169話 食材への冒涜
皆の注文を終えて、一旦俺達は部屋に荷物を置いてくることになった。
ちなみにガオーはというと、野生の勘が働いたのか知らんが飯はいらないとのことだ。
部屋で寝てるからなんかあったら呼んでくれと・・・なんというヘタレライオン。
宿の外観はボロかったが、客室はアイリちゃんがしっかりと掃除しているのだろう。多少の古臭さはあったが、シーツも洗濯されているし、清潔を心掛けているのが伝わってくる部屋だった。
やはりここも照明が弱いが、窓を開ければ光はさす。まぁ灯りは自分で出せばいいので問題ない。
荷物を置いた俺達は1階の受付奥にある食堂へ足を運んだ。やはり中はとても薄暗い。
アイリちゃんに案内され、4人掛けのテーブルに着席して料理が出来るのを待っている。
周りには俺達以外の客はいない。
奥にあるであろう厨房からは料理をする音が聞こえてきた。
少しずつ漂ってくる料理の香り。どんな料理が出てくるのか少し楽しみであったりする。
しかしその匂いが段々焦げ臭い物になってきたり、なぜか目がしみてきたりしてきたので、楽しみにしていた気持ちよりも不安の方が強くなってきた。
楽しみなんて消えうせて、もう不安しか感じられなくなった時に、厨房から中年のおじさん(ちょっとやつれ気味)が料理を手に持ってきた。
それぞれが注文した料理が俺達の前に配膳される。
「お待ちどうさま・・・。ごゆっくりどうぞ・・・。」
料理を並び終えて、消え入りそうな声で語りかけるおじさん。
この人がアイリちゃんのお父さんでこの宿のコックなんだろう。
俺は運ばれてきた料理に目を移す。
黒い粒々、これはなんというか・・・あれだな。熱を加えすぎて焦げた色だな。元々の素材だが、粒々の纏まり具合や大きさから見て、もしかしたらこれは米なんじゃないかと思う。この辺で取れるのだろうか?もし取れるのなら調理してみたいな。
まぁそれはさておいて、今は目の前の料理だ。これ・・・どうしたもんかな。
他のみんなの料理もなんというか凄い存在感を放っている。
少なくとも口に入れるのを躊躇ってしまうレベルだ。
アリアのは真っ赤なスープ。
火から離されているというのに、どういうわけかまだ煮立っていてボコボコと沸騰している。
かなり粘性の高いスープなのか、気泡が表面で弾けても、その動きはゆるやかだ。あの纏わり付くようなスープを口に入れたらどうなってしまうのだろう?
沸騰しているということはとても熱いということだろう。それが粘性を持って口内に纏わり付くのだ。
食べた瞬間大惨事になる事は目に見えている。ヒール必須だな。
トリスの料理もスープだった。
深緑の・・・というか本当に深い緑だ。所々紫色の筋が入っていて、おぞましいったらない。
どの辺りに聖泉があるのだろうか?どうみても毒の沼にしか見えない。
例えばあのスープを床にぶちまけたとして、その上を歩いたらHPがガシガシ減っていきそうな感じだ。毒消し草や解毒魔法が必要になりそうな雰囲気を持っている。
タァマちゃんの料理は濃い青・・・群青色と言った方がいいか。そんな色のゼリーみたいなものだった。
中にオレンジ色の黄身のようなものが入っているように見えるが、あれはなんだろう?
その形状から料理というよりは魔物にしか見えない。
あれだ、スライムというやつだ。オレンジの黄身がスライムの核に見えるんだよな。
あの核を破壊すれば形が保てなくなってゲルゲルになりそうだ。
色はともかく、これが一番当たりだったのかもしれない。目を瞑ればゼリーだと誤魔化せるはずだ。
・・・ふむ。これ食べないとダメかなぁ?
誰一人としてシェアしようなんて言い出さないのは皆の優しさなんだと思う。
この場にマグロがいない事が何よりも悔やまれる。あいつがいれば全部食べて貰ったのにな・・・
そして敵前逃亡したガオー。今回はあいつが正解だが、俺は逃げたあいつを許さない。
それと気になる事がもう1点ある。
アイリちゃんのお父さんが配膳してから少し離れた場所で、俺達の様子をずっと伺っているのだ。
やめろ、変なプレッシャーをかけるな。
仕方ない・・・食うか。
意を決した俺はスプーンを黒い物体に差し込んだ。
炭化している俺の料理はスプーンを入れると簡単に穴が空き、周りがサラサラと崩れてしまう。それを見て俺はこう思った。
うん、これなら食べられる。
セリアの料理はこれに加えてすげぇ硬度を誇っていたからな。あれに比べれば余裕余裕。
喉を通りやすい量に調節できるこの料理は優しいもんだ。
俺は掬い取った黒い粉を口に運んでそのまま飲み込んだ。
トリスが信じられないものを見るような目で俺を見てくる。気持ちはわかるよ、でもこれくらいならもう慣れっこなのさ。
うん・・・懐かしい。ミィ師匠との修行時代や聖女漫遊記時代を思い出すね。
例えるならそうだな・・・鉛筆の芯だろうか。
この食材を冒涜している感じ、怒りがフツフツと込み上げてくる。
これで金を取ろうというのだから更に性質が悪い。
ここは正直に言ってやるのが優しさであり、正しい態度であろう。
「うん、すっげぇ不味い。」
「うゎぁあぁぁっ・・・やっぱり俺じゃダメなんだぁぁぁっ・・・ネラがネラがいてくれないと俺はぁぁぁっ・・・!!」
俺が料理を正直に評価すると、アイリちゃんのお父さんがその場で泣き崩れた。
少し悪い気もしたが、これでお金を取ると言う話なのだから毅然として評価してやらないとダメだ。
この宿に泊まっている客は俺達の他にもいるだろう。しかし食堂の人気のなさはこの料理が原因だろう。
これにお金を払いたくないのはわかる。その辺の雑草を食べた方がまだマシだと思えるからだ。
泣き崩れたお父さんは放っておいて、俺は他の皆が料理を口にしてしまう前に止めないといけないと思い、静止の声を掛けようとした。
しかし、俺が料理を口にした事から食べなくてはいけないと感じてしまったのか、タァマちゃんはすでにスライムを口に入れてしまっていた。
それはあまりに不味かったのだろう。開け放たれた口からは青い物体がベダーっと零れ落ちていた。
いやぁ不思議なものだ。タァマちゃんがスプーンで掬って口に運んだのは一口分のはずだ。
しかし、今タァマちゃんの口から流れ出ているスライムは明らかに一口分ではない。あれはどうなっているんだろう?
食べると増えるのか?まるで仙の豆みたいだ。だが一口であの量だ。飲み込んでしまったら腹が裂けるんじゃないだろうか?これに関しては不味かったのが幸いしたな。
そんな風に観察していたら、タァマちゃんが涙目になって俺を見つめている事に気付いた。
うん、不味かったんだね。可哀想に・・・そんなもん早くペッしちゃいなさい。後でお兄ちゃんが美味しい物作ってあげるから。
タァマちゃんが涙目で縋りついて来たので、抱き上げてあやしてあげる。
そんなタァマちゃんに気を取られていたら、今度はトリスが毒の沼をスプーンに掬って口に運ぼうとしていた。
ここまで当たりの料理がないのだ。一番マシかと思っていた料理だが、あれは明らかにヤバイ。口に入れちゃいけないものだ。
俺は慌ててそれを止めようとするが、食べる事に覚悟を決めたトリスは止まらずに口に入れてしまう。一瞬全身がブルッと震えたように見えた。そしてやめればいいのにそのままゴクンと呑み込んでしまう。
1秒、2秒、3秒・・・トリスはスプーンを加えたまま動かない。
しかし、体中から変な汗が滲み始めていた。それを心配そうに見つめる俺とアリア。
アリアはその見た目から食べるのを諦めていたようだ。そうだよな、あれは命の危険を感じるよ。
まぁ今はそれよりも毒の沼を口にしてしまったトリスだ。
ゲテモノに耐性のないトリスがこのような料理を口にしたらどうなるのか。
汗が滲み始めたトリスの美しい白い肌が赤くなり、そこから紫を経て青くなっていく。
「△※□×◎☆≡$~~~~~ッッッ!!!」
不思議な奇声を上げたトリスは椅子から転がり落ちて苦しそうに喉を押さえてのた打ち回る。
ゴロゴロ転がったり、首ブリッジをしたり、女性としてかなり恥ずかしいであろうポーズを惜しげもなく披露する。
なんというか、丸見えである。
俺とアリアはどうしていいかわからず、とりあえず暴れるトリスを押さえつけた。
俺の腕の中で暴れるトリスだったが、次第に小刻みに痙攣して、終いには動かなくなってしまった。
その表情は白目を剥いており、口からは泡を吹いている。
アリアが慌てて解毒魔法を掛けたので、身体から毒素が抜けてトリスの状態も落ち着いたようだが、その場で意識が戻る事はなかった。
「トリスッ!トリスッ!!くっダメだ。経験上その内意識は取り戻すだろうけど、ここで寝かせておくわけにはいかないな。アリア、トリスを部屋まで運んじゃおう。悪いけど手伝って貰えるかな?俺が足側を持つから頭側と持ってほしい。」
「運ぶのは賛成だけど、ヨーヘーが頭側ね。」
ちぃっ
「おいっ、そこのおっさん!客に料理を提供するならせめて食える物、そして安全な物を作れよ!セリアもそうだったけどな、お前等はまず味見って言葉を覚えろっ!」
ますます泣き声が大きくなるが、泣けば許されることではない。今はおっさんよりもトリスだ。
トリスをベッドに寝かして具合をみるが、呼吸も規則正しいものになっているし、これなら大丈夫だろう。
そう安心していると、コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。




