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遠く  作者: Ri
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 朝目覚めると酷く頭痛がした。こんな頭痛はほとんど連日続いていたから気にも止めなかったが今日の頭痛は一段と激しく波打つような痛みだった。

 それはいっそのこと痛覚を感じとる神経を全て抜き取り痛みも何も感じない無防備な姿になってしまいたいほどだった。世界には稀にこのような奇病があるらしいが、もって産まれた病気なら良い。一度痛みの快楽を知ってしまったら後悔ばかりが残るだろう。

 別に俺はマゾヒストな訳じゃあない。けれど絶え間なく続く偏頭痛を愛しく思うのもまた事実だ。


 さて、これから必要な物を集めなくては行けない。最低限アキの指を切断するものが無くては話しにならない。それから透明な瓶を買おう。アキの指が映えるように、飾りなんて付いてなくてありきたりの瓶を。

 夜中以外に外に出るなんて本当に久しぶりで。

高校に行かなくなってからは真っ暗にした自室でパソコンの明かりだけを頼りに生きてきた。

髪は初め長くなったらその度に自分で鋏を使い切っていたが、それも面倒になってやめてしまった。今では前髪は頬に掛るほど伸びていて後ろ髪は肩に付きそうなくらい伸び放題になっていた。それでも生まれもったくせ毛が幸いか。久しぶりに鏡を見てみたら確かに伸び切った髪はうっとうしいが、それはパーマをかけているように見えなくとも無く。少なくとも変質者に見られない程度になっていた。

 自分の姿を確認した後、黒いTシャツに暗めのジーンズを履いた。くたくたになったスニーカーを履き、俺はとりあえず近所のホームセンターに行くことにした。


 ホームセンターでは今夜一番の主役、アキの指を切り落とすナタを買った。一番刃渡りが長く、一番鈍い色をしたナタを買った。思ったより高くついたが女が金をくれたので特に問題は無かった。

 その後にアキの指を入れる瓶と軍手を購入。最後にCD屋に寄った。アキのギターが聞きたかった。アキの声も聞きたかった。

 CD屋を出る途中、俺が通っていた高校のやつらがいた。時間の感覚が鈍っている俺は初め見た時はぴんとこなかったが、今日は確か平日。大方学校をサボってふらふらうろつうているんだろう。

 やつらとすれちがう時、俺は当然の如く無視をした。やつらは俺のことに全く気が付かない様に馬鹿笑いして通りすぎて行った。

 いや、本当は気付いていたのかもしれない。頭の中でデジャブが起きる。重ねる相手は今はいない。本当は俺のことに気付いているくせに。真っ直ぐ見てくれることすらしてくれない。




 家に帰って汚い自室に引き篭る。どうやら女は帰ってきているようだが姿を見せようとしない。もっとも別に見たくはないが。

 古い錆び付いたコンポにアキのCDを入れる。耳鳴りに似た高音のギターが響く。ドラム、ベースのリズム隊がアキの音と重なる瞬間、絶叫にも似たアキの叫び声が聞こえた。


“僕は今日 あの子を殺しました

切なくて悲しくて 涙が出ました

僕はあの日後悔しました

苦しくて泣きたくて 涙も出ませんでした


あの子が残虐なことを言うから

僕のことが大好きだと言うから

眩しい笑顔は僕には少し明るすぎました

あの子と手を繋ぐには僕は少し汚すぎました


愛してる

大好きだ

君といると 全てが眩しいんだ

鋭利な包丁を降りかざして

僕、独り 堕ちる

さようなら なんて

またすぐ会えるのに”


 ベースの重低音が心地好い。アキの赤いギターは汚らしいファズを垂れ流していた。この演奏が巧いのか下手なのかは俺には分からない。もちろん曲調も、歌詞も。それでもけして万人から求められる歌では無いけれど、求めて止まぬ人たちがたくさんいるのだろう。


 俺はもうすぐ飛び立つアキの為に、少しだけ泣いた。



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