第2章 ニートでも親友は一応いる
ピンポーン。
チャイムを鳴らし、玄関に座り込む。
豪邸とはいえど、それは関子にとってであって、実際にはふつうより多少大きい家だ。
「うえーーーーーん!」
「………お?」
詩帆の家から聞こえたのは、紛れもなく幼子の泣き声だった。家間違えたか?
関子は立ち上がって、家の外観を見回す。白く上品なデザインの壁、星野の文字。うん、星野さんちだ。
数分がたち、幼子も疲れたのか、それとも詩帆にあやされているのか、静かになった。
ピンポーン。
再びチャイムを鳴らしてみる。幼子より客だ、客を大切にしやがれちくしょう。
しかし、いくら待っても誰かが玄関にでてくる様子はなかった。
「……東公園か?」
ここで、待ち合わせ場所が複数会ったことに気がついた。そっちだったか。
のんきにそんなことを思ってみるが、家の中に幼子がいるというのに誰も出てこないというのはおかしな話である。関子でもさすがにそれに気づいたのか、顔をしかめた。
「電話だ。電話しよう」
詩帆の固定電話の方に電話をする。
ところが、呼び出しが永遠と続き、誰もいないようだ。
「……えぇ」
しばらく、関子は星野宅の立派な壁を眺めていたが。
「ちっ。こうなったら、こうだ」
関子は、星野宅のドアノブに手を掛け。
ゆっくりと引くと、重い扉があっさり開いた。
*
「おじゃましまーす」
勝手に上がり込む。家に入ると、星野の家の、なにやら甘い花のような香りがふわっと香った。懐かしい香りに関子は鼻をピクピクと動かした。
「詩帆ー??」
玄関で靴を脱ぎ、スリッパも履かずに廊下を進んだ。無礼な進入者は、慣れた様子で迷わずリビングにたどり着いた。
「おーい、おや」
リビングには、小さな布団が敷いてあって、そこに幼子が寝ていた。あのとき泣きやんだのは、泣きつかれて寝たからだったらしい。
可愛らしい服を着て、手には手袋がはめられている。生まれて何ヶ月かというのは分からないが、まだ一歳になったかなっていないかのところだと思う。
「おまえ以外いないのかなー?」
赤ちゃんの扱いを分かっていない関子は、寝顔にむかって話しかけていた。
「んー」
コンビニにでも行っているのだろうか。にしては遅い。
詩帆も、こいつの母親も、一体どこに消えてしまったんだろうか。
「ケータイに、電話してみよう」
折りたたみ式の携帯電話を開き、着信履歴から発信する。
するとどこからか、遠くの方で音楽が聞こえてきた。
「ケータイおいていったのか?」
ケータイを耳に当てたまま、音楽が聞こえてくる場所を探す。リビングを出て、角を曲がり、たどり着いたのは。
風呂。
着信音だけが風呂場に響いていた。
発信を中止すると、音楽も切れた。
「……。」
無音。
風呂場にケータイをおいてどこかに行くのはまずないだろう。
おそるおそる、風呂場のドアを開ける。
「……っ!?」
そこには、浴槽の中に腕をだらりと垂らして寝ている、夏らしいワンピースを着た詩帆がいた。
いた。真っ赤な水が張られた、浴槽に手を突っ込んだまま。
「う……」
関子は、吐き気を懸命に押さえ、風呂場のドアを閉めた。
*
リビングに戻り、幼子に話しかける。
「嘘だよな……」
幼子は、初対面である関子を見ても泣かなかった。丸い瞳で関子を見つづけ、まるで関子とは前から面識があったかのようだった。
「飯、食ったか……?」
関子がこんな事を聞いたのは、幼子が少しやせて見えたからである。
「いつあげていいか、分からん。粉ミルクでいいのか……?」
近くのテーブルの上に、粉ミルクの缶が置いてあった。
ピリリリ……。
関子のポケットで、ケータイが鳴った。音が短めだからメールだ。
関子がケータイを開き、その差出人を見ると、驚きのあまりケータイを落とした。
「星野詩帆」
さっき、死んでいた本人からメールが来たのだ。しゃがみ込んだ関子の手は震え、癖で心臓のあたりを押さえながらメールを見た。
だまされてやんのーー(笑)
「関子~」
声に振り返ると、そこにいたのは紛れもない、先ほど風呂場で倒れていた詩帆だった。「うらめしや~」のポーズをしたが、関子があまりにも大きいショックを受けた様子だったので、すぐに真顔に戻った。
は……?
「何ぼーっとしてんの。行くよホラ」
詩帆の腕に捕まれ、関子はぞっとした。握られていた手が関子よりも冷たかったから。
「腕の傷は…?」
詩帆は、関子をつかんでいた腕を離し、見せつけるように上げた。
急いで洗って消したのか、摩擦でぼんやり赤くなっていた。洗って流した……?
「慣れないことをしたせいで……わりと手こずりました」
手が冷たいのはいつもの話だった。
それに気がつくと同時に、関子の顔色が青から赤に変わった。
「こん……のやろうぉ!!」
「ぎゃあああ」
「久しぶりだったし、夏だから。ちょっと驚かせたくって」
そう言って詩帆は、舌を出した。かわいくねぇよ。実際は文句なしにかわいいが。なんて理不尽な世界なのでしょう。
「それはもういいよ。あーびっくりした。あのガキはなんなんですか」
「ガキとは何でしょうね!ルルカはあたしの愛娘なのよ!?」
「何だと!?遊びに行くのにほっといていいの?」
「うん。おばあちゃんが帰ってくるから大丈夫」
詩帆は関子の手を取り、まぶしい笑顔を向けた。
「行くよ!」




