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鬼灯宴  作者: 手這坂猫子
12/15

鬼灯宴とカガチ 3

 刹那、麻袋を外された鬼灯燈から黄金色の小さな粒子が音もなく弾けた。それはまるで虫のように四方八方に飛び散り、素早い動きで辺りを浮遊したかと思うとすうっと姿を消した。姿は消えてもきらきらとした粉がしばらく空中に残っている。

 今までの誰が制作したものよりも大きな鬼灯燈は、広場全体を明るく照らしていた。これまで出展されていた鬼灯燈はいずれも人々が座るテーブル席に届くくらいの範囲を照らしていたが、綺織達の鬼灯燈は比べ物にならないほどの広範囲を明るくしている。

 呆気にとられていた綺織は、自分達に視線を向ける人々が不自然なほどに、しん、と静まっていることに気づいた。何か悪いことをしてしまっただろうかとすら思いかけた瞬間、鼓膜が破れんばかりの大きな音が耳を劈いた。嵐のような拍手は、かつて聞いたことないほどの喝采と一緒に送られている。綺織は突然の拍手喝采に驚いた千彩が自分にしがみついてきたことに、一拍遅れて反応した。妹を落ち着かせるように頭を撫でていると、不意にカウチから立ち上がった男が四人の前に出てきた。再び辺りは静まり返る。

「カガチ様」

 真紅郎と碧彦は同時にそう呟いた。どうやら男の名前らしい。それを聞いた綺織は頭の片隅で祖母から「ホオズキはカガチとも言うんですよ」と教えられたことを思い出した。

「これほど素晴らしい鬼灯燈を、僕は今まで見たことがない。今回の優勝は審査するまでもなく、きみ達四人だ」

 艶やかなほど美しい微笑を浮かべるカガチの言葉に、綺織達は顔を見合わせた。

「え、あの……本当なんで――」

 綺織が言い切る前に、二度目の拍手喝采が広場に響いた。真紅郎と碧彦はお互い抱き合って喜びを全身で表現していたが、綺織と千彩は嬉しいと思いつつも周囲の熱に置いていかれているような気分だった。

 やがて自然と静かになると、カガチは四人に手を出すよう言った。彼は四つの卵らしきものをどこからか取り出し、それぞれ四人の手にそっと置いた。それは鶉の卵のように小さかったが、真っ白な色で手触りは滑らかだった。

「優勝おめでとう。真紅郎、碧彦、綺織、千彩。これからよろしくね」

 真紅郎と碧彦は恭しく礼をした後、その卵を躊躇いなく口の中に入れた。姉妹が「あっ」と声を出したと同時に、二人はそのまま噛まずに卵を嚥下する。

「ほら、きみ達も飲みなよ」

 唖然としている綺織と千彩に、碧彦が勧めてくる。千彩は不安そうに卵を見つめているだけで、なかなか飲む気が起きていないようだった。

「これはどういう卵なんですか?」

 思い切って綺織がカガチに訊ねた。するとカガチは姉妹の肩に優しく手を置き、小さな声で言った。

「それを飲めば、きみ達はずっと少女でいられるよ」

「えっ……」

 綺織は驚いて千彩と顔を見合わせる。


「綺織は今年の鬼灯宴に参加するんでしょう。もし鬼灯燈の出展で優勝を目指しているのなら、それは全く構わない。けれどもその後のことは自分自身でよく考えて判断した方がいいわよ」


 不意に、綺織の脳裏に風子の言葉が蘇った。

 周囲を見回すと、真紅郎と碧彦を含む多くの人々が何故卵を飲まないのだと言いたげに怪訝そうな目を向けている。千彩は彼らから重圧に近いものを感じたのか、震える手で卵を口に入れようとした。

「待って」

 とっさに綺織はそれを制し、妹の手から卵を取り上げた。そしてカガチに向き合い、自分と千彩が受け取った卵二つを差し出す。

「すみません。とても嬉しい、ですけど……。私達は……いりません」

 途端人々がざわめく。真紅郎と碧彦が慌てたように「どうして」と声をかけてきた。

「この卵は、私達が飲むにはもったいないから……。だから受け取ることは、できません」

 はっきりと綺織は言い切った。カガチはひどく驚いたように大きく目を見開いて彼女を見つめていたが、すぐに苦笑に近い表情を浮かべた。

「もったいないから受け取ることができない――とは、随分謙虚なんだね」

「…………」

「本当に、いらないのかい?」

「はい」

「きみも?」

 カガチに視線を向けられた千彩ははっとして、こくこくと首肯する。

「そう。わかった」

 それだけ言ってカガチは頷くと、綺織の手から二つの卵を受け取った。その後四人は元のテーブル席に戻り、出展された鬼灯燈はすぐにどこかへと片付けられてしまったが、カガチは付き添っていたリボンの女と一緒に鬼灯宴の続きを眺めていた。

 最初、真紅郎と碧彦は姉妹が卵を飲まなかったことが腑に落ちないと言うような表情を浮かべていたが、彼女達の行動を否定しようとはしなかった。そのうち、若干気まずい思いで黙っている二人を気遣うように軽い微笑を浮かべて、まだ残っていたビスケットやマカロンを勧めてきた。

「あ、そろそろだよ」

 何人かの大人が筒のようなものを持って暗闇の奥へ進んでいく様子を見て、真紅郎が口を開いた。

「本当だ。ほら綺織、千彩、空を見て」

 碧彦が夜空の一画を指差した。やがて、破裂音と共に白い煙が流れた。間もなく笛のような音をさせて花火が打ち上げられていく。火花は水面に雫が落ちたときの輪のように広がり、赤、黄、青の玉を散らした。いくつもの花が同時に浮かび、錦冠菊となって地面に落ちる。広場を揺るがす地響きは人々の鼓膜だけでなく身体をも震動させて鳴り続けた。

「綺麗だね」

「うん。ずっとこのまま宴が続けばいいのに」

 千彩の呟きに、綺織は微笑んで同意した。だが終宴のときは間もなく訪れ、花火は最後の炸裂音を残して煙となってしまった。辺りに白く靄が立ち込める頃、人々は名残惜しそうに挨拶を交わして散会し始めた。持ち寄った食べ物や飲み物の入れ物を収め、楽器をしまい、折り畳み椅子が集められる。最後に白いテーブル掛けが折り畳まれ、人々がカガチに別れを告げる声もまばらになっていく。

「さよなら、カガチ様」

「また後日お会いしましょう」

 真紅郎と碧彦はまだカウチに座っていたカガチの前へ行き、深く頭を下げた。綺織と千彩も彼らの横に立って一礼する。

「今夜はこれまでにない素晴らしい鬼灯燈をありがとう。心から礼を言わせてもらうよ」

 すっと音もなく立ち上がったカガチは、順番に四人の右手を取ってその指先に口づけると、一人暗闇の中へと足音もなく去っていった。

 カガチの後ろ姿が見えなくなると、真紅郎はランプを、碧彦はバスケットを提げて歩き始めた。綺織は一本だけしか残っていなかったラムネの空き瓶を、千彩は空になった容器を手にして彼らの後を追った。

 

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