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鬼灯宴  作者: 手這坂猫子
14/15

十字石と写真 1

 ベッドにもぐり込んでからしばらく経っても、綺織と千彩はなかなか寝つけなかった。時刻はすでに日付が変わっている。綺織は何度も寝返りを打ちながら目を閉じていたが、そのうち千彩がすすり泣いていることに気づいた。恐らく彼女は少年達の前では泣きたい気持ちを堪えていたのだろう。それを察しながらも綺織は、何か話しかけられれば応答するつもりでいたが泣いている妹に自ら声をかけようという気にはなれなかった。

 やがて泣き疲れたのか、千彩のすすり泣く声は小さな寝息に変わっていた。その後綺織は鬼灯宴でのことを思い返しているうちに、自然と眠りについた。

 翌朝二人が目覚めたとき、時計は午前十時を示していた。真紅郎と碧彦は午前中には出発しなければいけないと言っていた。ベッドから飛び起きた綺織は千彩の体調を確認する。

「千彩。今から外に出ても平気?」

「うん」

 急いで身支度を整えた二人は、用意されていた朝食に手をつけることなく駆け足で林へ向かった。もう一度だけ、挨拶をするだけでいいから真紅郎と碧彦に会いたい。見渡す限り緑の林を駆け抜けながら、姉妹は同じことを考えていた。

「大丈夫?」

 早くも息を切らし始めた千彩を見て、綺織は足を止めた。前屈みになって肩で荒い呼吸をする妹の背中を優しく撫でながら、空き家には彼らがまだいるのかもういないのかと焦りを感じる。

「……ありがとう姉さん。もう、大丈夫だから」

「そう。でも無理はしないでよ」

 最初より速度を落として、綺織は千彩を気遣いながら走り始めた。獣道を進み、空き家が見えてくると綺織は勢いよく木戸を開けて庭に飛び込んだ。簡易テーブルや折り畳みの椅子はない。木漏れ日に照らされた満天星はまるで作り物のような静けさで繁っていた。見ると空き家の扉も窓も日除けを下ろし、閉ざされている。少し遅れて庭に入ってきた千彩と扉を開けて中を見渡したが、真紅郎も碧彦も姿を消していた。それどころか、空き家の中は随分と荒れ果てていた。

 床の上や窓の桟には埃が溜まり、窓枠やカーテンは朽ち、足元は歩くたびぎしぎしと大きな音を立てる。薔薇窓のような模様のテーブルクロスをかけた円卓と椅子、ローズウッドの艶やかな飾り戸棚や文机、天鵞絨張りの丸椅子などはまるで最初から存在していなかったかのように消えて、がらんとしていた。しかし部屋の奥、一ヶ所だけ掃除されたように埃が綺麗に拭われた床が存在していた。屈んでみると、二つの重石を置いた白い紙が一枚ある。その重石は楕円形の白雲母に黒い十字型の結晶がくっきりと浮かび上がっているものだった。


 綺織と千彩へ

 きみ達と出会えたことはぼく達にとってかけがえのない幸福だ。

 二人とも元気で。

 いつかどこかでまた会おう。

 追伸 その石は十字石という鉱石で、妖精の十字架とも呼ばれている。ぼく達二人の宝物だ。きみ達にお守りとしてぜひ受け取ってほしい。 真紅郎と碧彦より


 紙に書かれていた内容を読んだ綺織は、唇を引き締めて俯く千彩の手に十字石を一つ持たせた。

「もう行ってしまったみたいだね」

「…………うん」

「泣くな。ただでさえ目が少し腫れてるんだから、もっとひどいことになるよ」

 千彩の髪をくしゃくしゃと撫で回しながら、綺織は微笑んだ。涙を堪えていた千彩もじっと十字石を見つめているうちに、緩やかな弧を口元に描いた。

「帰ろうか、姉さん」

「そうだね」

 二人は空き家から出たところで、思わず足を止めた。誰もいなかった庭に二匹の美しい真っ白な狐がいたからだ。生まれたばかりというほどではないが、まだ子供だろう。一匹の瞳は紅色で、もう一匹の瞳は瑠璃色をしている。その二匹はしばらく瞬きもせず姉妹を真っ直ぐ見つめた後、不意にしなやかな動きで身を翻したかと思うと垣根に向かって走り出した。

「真紅郎と碧彦だ」

 綺織がそう呟いたとき、二匹の白狐は同時に跳躍し、垣根を飛び越えた。ぎらっ、と白銀の毛並みが光る。満天星の葉は一枚も散ることがなかった。

「……なんだ。やっぱり碧彦も、あの垣根を上手く跳び越えられるんじゃないか」

「ばいばい。真紅郎、碧彦」

 千彩がぽつりと言って、左手を振った。

 垣根を飛び越えた二匹の白狐は、もう見えない。

 

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