134話 戦士達
翌朝、一晩経って興奮も収まったイノッチに馬車を引っ張って貰い、バーナンド平原をゆっくり進む。イノッチも常に全力疾走というわけではないんだな。ゆっくりと流れる外の景色を眺めていると、馬車が進むことによって変わる風景が、俺の気分をリラックスさせてくれる。だんだん流れる風景の速度が上がっているように見えるのはきっと気のせいだろう。気のせいだよね?イノッチ。
今馬車を走らせているバーナンド平原には道がない。探せば街道が見つかるかもしれないが、この広い平原で街道を探すのはちょっと難しいだろう。スタートからして未開拓の場所からの出発だったので、道なんてあるはずがないのだ。普通の馬車なら車輪が嵌ったり、悪路に立ち往生してしまうのだろうが、そこは馬車を引くイノッチのスペックが異常なので問題ない。車輪が泥濘に嵌ろうが、草に足を取られようが持ち前のパワーで前に突き進む。馬車もかなり頑丈に作られているので、相当な事がない限り壊れないはずだ。馬車内も魔法の袋仕様なので、中にいる分には至って平和だ。唯一身の危険があるとするならば御者席だろうが、その辛さを体験していたり、危険察知が働いたりで、誰も御者席に座る猛者はいなかった。
そんなわけで、街道ではない為、対向車にも気を使うことなく馬車を走らせているのだ。
流れる景色が綺麗だなぁ。空はドンヨリ曇っていて今にも雨が降りそうだが、大自然の中というものは開放的な気分にさせてくれるな。
草、草、草、草、草、草、木、草、草、草、草、草、草、木、木、木、草、草、草、岩、草、草、草、人、草、草、草・・・!?人っ!?
「イノッチストーーーーップ!!」
俺は慌てて馬車を止めるように指示を出した。さっき流れる風景に写りこんだ人は、なぜか空中で錐もみ状態で吹っ飛んでいたのだ。あの状態には心当たりがある。よく俺もイノッチと遊ぶ時にあの状態になるからなぁ。
つまりそれがどういう事かというと、たぶん、いや、十中八九イノッチに轢かれたのだろう。轢き逃げはよくない。
馬車を止めて、治療の為にアリアを伴って馬車から降りると、俺達が作った道の上に人が倒れているのを発見した。殺ってしまったのだろうか?いや、僅かにだが動いている。まだ生きているようだ。それならば何とか助けることが出来る!
俺とアリアは急いで倒れている人物の所に駆け付けようとすると、俺達よりも早くそこにたどり着いた存在がいた。
・・・あれは、ハゲワシだろうか?
いかん、死体だと思われているのかもしれない。早くしないと、ただでさえ瀕死な状態なのに、あのハゲワシにトドメを刺されてしまう。
ハゲワシは倒れた人の頭を勢いよく啄ばんでいた。するとあまり動かなかったその人物は、啄ばまれたことに反応して腕を空に向かって伸ばして痙攣していた。
慌てた俺達が近付いてみると、その人物が何かを訴えているのが耳にはいる。
「やめろっ!やめてくれスキーヌっ!頭を!頭皮を啄ばむのはやめてくれぇぇぇ!!あぁ、戦士達が!私の可愛い戦士達がぁぁぁぁっ!!」
声から察するにあの人は男性だろう。
俺達が傍まで来ると、ハゲワシは空に舞い戻った。しかし、逃げずに上空で旋回してるので、隙を狙っているのかもしれない。
「あ、あの、すいません。大丈夫ですか?すぐに治療しますからそのままでいてください。アリア。」
「うん、じっとしててくださいね。『ヒール』」
アリアの手から暖かい光が溢れて、轢いてしまった男性の怪我を治していく。俺は男性の状態を確認する為に全身をざっと確認するが、目立った外傷は治せているみたいだ。頭皮に深刻なダメージを負っているようだが、これは恐らく元々こうなのだろう。いつからこうなのかは知らないが、少なくとも先程ハゲワシにやられたからというわけではなさそうだ。日の焼け方から見てね。
「すまない、助かったよ。いや、いきなりベヒモスに襲われてね。むぅ、私はまだ錯乱しているようだ。ベヒモスに襲われるだなんてそんなはずないのにね。変な夢でも見たんだろう。忘れてくれ。ははっ。」
ごめんなさい。夢じゃないです。バッチリベヒモスに撥ね飛ばされたんです。
「えーっと、俺達の馬車が貴方を撥ねてしまったんです。まさかこんなところを人が歩いてるなんて思わなくて・・・。」
「なんとっ、そうだったのか。いや、こちらこそこんなところで馬車に轢かれるとは思わなかったよ。本来なら避けることは出来たはずなんだが、ベヒ・・・何故かとてつもないプレッシャーを感じて体が動かなかったのさ。避けなかったこちらも悪いので、お互い様ということにしよう。それに傷まで治してもらったしね。」
「本当にすいませんでした。」
「いやいや、おーい!スキーヌ!降りておいで!大丈夫、危害を加えるような人達じゃないよっ!」
男性が声を上げると、上空を旋回していたハゲワシが降りてきた。そして綺麗に着地する。男性の頭の上に。
「やっ、スキーヌ!頭には乗らないでくれとあれ程っ!あっ、痛いっ!爪が頭皮に!!やめてくれっ!戦士達が逝ってしまう!やめっ!頭を啄ばまないでくれぇぇぇっ!!いやぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
すでに男性の戦士団の人口はとても少ないのだが、スキーヌと呼ばれた悪魔によって、残された選ばれし精鋭である戦士達も成す術なくその身を英霊へと昇華させていく。スキーヌは戦士達を蹂躙する事に使命感を燃やしているような節がある。俺に飛び火しないように気をつけよう。
男性が悲痛な声を上げていると、トリス達も馬車から降りて俺達の元にやってきた。
「ヨーヘー、どうしたのです?そちらの方に何かありましたか?」
「あぁ、さっきイノッチがこの人を轢いちゃってさ。傷の手当をしたところだよ。」
「はぁ・・・、そうだったんですね。こんなところに人がいるなんて思いませんもんね・・・って、あら?貴方はもしやゲンダッツ様ではないですか?」
「ハァハァッ!もう勘弁してくれぇ・・・うぅ、やっとわかってくれたかスキーヌ・・・。おや、お嬢さんは私の事を知っているのかな?」
「えぇ、上級冒険者でいらっしゃる、輝眩のゲンダッツ様ですよね?ボールドイーグルをお連れになっていますし、ハ・・・特徴的な容姿なのでもしやと思いました。」
「確かに私は冒険者のチャービン=ハ=ゲンダッツだよ。そしてお嬢さん。何が特徴的なのかちょっと詳しく。」
「えっ!?えっと、その。あーっとぉ・・・。」
「ねぇトリス。この人って有名なの?」
「あっ、はい!この方は星9の上級冒険者なのですよ。しかもソロでそのランクまで辿り着いた相当な実力者です。冒険者ギルドから著しい功績を上げた者だけに贈られる星10に一番近いお方だと言われています。星10って冒険者ギルド全体でも3人しかいらっしゃらないんです。その実力はどんな依頼でも完遂し、戦に参加されれば戦況を変えてしまうと言われるほどなんです。そんなゲンダッツ様は、常にソロで活動なさっていまして、戦闘能力はもちろんですが、入手困難な物を次々と手に入れてしまう手腕が買われて現在星9ランクの冒険者として活動なさっているんです。パーティーは組みませんが、相棒に連れているボールドイーグルと常に行動を共にしていることで有名ですね。」
「へぇ、凄い人なんだね。あ、ゲンダッツさん。俺は洋平っていいます。石川洋平です。こっちはアリア、トリス、タァマちゃん、ガオー、マグロです。俺達も冒険者なんですよ。」
「うむ・・・お嬢さん。紹介してくれてありがとう。それで、特徴的というのはどういった特徴なんだろう?」
「うぅ、あ、あの、そのコートです!背中に『生きろ』と刺繍されたコートはゲンダッツ様の特徴ですもの!それはそうと、私達の馬車で轢いてしまったようで申し訳ありませんでした。見た所、怪我も無いようでよかったです。」
「毛が無い!!?お嬢さんは何を言っているのかな?私はふっさふさだよ?面白い事をいうお嬢さんだ。ふふふ。」
「ち、違います!毛がじゃなくで怪我です!」
「おっと、これは失礼した。この前街に立ち寄った際に子供達から心無い言葉を受けたものでね。子供達の言う戯言なので気にしてなんていないのだが、少し、そう・・・ほんの少しだけ気になってしまったものでね。お嬢さんが特徴的と言っていたので、その特徴というところに何かヒントがあるんじゃないかと勘繰ってしまったわけなのだ。まったく、あの子供達ときたら・・・子供じゃなかったら捻っていたところだよ。君達もありもしない事で中傷されるのは我慢できないだろう?まったく・・・親はどんな教育をしているのか。」
ふむ、このゲンダッツさんにはNGワードがあるみたいだな。NGワードにはかなり敏感になっているんだろう。これは会話をする際に気を付ける必要があるな。とりあえずタァマちゃん、人の頭をそんなに凝視してはいけません。
視線にも暴力って乗るんだよ?
ゲンダッツさんと話し込んでいると、空からポツポツと雨が降ってきた。ドンヨリした雲だったし、やっぱり降ってきたか。濡れるのもなんだし、ゲンダッツさんも大丈夫みたいだし、お別れして馬車に戻ろう。
ゲンダッツさんに声を掛けようとしたら、彼は目に見えて狼狽えている様子だったので、何かあるのかと周囲を警戒してしまう。上級冒険者のこの人がここまで慌ててるのだ。魔物の反応はないけど、良くない事が起こるのかもしれない。
「へぁっ!?あ、雨がっ!!いかん!どこか雨宿りが出来るところを!!はっ!!すまない、ヨーヘー君と言ったか!雨が止むまでで構わないから私も馬車に入れては貰えないだろうか!?頼む後生だ!私には守らねばならぬ者達がいるのだ!」
「は、はぁ、別にいいですけど。じゃあ本降りになる前に避難しましょうか。」
「うむっ、感謝する!さぁ早く行こうっ!さぁ!さぁ!」
俺達を急かすゲンダッツさんに押されて馬車まで戻ることになった。もしかしてゲンダッツさんが恐れてたのって・・・この雨か?なぜ雨を恐れるんだ?・・・はっ!?この雨ってもしかして酸性の・・・。
比較的速めに走ったのだけど、戻るまでの短い間にスコールかと思わせるように一気に雨脚が強くなり、結果的に結構濡れてしまった。
「汚らわしい雨共め・・・。わが苦しみと憎しみを知るがいい。」
やっぱりゲンダッツさんは雨を恐れていたようだ。彼は憎しみのあまり、タタリ・・・なんでもない。
馬車まで戻りゲンダッツさんを中に案内する。中に入ったゲンダッツさんは空間圧縮されている馬車に驚いていた。
濡れた体を拭いて貰う為に皆にタオルを配った。皆各々に体を拭いている。タァマちゃんはもちろん俺が拭いてあげた。
「はぅあっ!?」
するといきなりゲンダッツさんが奇声をあげた。どうしたんだろうと視線を向けると、俺が渡したタオルを見つめながらワナワナと震えている姿が目に入る。
「あぁ・・・戦士達が・・・戦士達が・・・!!!」
なんだろう、この人凄く面倒くさい。俺は皆からタオルを回収すると、ゲンダッツさんのタオルに目を落とす。・
・・・結構ゴッソリ逝ってるな。なんだか不憫に思えてきた。これクローンで増やせばヅラが作れるかな?ちょっとやってみよう。人の髪の毛って10万本だっけ?何回クローンすればいいんだろう?まぁ適当でいいか。
ゲンダッツさんの英霊をクローンでもさっと増やしたら、あとはクリエイトでヅラを作成してみた。素人が作ったにしては良く出来ていると思う。後は抜け落ちないようにちゃんと固定しておかないといけないな。
そういえばゲンダッツさんはどうしてこんなところにいたんだろう?
俺はお茶を用意しつつ、未だショックが抜け切れていないゲンダッツさんに聞いてみる事にした。
「ところでゲンダッツさんはどうしてこんなところにいたんですか?この辺って何も無いように見えるんですけど、何か貴重な物でもあったりするんですか?」
「え?あ、あぁ。実はこの平原を抜けて更に東に進むとリヴランス公国があるだろう?私はそこに住むという錬金術師に用があったんだよ。それでこのバーナンド平原を越えていたというわけさ。」
「へぇ~錬金術師ですか~。何か偉大な研究をされている方なんですか?」
「うむっ!あ~これは私の友人の話なんだが、最近彼は・・・ちょっと言い辛いんだが、その髪の毛が薄くなってきてしまってね。その事を気にしてしまって元気がないんだ。」
「・・・・・・」
「彼は私にとってとても大切な友人でね、元気になってもらいたいと考えているんだよ。そこでリヴランス公国に住む錬金術師が毛生え薬を作成したというじゃないか。私はその友人の為に一肌脱いでやろうと思い、行動に移しているわけさ。」
「・・・ヘー、トモダチオモイナンデスネ。」
「そうなんだ!とても世話になっている親友だからね!彼が落ち込んでいるのを見るのは忍びないのさ。私は気にすることはないと言ってはいるんだが、やはりどんどん薄くなっていくのを見るととても辛い!!・・・と友人も言っているのさ。そしてその・・・」
長い・・・なんでこの人は毛についてこんなに熱く語っているんだろう。途中からあんまり聞いてないけど、猛烈にアピールしてくるから必死さだけは伝わった。そんな長いゲンダッツさんの話を聞いているうちにいつの間にか雨もあがったようだな。通り雨だったのかな。
外を見ると雲の切れ間から光が差し込んでいて綺麗だった。
「ふむ、雨もあがったか。世話になったね。私は一刻も早くリヴランスに行かないといけないからね。名残惜しいがここで失礼させてもらうよ。」
「あ、そうですか。色々とご迷惑をお掛けしてしまってすいませんでした。」
「私の方こそ色々と助かったよ。またどこかで会えるといいな。では。」
「あ、待ってください。これなんですけど、もし薬の効果がないようでしたら、気休めなんですけど使って下さい。あ~、えっと友人の方に。」
俺はさっきゲンダッツさんの抜け毛から作成したヅラをゲンダッツさんに受け渡した。
「おぉ・・・おぉぉ・・・戻ってきた。戻ってきた、あ~~~っ、黄泉の国から戦士達が帰ってきたぁっ!!」
さっそくゲンダッツさんは自分の頭に戦士達を装着していた。友人に渡すという設定は忘れたんだろうか?しかし、うん、ちょっと適当に作ったのもあって若干浮いていて微妙な違和感を感じてしまうな。まぁゲンダッツさんの表情が嬉しそうだからいいか。
「ヨーヘー君、感謝するよ!ではまた会おう!続け戦士達!リヴランスの錬金術師の元へ行こう!」
意気揚々と走り去るゲンダッツさんを微妙な心境で見送るのだった。




