2.彼と出会いました
「真尋、あなたのせいじゃないのよ」
母さんは震える声で、僕の頭を何度も撫でてくれた。
いっそ僕のせいだって責めて欲しかった。
「あいつも、お前を守れて…っ…」
父さんは僕を抱きしめ、何かを堪えるように泣いていた。
最後まで言えてないよ…父さん。
本当に辛いのは僕じゃなかったのに、僕を慰めようとしてくれた優しい両親。
部屋に引きこもり、日に日に衰弱していく僕を両親は心配していた。
ごめん、どうしても考えてしまうんだ・・・。
どうして僕じゃなかったんだって。本当は僕が死ぬはずだったのにって。
考えたら止まらない。考えたくなくても、ふとあのときの光景が頭を過ぎる。
このままじゃいけない…このままじゃ。
だから、僕は忘れることにした。
考えなくてもいいように。
他のことを考えて思い出さないように、色んなことに没頭して、逃げたんだ。
「あいつは、そんなつもりじゃなかったの…あなた達を悲しませるつもりは、なかったの」
そう言ったあの女の子は誰だったっけ。
********
「おい、生きてるか?大丈夫か?」
誰かの声が聞こえる。
僕は…確か車に轢かれて…?
あれ、ここって天国?
「天国ではない、とりあえず生きてるのだな…よかった」
なんで僕の考えてることがわかるんだ。
「お主、さっきから全て口にでているぞ?ついでに言うといつまで寝ておる…さっさと起き上がらぬか」
「えっ!」
カバっと起き上がり、僕は辺りを見渡す。
もう夜なのか暗くてよくわからないけど、どこかの森のようだ。
そういえば轢かれたはずなのに、体が痛くない。自分の体を見るとなんともなかった。
破れた様子も着替えた様子もなく、家を出たときの黒地のパーカーにジーパンという服装のままだ。
僕は、車に轢かれた…はずだよな?
それに、近所のスーパーを目指して歩いていたのに、こんな森にいるのもおかしい。
…どういうことなんだ?
「うむうむ、元気そうでなによりだ」
困惑している僕の様子を見て、さっきからおとなしくしていたその人は、頷きながら安心した様子で言った。
すっかり忘れていたけど、僕のこと心配して起こしてくれたんだよな…変な話し方をする人だけどお礼を言わないと。
「すみません、ご心配をおかけしまし……た?」
謝りながら、その人の方に顔を向ける。僕は、初めてその人をまともに見た。
回りのことに気をとられ、失礼なことにその人をちゃんと見ていなかったんだ。
「む、どうした?」
目を丸くして凝視する僕を、不思議そうに見ながらもその人は微笑んだ。
中性的な容姿は男性なのか女性なのか一見わからない。声で判断すれば、男だと思う。
しかし、あまりにも男とは認めたくない容姿をしているというか…。
優しく細められた目元、瞳の色は金色で、頭の高い位置で一つ縛り、俗に言うポニーテールにできるぐらい長い髪は水色で、少し見惚れるくらい綺麗だなと思った。
人外の色をしていることも気になるが、左目が医療で使われる眼帯で覆われ、話し方が特徴的なところも、素直にお礼を言っていいものかと躊躇させ、最後が疑問系になってしまった原因だ。
僕は悪くないと思う。
むしろ、なんだその格好と言いたくてたまらない。
しかし、初対面で心配してくれた(?)人だから何も言えない。
困惑して固まっている僕を見ていたその人は、クスクス笑いだした。
「お主、また考えていることが声に出ていたぞ?」
「えっ!?うっ…あ…」
どうやら、僕は困惑すると考えていることをそのまま話してしまうようだ。
恥ずかしい…恥ずかしすぎる…。
「一応言うが、我は男だし、人外という色も自前だぞ?というかな、人外とは失礼すぎるぞお主!」
「自前って…そんな人間見たこと…」
「更に言うと、眼帯は趣味だ!かっこよかろう!!」
まさかの厨二病だった。それに水色の髪に金色の目なんて、聞いたこともないし見たこともない。
そういう類いの色素を持つ人物は漫画や小説に出てくる登場人物だけだ。
「むう…まあ、お主の世界ではそうなんだろうがな…我の世界ではちょっとだけ珍しい色合いだぞ?」
黙っている僕に、寂しそうな表情をしたかと思うとすぐにその表情を消し、ニヤリと笑いながらこちらを見る。
僕はその表情の変化が気になったけど、そんなことよりも気になる言葉のせいで頭がいっぱいになった。
彼は言った。
『 お主の世界ではそうなんだろうがな…我の世界ではちょっとだけ珍しい色合いだぞ?』
その言い方ではまるで、僕と彼の世界が別世界みたいじゃないか。
「ふむ、まだ気づいていないようだな…ほれ、空を見よ」
黙り混んだ僕を見て、彼は何かに気付き空を指差す。指差された空を見上げて、目を大きく見開く。
「な…んだよ…月が…真っ赤だ…」
指差された空は、僕の世界と変わらない空に見えた。しかし、ただ一つ違った。
空に浮かぶ満月は、形こそ同じだけど、その色は真っ赤だった。
「いや、確か月が赤く見えることがあるって何かで読んだことがある…今、赤く見えるのもたまたまなんだろ?」
「その月は常に赤いぞ?この世界の月は、赤以外の色にはならん」
彼の言葉が冷たく響く。訳がわからなかった。信じられなかった。月が赤いだけで別世界にきたことを信じろっていうのか?
別世界って、普通言葉が違ったりするものじゃないのか?普通に会話できてるし、人外の色をしたこの人だって、カツラにカラコンという可能性だってある。
「うーむ…衝撃が激しすぎたかのう…」
「…あんた怪しすぎるし、いきなり別世界だって言われても信じられない」
「我はあんたではない、我の名前は蘭だぞ?真尋」
蘭は、至極当然のように僕の名前を言った。僕は立ち上がり、蘭から距離をとるように少し後ずさる。
僕は名乗っていないはずだ。何で名前を知ってるんだ…?
「そんなに警戒をしなくても大丈夫だぞ?とって食ったりはせん」
「なんで…僕の名前っ…」
「ああ、そりゃあ知ってないとおかしいだろう?我が真尋をこの世界に呼んだのだからな」
蘭は、不思議そうにしていたが僕の言葉を聞いてケタケタ笑いながら言った。
こいつが…僕をこの世界に呼んだ?
「どういうことなんだよ…どうして僕なんだよっ」
「我の願いを叶えて欲しいからだ…真尋にしか、もう頼めぬ」
蘭はさっきまでの様子はなく、眉根を寄せ今にも泣きそうな表情を浮かべている。
僕にしか頼めないってどういうことなんだよ…何でそんな苦しそうな顔してるんだよっ…。
泣きたいのは僕の方だっていうのに。
「そんな顔するな真尋…大丈夫だ、我の願いを叶えてもらえたらすぐに帰れるぞ?まあ、逆を言えば叶えてもらえるまでは帰れないのだがな」
「なら、早くその願いを言えよ…僕なら叶えられるんだろう?」
「今の真尋では、まだ無理だ」
蘭の言葉が冷たく突き刺さる。僕じゃないと叶えられないのに、今の僕は無理って…。
蘭の願いっていったいなんなんだ…。