表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/11

稽古-2 Lesson-2

「せっかくだから、今度は出すほうの練習をしてみようかな」

 何か言葉を挟まれることが恐ろしく、少女は間断なく続けた。

 少年は泥沼の思考の中に居た。自分が何者であるのか。悩み続けた命題を、再起させ、もしかすると「人」なのかもしれないと、考え始めていた。この時点で、彼は著しく退化したと言わざるを得ない。

 カレンダーやハンバーグ。共有される様々なイメージは、彼がそれを知っているからに他ならない。時間を気にせず、食事をしない彼にとって、それらは何の意味もないはずなのに、どうして知っているのか。

 それは、必要としていたときがあったからだ。と結論付ける以外、彼には選択肢が浮かばなかった。

 自分は人である、と認めたところで、彼が今までと全く別の生命体に変化するわけではない。あくまでも、退化するだけだ。結局、自分が何者であるのか、という命題に対する本質的な答えを見つけたとは言いがたい。

 しかし、自分が時間や食事を気に掛けていたとき、というものが存在すると言うことは、自分はこの世界以外の、恐らくはエルの居た世界に住んでいたことがあると、そういうことになる。それはエルが自分のことを知っていたと思うに足る「見つけた」という言葉からも、確固とした事実らしいと裏付けられる。

 その世界を自分は知らない。少なからず覚えてはいない。

 ここにエルという生命体が「来訪」してきたということは、別の世界が存在することは認めなくてはならないが、自分がそこから来たという記憶は、いくら掘り進めようとも発掘されない。

 これは、どういうことになるのだろうか。

 キリは、自分が酷く不完全なものに思えた。思えてしまった以上、彼はこの世界において、不完全なものとなる。彼は自身の連続性を疑った。

 なぜ成長しないのか。

 どうして少年の姿かたちをしているのか。それらを考える。考え続ける。

「サンドイッチくらいなら出せそうな気がするな」

 エルの言葉は完全に消沈したものだった。キリには聞こえなかったかもしれない。或いは、エルがそれを望んでいないかのような、ささやかな囁きだった。

 返事をしない少年の前に立ち、手をかざしてみせる。

 その動作を見てようやく、キリは我に返った。

 彼女は自分と同じである、と明言できなかったとしても、似たようなものであると認識してしまった。ということは、彼女のこの手が、自分を消してしまうこともあるのではないか、そう、彼は「恐れた」。

 しかしエルに、そのような意思も、能力も、ない。

 重要なのは、それでもキリが恐れてしまった、ということである。

「どう念じればいいの?」

 自分のほうをようやく見た少年に、少女は純粋な疑問を提示する。

 少年は半歩、隣に避けてから、

「作り出すときとは逆のことをする」

 冷静を「装った」。

「逆?」

「そう。消すときは」

「意識から外す」

「その逆ということは」

「意識するってこと?」見た目だけではずっとキリのほうが幼いのに、エルはそれに対する無駄な感情は持って居ない。「全然わかんない……」

 眉根を寄せる少女を前に、少年は完全に冷静に戻った。

 思考を、放棄した。それは、逃げに違いなかったが、それを決めるのはキリ自身である。今はとにかくそんなことを考える必要はない。恐れることもない。この目の前の少女は、考え、喋るヒトガタに過ぎない。

「イメージする。それが大事なんだ。エルのイメージを具現化したのと、手順は同じ」

「あのとき、どうやって考えていたかな」こういうことは、意識するとわからなくなってしまう。「えーっと」

「じゃあ、何か、思い浮かべてみて」

「えー、何かって……」両手で顔を覆い、心を無にする。「はい」

 少年は以前と同じように、少女のこめかみに指を当てた。

 そしてそこにイメージされていたものを、手をかざして作り出す。

 出てきたのは、黒いセダンだった。

「こういうこと」

「全然わかんない」いっそ可笑しくなってエルは一人笑った。「想像して、手をかざすだけ?」

 頷いて返す。

 そこに在るものが見えなくなる。それはつまり、脳がそこに在る物体を認識しないから起きる。

 逆に見えているものは、脳がそれを認識している。

 ということに、過ぎないのだ。だからこそこれは、能力というと、少し仰々しい。

「やってみて」

 少女は手を、車を覆うようにして上げた。ぎゅっと両のまぶたを閉める。

 消すときに何も考えないことが重要であったように、作り出すときも、作り出したいもの以外のことを考えるのは好ましくない。しかしこのときエルには、それが出来なかった。

 この、眼前の車のせいである。ただの、車。それでもエルには特別だった。

 家族との、思い出。

 置いてきた、家族との。

「だめだ」

 諦めたというより、これも、放棄だった。つまり、エルも、逃げた。自分という存在から。

 結局、エルの思い浮かべたベーコンレタスのサンドイッチを、キリが作り出した。

 それを食べながら、やはりこの行為に意味を感じることが出来ない、彼はそう、思った。自己保身の意識はない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ