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鬼灯宴  作者: 手這坂猫子
9/15

狐火石と鬼灯燈 3

 夜になるとさっそく綺織がホオズキの植木鉢、千彩が缶と壜を持って林へ向かった。空き家に近づいた二人は物音のする庭を垣根から窺う。そこでは碧彦が簡易テーブルの傍に折り畳み椅子を用意しているところだった。彼はすぐ覗いている姉妹に気づき、以前と同じように助走をつけて垣根を跳び越えた。しかしわずかに散った満天星の葉を見て、不満そうな表情で溜め息をつく。

「どうにかして垣根に足を引っかけず跳び越えようとしてるんだけど、これがなかなか難しいんだ。真紅郎は音も立てず上手に跳び越えるのに」

「そのうち上手くできると思うよ。私達には到底無理だけど」

 綺織はそう言って両手で抱えたホオズキの植木鉢を碧彦に見せた。

「約束通り持ってきたよ。これでいい?」

「素晴らしい。これなら、きっと前よりもいい鬼灯燈ができるはずだよ」

 植木鉢を大事そうに受け取り、瑠璃色の瞳をきらきらとさせる碧彦に二人は顔を見合わせて微笑んだ。

「碧彦。これ、返すね。とっても美味しかった。ありがとう」

「どういたしまして。今日は調子がいいみたいだね、千彩」

 千彩が差し出した缶と壜も受け取ろうとした碧彦だったが、植木鉢を抱えているため両手が塞がっている。そのとき三人のすぐ近くに黒い影が音もなくかかった。気づけば真紅郎が碧彦の隣に立っていた。

「やあ二人とも。こんばんは」

「ほらな。ぼくが言った通りだろう」

「何の話だ」

 いきなり碧彦から妬ましげな目でじっと見つめられ、真紅郎はわずかにたじろぐ。

「碧彦は真紅郎が垣根を上手に跳び越えるから、ちょっと悔しいんだよね」

「千彩」

 碧彦はきまり悪そうに千彩の名前を呼んだ。真紅郎はきょとんとしていたが、やがて優しい微笑を浮かべると碧彦の頭を撫でた。

「そんなことを気にしてたのか。碧彦だってすぐにあれくらいの高さ、足を引っかけず跳び越えられるようになるよ。ぼくが保障する」

「本当?」

 真紅郎が深く頷いたのを見て、碧彦は機嫌をよくしたようだった。やはりこの少年二人は兄弟か双子なのかもしれないと綺織は思う。そのうち真紅郎は千彩が持ったままでいる缶と壜に気づいた。

「あ、わざわざ返しに来てくれたんだね。ありがとう」

「ご馳走様でした。鬼灯宴の夜にお返しするね」

「それは嬉しいな。鬼灯宴は参加する人達で食べ物や飲み物を持ち寄るんだ」

 そして四人は木戸から庭へと入っていった。一度真紅郎は缶と壜を片付けるからと言って家の中に戻り、次に庭に出てきたときには裁縫箱のようなものを手にしていた。碧彦はランプを点した簡易テーブルにホオズキの植木鉢を置く。折り畳み椅子に座った綺織と千彩は、鬼灯燈をどのように作るのだろうかという好奇心に胸を高鳴らせていた。横一列に並んだ四脚の椅子には真紅郎、綺織、千彩、碧彦という順番に座った。

「それじゃあ役割分担を決めよう。綺織はホオズキの実に切り込みを入れる係、千彩は狐火石を星砂鉄で磨く係だ。ぼくと碧彦はその手助け」

 そう言った真紅郎は箱の中から細くて鋭利なナイフを取り出した。そして碧彦は千彩に狐火石、星砂鉄が入った缶、木綿の布を渡す。

「まずは千彩が狐火石を磨いてくれ。すでに一度磨いた後だから少しでいいけれど、力加減が難しいから最初はぼくが手を握るよ」

 碧彦は缶を傾け、千彩が持つ布に星砂鉄をほんのわずかに落とした。そしてそのまま彼女の両手を優しく握って動かし始める。しばらく千彩の手を動かして狐火石を磨いていた碧彦は不意に両手を離した。

「さっきぼくがやっていたような力加減で磨いて」

「うん」

「…………そう、上手。星砂鉄がなくなってきたらその都度足すんだよ」

 蜜色に煌めき始めた狐火石に見惚れる綺織の肩を、真紅郎がそっと叩いた。

「綺織。最初はぼくが二個切ってみせるから、その後同じ部分を同じように切ってくれ」

「わかった」

 真紅郎は一番下になっていた実にそっと左手を添え、右手に持ったナイフの切っ先を近づけた。下の尖っている部分から丸みを帯びた曲線を優しくなぞるように切り込みを入れると、その実は自然にぱくっと口を開けた。そこからまだ黄緑色の丸い果実が見えている。真紅郎はもう一つの実にも鮮やかな手つきで切り込みを入れていった。

「こんな感じ」

「難しそうだね。私にできるかな」

「大丈夫だよ」

 手渡されたナイフをしばらく見つめていた綺織だったが、深呼吸をして唇を引き締めると身を乗り出した。真紅郎が切り込みを入れた実のすぐ上にあるものにナイフの切っ先を慎重に、すっ、と刺した。

「ナイフが震えないように、手首だけでなく腕全体をゆっくりと動かすんだ」

「うん」

 言われた通りにすると意外にもナイフはスムーズに動いた。やがてナイフを離すとその実もぱくっと口を開ける。

 はっ、と知らぬ間に止めていた息を吐き出すと真紅郎がくすっと笑った。

「その調子だよ。頑張れ」

 綺織はそのまま続けて二つの実に切り込みを入れていった。

「……終わった。よかった、失敗しなくて」

 ナイフをテーブルの上に置き、両腕を伸ばす綺織。その隣で千彩は狐火石から布を取り払ってみせた。

「姉さん。見て」

「すごい……。こんなに綺麗な明かりになるなんて」

 星砂鉄で磨かれた狐火石は蜜色の煌々とした輝きを眩いほど全体から放っている。ランプの明かりよりも強いその輝きは、簡易テーブルが置かれた周辺だけを昼のような明るさにしていた。

「これをどうするの?」

 千彩が問うと、碧彦は彼女の手から狐火石を受け取った。そして一度椅子から立ち上がり、綺織と真紅郎の背後に立つ。すると真紅郎は箱の中から細い糸のようなものを取り出し、左右の人差し指に巻きつけて伸ばした。碧彦が狐火石を差し出すと、真紅郎は指をくるくると動かした。

「あっ」

 綺織と千彩が気づいたときには、テーブルの上に五等分された狐火石が転がっていた。

「今の、何をしたの?」

「狐火石を切ったんだよ」

「その糸で?」

「うん」

 真紅郎が簡単に切り分けた狐火石は、少なくとも綺織にとっては鋏ですら敵わない硬い石と同じ強度を持っていたように思えた。そんな狐火石を容易く切った糸がなんだったのか、質問する前に真紅郎は指から解いて箱の中に片付けてしまった。

 やがて真紅郎が三つ、碧彦が二つの狐火石を手に取り、ホオズキの切り込みを軽く指で開かせると、一つずつその中に押し込んでいった。そんなことをしては中から零れ落ちるだけではないのかと言いそうになった綺織だったが、狐火石を押し込まれたホオズキは全て自然と口を閉じ、切り込みすらも存在していなかったように元の姿へ戻ってしまった。

 それから少年達は箱の中から折り畳まれたものを取り出して広げた。大きな麻袋だ。

「これで後は一日麻袋をかぶせておけば、鬼灯燈の完成だ」

「どんな姿になっているかは、作り手も鬼灯宴で初めて見ることができるんだよ。鬼灯宴に出展するまで見ては駄目」

 得意気に説明する二人に対し、綺織と千彩は夢の中にいる気分で顔を見合わせた。最初は鬼灯燈の制作を自分達が手伝うことに嬉しさを感じていたが、そのうち幻想的な光景を目の当たりにしたせいかやや呆気にとられていたのだ。

「明日の夜はいよいよ鬼灯宴だね」

「うん。三日前まではもう参加できないと思っていたけれど、二人のおかげだ」

 真紅郎の言葉に綺織と千彩は我に返った。どこか照れ臭く、二人同時にはにかむ。

「あ、明日はいつもより早めに来てくれる?」

「何時くらい?」

「九時くらいにここへ来てくれるとちょうどいいんだ。あと、晩御飯は早めに軽く済ませること。鬼灯宴に行くときは少しお腹を空かせておいて」

 碧彦の言葉を聞くと千彩は姉に若干不安そうな表情を見せた。今までこの空き家に訪れていることを祖母に上手く隠し通していたが、明日はそれができるかどうかわからないことに不安を感じているらしい。

「大丈夫だよ。なんとかなる」

 そう言って綺織が髪を梳いてやると、不安そうな表情はすぐに晴れた。その様子を眺める真紅郎と碧彦が「仲がいいね」と囁き合い、紅色と瑠璃色の双眸が微笑ましいものを見る目に変わっていたことに、姉妹は気づかなかった。

「それじゃあまた明日」

「九時にここへ集合だよ」

 木戸のところから見送る少年二人に手を振り返し、綺織と千彩は軽い足取りへ帰路を歩いた。

「楽しみだね、姉さん」

「うん。絶対に参加できるよう、昼間は体調を崩さないように安静にしてるんだよ」

 姉が言い聞かせると千彩は大きく頷いた。姉妹は水蜜桃のコンポートをどれくらいなら祖母に黙って持っていけるか、ラムネは何本持っていったらいいだろうか、などという話をしながら祖母の家に帰った。


 

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