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遠く  作者: Ri
3/5

3



 あの晩、アキに出会ってから何か会った。

 …なんてことはない。何もかもが普通だった。いつもと同じように真昼に起きる。床に投げられた制服は埃を被りうっすらと白くなっていた。俺の部屋は足の踏み場なんてひとつも無くて。そこら中に広がるゴミの山を蹴り上げながら部屋を出た。


「……お、はよう」


 作り笑いで女が俺に挨拶してきた。どいつもこいつも作り笑いだらけだ。誰も本当をさらけだそうとなんてしない。


 いつものように女を無視して、いつものように必ず用意された昼飯を食べる。

 普段は女が部屋の前まで運んできてくれるが、今日はたまたま気分が変わった。

 女は居場所を無くしておろおろしている。いるはずの男はもう居ない。俺はご飯を箸で摘むが食べることが出来ないまま。ああ、テレビが騒がしい。


 ふと目線を反らす。女が俺を凝視していたからだ。興味もないテレビに興味を持つふりをする。

『……害者は4名、重体は1名のようです。昨夜9時ごろ人気……』

 頭の中に妙に着飾ったニュースキャスターの言うことが入らない。それでも俺は聞き取った。

『……ロックバンドのアキさんがライブ中に失踪。現在も行方が分からないそうです。メンバーは何故アキが逃げたのか理由も分からない、とコメント……』

 流れる映像に昨日出会ったアキが居た。 彼は真っ赤なギターを掻き鳴らしながら狂喜に浸っているようにも見えた。 赤いギターはとても映えた。ギターに詳しくはない俺はそれがどこのものかすら分からなかったが、アキが持つにふさわしいギターだということは確かに感じた。

 昨日の夜に失踪したなら、俺らが出会ったのは真夜中だ。

 失踪後に会った彼は自殺を試みた。俺と出会ってビールを一缶飲み干して、それで俺が逃げ出した。

 残された彼はどうなった。もう一度自殺を試みたか。なら身元不明の焼死体がまだ公園に残されているはずだ。ああ、でももう真昼だから死体は持っていかれたかもしれない。

 俺が試行錯誤している間に女は居なくなった。机にはメモが残され、細く小さな字で買い物に行ってきます、と書かれていた。

 いつからだっけ。あの女をただの女と見始めたころは。

 記憶が残らないのはとるに足らない出来事だったから。それとも防衛本能か。

 彼女の細い字は幼いころ俺に文字を教えてくれた。宿題が出来なくて困っていた俺にヒントをくれた。女の細い字はいつも俺を助けてくれたはずなのに、なぜか残されたメモを見るのが怖かった。

 俺はいつの間にか臆病になっていた。


 夜を待とうと思った。真夜中になってから公園へ行き、アキの死体を探そうと思った。

 出来ることならあの細い指を持って帰りたかった。瓶にホルマリン溶液をなみなみ注いで、彼の焼けた指をぽとりと落とす。ホルマリンが役に立つのか、もう焼け焦げているから関係ないのかもしれない。それでもやはり俺はホルマリン溶液に指を落とすだろう。独特の臭気が躰にまとわりつく前に蓋をきつくしめる。

 俺はそれを眺めながらひたすら現実から離れ、ただ眠りたいと思った。

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