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あるいは壮絶な…

作者: 玲鬼

 そこは静寂が支配していた。

 緊張し張り詰めた空気の中に立つのは、対峙する二人の男。彼らはよく似かよった顔立ちながら、その面を彩る表情はまったく異なる。一方は憤怒に顔を歪め怒気と殺意を撒き散らし、もう一方は悲哀に顔を染め哀切の空気を纏う。


 そして二人から離れた場所にもう二人。

 固唾を呑み、これから起こるであろう事柄をハラハラとした面持ちで見守る女、と男。


 かすかな咀嚼音しか聞こえない中、対峙する男達は各々の得物を構え、今まさに決闘でも始まろうかという緊張感が漂う。そんな耳鳴りがしそうな程の静寂を破ったのは、相対する相手よりも柔らかな雰囲気を持ち、しかしそこに悲しみを混ぜた男だった。


「何故…、何故なんだい?

 どうして君とこんなことをしなければいけないんだ…」


 悲しみに震え、心底耐えられないと言わんばかりの、泣き出しそうな表情で紡がれた問いに答えたのは、地を這うような低い声音だった。


「何故…、だと?」


 ざり、と土が鳴る。問いかけられた男は、相対する相手よりも鋭い雰囲気を殺気によってさらに尖らせた。そのわずかな見じろぎと共に男の殺意が膨れ上がる。


「貴様が!!

 貴様がそれを言うのか!?

 あれほどのことをしておいて!!

 まだ分かっていないのか、この愚か者が!!!」


 怒声に大気が震え、突き付けられた刃と共に殺気が叩きつけられる。息を呑み、あるいは呼吸を荒げ、互いにかける言葉もこれ以上伝える言葉もなく、両者の間を再び沈黙が支配する中で、先ほどよりもなお一層張り詰めた空気を震わせたのは。


「おにーちゃん、ガンバレー。」


 オロオロと困惑しながらも、これから始まるであろう凄惨な死闘を止めるべく、心配気な面持ちに決意を滲ませながらタイミングを計り、方法を模索していた女、の隣でポップコーンを片手にまるで劇か映画でも観るような雰囲気で成り行きを眺めていた男。


 男の発した、場の緊張感を根こそぎぶち壊すような気の抜けた棒読みの声援(?)が、対峙する男達に与えた効果は絶大だった。張り詰めた空気が緩み、今までのやり取りがバカらしくなったと互いにやる気をなくして構えていた得物を下げた、などということはなく。確かに怒気は薄まり殺意も幾分か和らぎはしたが、その代わりに火に油を注ぐ、どころかヤる気の炎にガソリンをぶち撒けていた。


 声援(?)を受けた男達は、ある者は勝ち誇ったように相手へ嘲笑(わら)い、ある者は悲哀を悲壮へと変えて絶望に彩られた表情を見学者の男へと向けた。

「そんな!!

 パパには!?

 パパには"がんばれ"って言ってくれないのかい!?

 おにーちゃんだけなんてズルい、ズルいよ!!

 パパ泣いちゃう!!」


 あまりにも情けない父親の嘆きに対して答えたのは、言われた本人ではなく勝ち誇った顔を瞬時に羅刹の形相へと変じた、その兄だった。


「黙れ、愚父が!!

 何を父親面している!!

 かつて貴様が行った数々の悪行、よもや忘れたとは言わせん!!

 あいつもああ言っている事だ、大人しく今この場で俺にその首刈られるがいい!!」


 その言葉と共に場が動く。これまで張り詰めながらも不動を保ってきた空気が、今まさに動きだそうとしていた。


「いけない!

 止めないと!」


 方法を模索しながら沈黙を守っていた女だったが、ついにぶつかり合おうとする男達の様相に、焦りながらも二人を止めるべく手段を講じようとした。

 が、その肩にがっしりとした掌が置かれる。


「ちょっと待て。

 あいつらならほっといても大丈夫だ。」


 その言葉と、肩に置かれた掌に踏み出そうとした足は止まり、隣にたたずむ男を振り返る。


「でも、あの様子じゃ止めなければ大変なことになるわ!」


 焦る女に、男はどこまでものんびりとした態度で片手に持ったポップコーンを差し出した。


「大丈夫、大丈夫。

 それより、あんたも食べるか?

 結構うまいぜ、コレ。」


 甘いキャラメルの香りが漂い、男の自然体な態度もあいあまって、一瞬だけ女の意識はそちらへと取られる。


「あら、本当に美味しそう。

 …ッ!

 ではなくて!

 申し訳ないけれど、今はそんな場合では…」


 女の言葉にそれまで飄々とした態度をとっていた男が肩を落とす。


「そうか…

 ひょっとして嫌いだったか…?

 だったら悪い…。」


 眦を下げ、元気なく落ち込んだ表情をして謝る男に、生来優しくて他人を傷つけることをいとう女は慌てた。


「いいえ!

 ポップコーンが嫌いな訳じゃないわ、でも…」


 女がすべて言い終わる前に、男は子供のように眼を輝かせて手に持つ容器をさらに差し出す。


「なら、食べてみてくれ。

 ここのポップコーンは他の店とは一味違ってオススメなんだよ!

 あ…、それともキャラメルはダメだったか…?」


 浮かべた笑みを瞬時に悲しげなものに変化させた男に、人が好いと親しい友人全員から言われる女は、なおさら慌てて勧められるままに差し出された容器へと手を伸ばした。


「い、いいえ!

 キャラメルのかかったポップコーンは、ポップコーンの中では一番好きよ!

 それじゃあ、少しだけいただくわね…

 …美味しい!」


 口に含んだ瞬間に広がるキャラメルの香り、サクサクとした食感にほのかな香ばしさ、そしてわずかに感じる塩味に思わず女の頬がほころぶ。


「だろう?」


自慢げに笑う男につられて、女もその頬に浮かぶ微笑を深くし、互いに笑いあう。


「ええ、本当に。」
































































「DIEEEEEEEEEEEEEEEE!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」(ダァァァァァァァァァァァァァァァァイ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!)




 そんな彼女を我に返らせたのは、殺意に満ち満ちた雄叫びとそれに続く鋭い剣戟の音だった。

 音源はもちろん、先ほどまで対峙していた二人の男。

 常人では捉えることすら不可能な斬撃を繰り出し、眼前の敵を一刀のもとに葬り去らんと修羅のごとき形相で得物をふるう男と、一撃一撃が必殺の威力を持つ斬撃のすべてを難なく防ぎ受け流し、相変わらず悲しげな空気を纏いながらも刃には刃でもって答えるといわんばかりに鋭い反撃を繰り出す男により、死闘の音階が奏でられていた。


 そのあまりの壮絶さに息を呑んだ女が一瞬動きを止め、そして改めて二人の下へ行かねばと動き出すよりも早く、いまだに女の肩に置かれたままだった男の掌に力がこもる。思わず男を振り仰いだ女の瞳に映ったのは、安心させるように明るく笑う男の顔。


「心配しなくても大丈夫だって。

 あの二人はな、昔っからああなんだよ。」


 言われた言葉の意味が上手く呑み込めず、女は知らず知らずのうちに、きょとんと瞳をみはる。


「昔から?」


 思わずオウム返しに呟いた言葉に、女の様子にか昔を思い出してか、笑みを深めた男が答える。


「そうそう。

 兄貴は素直じゃないというか、いわゆる"ツンデレ"って奴でな。

 それに加えて、ガキの頃から俺達二人して親父から鍛えられてたもんで、"拳で語り合う"とか"刃を交えて想いを伝える"とか、そういうとこが少なからずあってな。」


 ゆっくりと瞬きをして男の言葉を噛み砕いていた女は、おもむろに口を開いて自らの理解した解答を男に確認する。


「つまり、今あの二人が行っているのは、単なる親子のスキンシップ、ということ?」


 男は相変わらず笑いながらその言葉に頷いた。


「ああ。スキンシップというか、コミュニケーションだな。

 言葉で伝えるよりもこっちの方が早いって、ずいぶん前から兄貴と親父の間では、再会の挨拶から積もる話、近況の報告まであんな感じだ。」


 男の言葉に、女はようやく安心したように微笑んだ。


「そうだったの。

 そういうことなら、邪魔をしてはいけないわね。

 ありがとう、止めてくれて。

 危うく、大切な家族の交流の場に踏み込む所だったわ」


 そう言うと、女はまるで微笑ましいものを見るように穏やかな笑みを浮かべて、男と共に親子の攻防を見守る。




 根が優しく素直で、やや複雑な事情があるものの愛情豊かな家庭で育ち、何よりも隣に立つ男に全幅の信頼を寄せている女は、気づけない。




 兄は、かつて父親が己達に施した「獅子は千尋の谷へ我が仔を落とす」という故事をそのまま実践したような厳し過ぎる修練を怨み、「愚父を殺すために奴を超える」と公言してはばからず、実際に今も本気でその首を落とさんとしていることを。


 父は、我が子に刃を向けられて悲しむ気持ちは本物なれど、以前会った時よりも実力を伸ばしてきた長男を嬉しく思うと共に、生来の戦士としての気質から我が子である男を本気で完膚なきまでに叩きのめそうと動いており、あまつさえスパルタ教育パパとして「すごく強くなってるけど、パパにはまだまだ届かないと思い知らせて、越えられない壁として立ちはだかるのも父親の役目だよね!よし、これも愛ゆえの鞭だよ!」などと考えていることを。


 今、目の前で繰り広げられているのが、世界でも十本の指に入る上位実力者同士によるまぎれもない死闘であり、その余波ですら怪獣大決戦も真っ青なレベルで周辺の環境に多大なる影響と甚大なる被害をもたらす程の壮絶さであることを。


 そして、信頼する男が今、こう考えていることを。


(まぁ、兄貴の場合は"ツンデレ"は"ツンデレ"でも、"ツンドラ(対親父)"と"デレデレ(対俺)"なんだがな。)




 この地で行われているのは、空間を切り裂き大地を抉り地形すら変える災害級の凄惨な殺し合い。



「私は私の息子達を愛している!!

 だからこそ敗ける訳にはいかない(息子に)!!

 息子をさらに強く鍛え上げるために、全力で叩き潰す(息子を)!!

 すべては愛ゆえに!!!」


「愚父がぁぁぁ!!

 俺のことなぞどうでもいい!!

 幼き日に我が最愛の弟が受けた虐待の数々!!

 後悔させるのは当然として、あいつにJapanese DO・GE・ZA でもって謝罪させた上、戯言しかほざかん口を頭もろとも胴から泣き別れさせてくれる!!!」




 あるいは、スパルタ親バカ父と超弩級ブラコン兄の、愛情が重すぎるが故に引き起こされた、壮絶な親子喧嘩。
















後書きという名のオマケ


兄「親父コロス!!」(`皿´)⊃┿━ キシャー

父「返り討ちだよ♪」щ(゜▽゜щ)カマーン

女「楽しそうね」(*´∀`*) ウフフ

弟「被害がなければ問題無(ノープロブレム)」(`∧´)キリッ



緊張感のない男の唯一の心配事は彼女のみ

 =彼女が無事ならオールオッケー

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