう。
コンビニ行こう。アイス買ってこよう。
今のは見なかったことにして、僕は再び歩き出した。彼女は相変わらず何か言っているようだけど、僕には関係の無いことだ。
「どうせなら異世界とか行ってみたいよね」
いや別に。
「そんで、海賊になって熱い友情のシーンに出くわしたり」
興味はない。
「かばわれたり、こう、グッとくる何かが欲しいよね。愛とか友情とか愛とか愛とか」
愛多いな。
「そうなるためには、目の前に不思議な魔法の杖が落ちてたりすると嬉しいな。ってあれ、本当に落ちてる。杖? 魔法の杖?」
落ちてるんかい。一体この人は何を拾ったんだ。
総スルーをきめこむつもりだった僕に一瞬だけ生まれてしまった興味。それがつい、杖の正体を確かめる方向へとほんのわずかばかり傾いてしまった。少しだけ体を捻る。振り返る僕の目に映ったそれは、木の棒を魔法少女のようにくるくると振り回すなんともアホらしい幼馴染の姿だった。
「よーし、そーれ、異世界にレッツゴー」
いや、これ完全に普通の人に見られたら変人扱いされるパターンだからね。
心の中で呟いた。
けれど僕は知っている。
彼女の奇妙な言動は、まるでこの世界の掟であるかのように、なぜか一般の人には認識されないということを。現に今、この瞬間をもってしても、周囲に人がいて彼女の奇妙な行動が目撃されることはない。だから世間では、脳内妄想に侵される変人女子高生、ではなく、ごくごく普通の女子高生、佐々木 由宇さんで通っているのである――
他人に認識されない以上、僕がしゃしゃり出て彼女の奇妙さを語ることはない。だから今日も、この人は変だったな、って心の中でそう思って、それで終了するはずだった。 はずだったのだが。
「……いや、ちょっと待った」
今回は別だった。
「待った、いやいやいや、ちょっと待った」
僕は自分で自分を見失わないよう、はっきりと声をあげた。
「おやおや~誰かと思えば、君はお隣の……えっと、名前なんだっけ」
彼女は僕の声に今ようやく気付いたようなそぶりを見せた。しまりのない彼女の笑顔が久しぶりに僕をとらえる。
「森田です」
手短に名乗る。この際、名前を忘れられていることなんてどうでもいい。それよりも今の『この』状況だ。
「そう、森田さんちの森田君」
「森田さんちの森田君です。ちょっと質問いいですか」
僕はなるべく冷静になって問いかけた。
「なんでしょう」
彼女の反応は変わらない。あのヘラヘラした様子のままだ。
僕はあらためて周囲を見回した。今ここに見えているものが、何かの勘違いではないことを確認するために。しかし、やはりこれは僕の見間違いではなさそうだ。
「ではお聞きします。一体なぜ、僕の周囲は海に囲まれているのでしょう」
「さあ?」
「そしてなぜ、僕は船に乗っているのでしょう」
眼前に広がるあり得ない光景に震えている僕とは対照的に、彼女は満足気にへラっと笑った。
「……さあ?」
真っ青に広がる海を背景に、彼女はとても自信に溢れた様子で手を広げていた。
「私にも分からないねぇ。けれど、きっとこれは海賊船。そう、私たちはつまり海賊の世界に来てしまったんだと思う!」
思うって。
僕は再度周囲を見回した。
残念ながら僕にはこの船が、何の船であるかを当てることは出来ない。海賊船かもしれないし、貨物船かもしれない、あるいは旅客船なのかもしれない。それなのに、初っ端から海賊船と言い切る彼女には、その根拠を五百字以内にまとめて提出いただきたいと思う。
「これは異世界! 熱い冒険の日々が今始まるのではないでしょうか!」
ああダメだな、この人。
そこから彼女は、勢いづいたのか次々と妄想を広げ出していた。
しかし、ノリノリのところ悪いけど、ほんの一瞬で自分が本来いたはずの場所と全く違う場所に立っているなんて、僕には到底受け入れられるものではない。
これは漫画の中か? あるいは夢でも見ているのかもしれない。
けれど、ゆらゆらと揺れる船内で感じる日差しはこんなにも熱く、それはまるで全てが本物であることを証明しているかのようであった。




