3.彼に放置されました
あのあと蘭は、我の願いを叶えることができるようになるまで準備をしておくと言い消えた。
言葉通り、僕の目の前からいきなり消えた。
マジックか何かかと思ったけれど、ここが異世界というのなら、何かの魔法とかだろう…僕をこの世界に呼び出せたんだから、それぐらい使えないと駄目だろう。
異世界だと認めたくないのに認めてしまえば、色々諦められた。
蘭が目の前から音もたてずに消えたのも、人外な色をしているのも、厨二病なのも、きっと異世界だからだ。そうに違いない。
さて、どうしよう……。
一人森の中に放置されたんだけど。 呼び出しておいて、散々な扱いだ。酷すぎる。
異世界から、人を呼び出した場合は最後まで面倒を見ましょうとか習わないのか。 異世界の授業とかさっぱりだからよくわからないけどさ、ちゃんと教育しておいてほしい。
「これからどうしたらいいんだろ……」
その場にしゃがみこみ、途方にくれる。晩御飯食べてないな……。
自覚した途端に、お腹がすいてしかたない。何時間ここで転がっていたんだろうか。
そもそも、まだ願いを叶えられないとか意味がわからない。それなら、願いを叶えることが出来る状態になってから召喚しろよ……。
「蘭……本当にいないのか?」
もしかしたら姿が見えないだけで、隠れているのかと思ってみた。
……反応がないから本当にいないようだ。 僕は、どうしたらいいのだろうか。
まわりは森で街の灯りとか見えない。人が近くに住んでいる様子はない。
このままここにいても野宿になるだけだし、さすがに危険があるんだったら一人で放置していかないだろう、少し散策してみようかな。 そうと決まれば行動だ。
立ち上がり、とりあえず歩き出す。食べ物でもないかな。そんでもって、できれば茸以外の食べ物がいいな。毒茸の見分けはつかないし。
「お兄ちゃん、何してるの?」
そんな呑気なことを考えながら歩いていると、五歳くらいの小さな女の子がこっちを見ていた。
浴衣姿で可愛らしい。蘭と違って黒髪に黒目だ。何で、こんな小さな子が一人でここにいるんだろう。
「お兄ちゃん……?」
「あ、ごめん……考え事してたんだ」
「あのね、お兄ちゃんは夜人?」
「え?夜人……?いや、僕は真尋だよ」
小さな女の子は目を眩しいくらいに輝かせながら、近付いてきた。
しかし、僕が名乗ればあからさまに残念そうに肩を落した。
夜人とは何だろうか。夜を徘徊している人達のことを夜人とか言ったりして。
「あのね、ちぃは夜人だからお兄ちゃんとは一緒にいちゃいけないの!だからね、ばいばいなんだよ!」
「え、どういうこと……えっと僕に教えてくれないかな?」
残念そうにしながらも、女の子は一生懸命話す。
僕は訳がわからず、女の子の目線にあわせる為にしゃがみ、首を傾げながら問い掛けた。やっぱり、夜を徘徊する人達のことだったのかな。
「お兄ちゃんは夜人が怖くないの……?」
「うーん……そもそも夜人が何なのか知らないからなあ……」
女の子は目を大きく見開いて、驚いた様子で僕を見ていた。
夜人を知らないってことは、そんなに驚かれることなのか。
目の前の女の子は、僕が夜人を知らないのが嬉しかったのか、笑っている。
「あのねっ…夜人はねっ」
パンッ
静かな森に大きな音が響いた。
音が聞こえたと同時に目の前の小さな体が地面に倒れる。
「……え?」
「ぁ……っ…おに…ぃ……ちゃ……」
女の子は自分に何が起きたのか理解できていないようだ、不安げな様子でこちらに手を伸ばす。
なんだよこれ……どういうことなんだよっ!!!
「危ないですよ、夜人に近付いてはいけません」
冷たく響く言葉に、近付いてくる足音。
振り向けば、朱色と金色に染まった拳銃を持った男が立っていた。
こいつが、この子を撃ったのか…!なんでこんな小さい子をっ!
「聞こえなかったのですか?夜人に近づいてはいけないと言ったんです」
「夜人?何言って…」
「う……ぁ…っ」
「まだ自我があるとはいえ、いつ襲ってくるかわからないのですよ?見た目が子供だからと言って、騙されてはいけません」
そう言うと、そいつは女の子に拳銃を向け淡々と引き金を引いた。
何度も、何度も…大きな音と共に小さな身体が跳ねる。
「やめろ…やめろおおおおおおおおお!!」
目の前の光景に耐え切れず、自分が撃たれることなんて考えもしないで女の子の身体を庇うように抱きしめる。
何でこんなことするんだよっ…!なんでっ!!
女の子の身体は、驚くくらいに冷たかった。まるで、最初から生きていなかったかのように。
「だいじょ…ぶ…ありが…とう…おにぃ…」
女の子は俺を見て嬉しそうに笑って、淡い光になって消えた。
さっきまで抱きしめていたはずなのに、目の前で消えてしまった。
僕は見ていることしかできなかった。何もできなかったんだ。
「なんで…どういうことなんだよ…訳がわからない…」
「君は、夜人を初めて見たのですね?」
いつのまにか、すぐ近くまであの男が来ていた。
右手に握られた、朱色と金色が鈍く光っている。
それと同じような、金色の髪。何故か前髪の一房が紅く染まっている。
眼鏡の奥で光る灰色の冷たい眼差しは、僕を見つめていた。