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快晴の世界・勝てなかった者

芋は空を飛ぶツールです。そう信じて疑わないので、芋で空を飛ぶことが出来ると断言できるのです。残念ながら、放屁のメカニズムを知ってしまった今では、前言撤回せざるを得ません。しかし、フィクションで知った夢はフィクションに還元してあげるのが吉というものでしょう。



執筆2011年10月

 かいけつゾロリ然り、ぼのぼの然り、〝イモ〟というのは空を飛ぶためのキーアイテムだ。何故飛べるのかは誰にも分からない。ただ、イモにはそれ程の力がある。これは森羅万象の法則なのだ。

 だから今、俺は空を飛んでいる。

 会社帰りに見つけた焼きイモ屋にて、一つイモを買って食べた。久し振りに味わう美味に酔いしれ、天に昇るような感覚を味わった。

 するとどうだろうか。ふわふわと身体が浮き上がっていき、緩やかに空を滑り始めたのだ。

 俺はスーツ姿で、まるでスーパーマンのように両コブシを突き出して空を飛んでいる。宵闇のなかの飛行は怖かったし、何より寒かった。暖房の効いた俺の城に早く帰りたかった。

 目の前に大きな雲が現れた。俺は雲の向こうが気になって加速をした。自分の意思で飛ぶスピードを変えることができた。

 雲の隙間を見つけて、そこに入っていく。ジメジメした厚い雲のトンネルを抜けると、急に世界が明るくなった。雲の向こうには、大空に浮かぶ、立派な宮殿があった。黄金色と紫色で彩られた、美しい宮殿だった。

 俺は整った石畳に降り立ち、巨大な門を両手で押して開けた。

 門の先には東京ドームが入りそうなほど大きな広間があった。金とラピスラズリで装飾された、天国のような場所だった。そんな場所を羽のない人間達が楽しげに飛び回っている。俺と同じなんだろうな、と思った。

 呆けていた俺の前に美しい天女が降り立った。

「ようこそ」

 彼女はそういうと、俺の手を引いて再び浮かび上がった。

 俺は彼女に手を引かれて広間中を飛び回った。他に飛んでいる人に話しかけてみると、皆一様に笑顔で返事をした。彼等は特別な人間だと感じた。無論、俺もその一人に入っている。

 天女に、どうやって飛んでいるのか訊いてみた。

「イモイモ様のお力です」彼女はそういった。イモイモ様に会わせて貰えることになった。

 彼女と俺は広間の中央にある、営業部のフロアに着地した。同僚の一人が会議の資料はまだか、と訊いてきたので、水曜まで待ってくれ、と返しておいた。

 フロアの一番奥には、部長のデスクがあった。部長は次々書類に判子を押している。

「イモイモ様です」

 天女は笑顔で紹介した。イモイモ様は部長だったのだ。

 俺はイモイモ様に、ここに導いてくれてありがとうございます、と感謝の意を述べた。

「さっさと契約取ってこい!」

 イモイモ様は顔を上げずに一喝した。理不尽だ。まだ新人なのに、俺は長い目で見てもらえないのか。相変わらずムカつくなお前は。不満を心の中で呟く。

 しぶしぶ営業に行こうとすると、天女に腕を掴まれた。

「イモイモ様のことを悪く思いましたね?」

 天女はいつの間にか般若面を着けていた。

 ガタリという音がしたので周りを見渡すと、同僚達がパンストらしき黒いものを被り、こちらに歩いてきていた。

「イモイモ様の悪口は言ってはいけないんだぞ」

「イモイモ様はお怒りだぞ」

「イモイモ様の天罰が下るぞ」

 俺は怖くなって、般若と化した天女を振り払い、営業部を飛び出した。

 フロアを出ると俺はすぐ空中に逃げ出した。いつの間にか広間に飛んでいた人々は居なくなっていた。

出せる限りの速度で、ここに入ってきた大きな門を目指す。

 後方に圧力を感じ、そちらを見やると、数百人のパンスト同僚と般若天女が、凄まじい勢いでこちらに向かって飛んでいた。うわあああああ! と情けない悲鳴が飛び出した。

 急いで門を押し開き、外へ逃げる。快晴の空が迎えてくれた。しかし、すぐ後ろから彼等が続く。

 来た通りに逆走しようとすると、それ以上体が前に進まなくなった。戻れない!

 めちゃくちゃに追手から逃げ回る。後ろなぞ見ている暇はない。前もよく見えていない。ただ逃げて、逃げて、逃げまくった。

 が、急に体が重たくなった。心が握り潰される感覚。

 天女が俺を捕まえていた。

「早く出世してよ」

 同僚達も俺を捕縛する。

「イモイモ様は良い人だろ」

「なんでマニュアル覚えてないんだよ」

「お前が謝りに行くんだろ」

「そんなんだから駄目なんだろ」

「弱いんだよ」

 そして、部長が眼前に迫った。

「いらないよお前」

 体が落下を始める。

 嫌だ死にたくない。死にたくない死にたくない。

 死にたくない死にたくない死にたくない!

「嫌だー!」

 ――――そこで目が覚めた。

 いつもと同じ薄暗い部屋。

 横には天女――部長の娘。

 サイドテーブルには彼女の食べかけの焼き芋。

 俺はベッドから抜け出し窓を開けた。秋の冷たい風が入ってきた。冷気を感じた彼女が布団を引き寄せる音が聞こえた。

 あと三時間もしたら、また出社しなくてはならない。

 幸せそうに眠る彼女。薄暗い部屋。嫌いな同僚。大嫌いな部長。楽しそうに飛び回る知らない誰か。煌びやかな世界は俺が望んでいたほど素晴らしいところではなかった。

 俺は何もかもが嫌になって、家から飛び出した。




とにかく奇をてらったものを書きたかったと記憶しています。変なテンポと勢いが、最近のものにはない気がするので、このころのこういうよく分からない話は、僅かながらもこなれてきた今となっては書けないかもしれないですね

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